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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第7章「エルフの森」
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第153話「森への許可」

エルフェリア大森林。

精霊の試練場に、重苦しい空気が漂っていた。

境界の石碑を蝕む黒い侵食が、周囲の樹木にまで広がり始めた。

その報告を受けたエルディンは、険しい表情で伝令を見つめていた。

「被害はどこまで広がっている?」

「現在確認できているのは、石碑から半径二十歩ほどの範囲です」

「精霊たちは?」

「姿を消したままです。呼びかけにも応じません」

エルディンは目を閉じた。

「……そうか」

フェルンが一歩前へ出る。

「長老、監視隊を増員しましょう。侵食が広がる前に周辺を封鎖すべきです」

「封鎖は必要だ。だが、それだけでは止められぬ」

「では、どうすれば……」

エルディンはレオたちへ視線を向けた。

「評議会に、緊急の判断を求める」

レオが顔を上げる。

「俺たちの入森許可ですか?」

「ああ。三つの審査を終えた以上、これ以上待たせる理由はない」

フェルンは口を開きかけたが、何も言わなかった。

エルディンはリュシアを呼んだ。

「リュシア」

「はい、おじいちゃん」

「私が戻るまで、この者たちを頼む」

「分かった」

老人は頷くと、評議会場へ向かって歩き出した。


エルフ評議会場。

七人の評議員たちが、再び席に着いていた。

「長老、緊急の招集とは何事ですか?」

白髪の評議員が尋ねた。

エルディンは広間の中央へ進んだ。

「境界の石碑の侵食が、周囲の樹木にまで及んだ」

評議員たちの表情が変わった。

「……何ですと?」

「精霊たちも姿を消している。このままでは、森全体の結界に影響が出る可能性がある」

若い評議員が立ち上がった。

「精霊術師を増員すべきです!」

「すでに試みた。しかし、通常の術では侵食を止められなかった」

「……そんな」

エルディンは続けた。

「そこで、入森審査を終えた人間たちに調査への協力を求めたい」

広間がざわめいた。

「ネクロマンサーを森の深部へ入れるというのですか?」

「そうだ」

「危険すぎます!」

反対する評議員へ、エルディンは静かに答えた。

「危険なのは承知しておる。だからこそ、三つの審査を行った」

老人は結果を説明した。

精霊との接触。

魔力の適性。

そして、意思の確認。

特にガイアについては、死者自身の自由意思による契約であることが確認されていた。

「……精霊が、ネクロマンサーを受け入れたのですか?」

白髪の評議員が尋ねた。

「ああ。自ら少年へ近づいた」

「それは珍しい……」

エルディンは頷いた。

「さらに、白き守護者が同行している。境界の異変を調べるには、彼女の力が必要になるかもしれぬ」

反対していた評議員は腕を組んだ。

「……しかし、森の掟はどうなるのです?」

「掟を破ることは認めぬ」

エルディンは明確に答えた。

「死者の魂を強制的に使役することも、精霊を傷つけることも禁じたままだ」

「では、条件付きの許可ということですか?」

「そうだ。行動範囲を限定し、監視隊を同行させる」

しばらく沈黙が続いた。

やがて、白髪の評議員が口を開いた。

「……採決を取りましょう」


精霊の試練場。

カイは大きな樹木の根元に座り込んでいた。

「……また待つのか」

ミナが苦笑する。

「もう少しの辛抱ですよ」

「昨日も同じこと言ってなかったか?」

「言いましたね」

二人の会話を聞きながら、レオは森の奥を見つめていた。

ガイアが隣へ立つ。

「……気になるか?」

「ああ」

「石碑のことか?」

「それもあるけど……」

レオは少し考えた。

「俺たちが森に入ることで、エルフたちの間に争いが起きないか心配なんだ」

ガイアは頷いた。

「意見が分かれるのは当然だろう」

「……そうだよな」

「だが、全員に理解してもらってから行動しようとすれば、何もできなくなる」

レオはガイアを見た。

「……ガイア」

「大切なのは、認めてくれた者たちの信頼を裏切らないことだ」

レオは静かに頷いた。

「……分かった」

少し離れた場所では、リュシアが弓の弦を確認していた。

カイが声をかける。

「なあ、リュシア」

「何?」

「お前も石碑のところへ行くのか?」

「まだ決まってない」

「そうなのか?」

「うん。私は外縁監視隊の補助をしてるけど、深部の調査は別の部隊が担当するから」

リュシアは弓を背負い直した。

「でも、できれば行きたいと思ってる」

「どうして?」

「……森が心配だから」

彼女は木々の奥を見た。

「小さい頃から、精霊たちと一緒に暮らしてきたんだよ。その精霊たちが突然いなくなるなんて、放っておけない」

カイは頷いた。

「……そっか」

リュシアは小さく笑った。

「それに、あなたたちだけじゃ森の道も分からないでしょ?」

「まあ、それはそうだな」

「でしょ?」

二人は顔を見合わせ、少し笑った。


それからしばらくして。

森の奥から、エルディンとフェルンが戻ってきた。

レオたちは立ち上がった。

「……長老」

エルディンは全員を見渡した。

「評議会の結論が出た」

広場が静まり返る。

「賛成四、反対三」

レオが息を呑んだ。

エルディンは続けた。

「お前たち五人に、条件付きの入森を許可する」

「……本当ですか?」

「ああ」

ミナの表情が明るくなった。

「良かったですね!」

カイも笑った。

「やっとだな!」

しかし、エルディンは杖を持ち上げた。

「喜ぶのは、条件を聞いてからにしてもらおう」

レオたちは姿勢を正した。

「まず、行動できるのは指定された道と境界の石碑周辺のみ。それ以外の区域への立ち入りは禁止する」

「分かりました」

「次に、精霊や森の生き物へ危害を加えぬこと。死者の魂を強制的に使役する術も認めぬ」

レオは頷いた。

「はい」

「そして、調査には監視隊の者を同行させる」

フェルンが一歩前へ出た。

「俺が同行する」

カイが少し驚いた。

「……お前が?」

「ああ。不満か?」

「いや、別に」

フェルンはレオを見た。

「お前たちが掟を守るか、俺自身の目で確かめる」

レオは頷いた。

「よろしく頼む」

フェルンは短く答えた。

「……ああ」

その時、リュシアが手を上げた。

「おじいちゃん」

エルディンが振り向く。

「どうした?」

「私も同行したい」

フェルンが眉をひそめる。

「リュシア。深部の調査は危険だ」

「分かってる」

「ならば……」

「でも、私も森を守りたい」

リュシアは真剣な表情で続けた。

「それに、この人たちの案内もできる。外縁部から深部へ続く道なら、私も知ってるから」

エルディンは孫娘を見つめた。

「……危険な任務になるぞ」

「覚悟してる」

しばらく考えた後、老人は頷いた。

「……よかろう」

リュシアの表情が明るくなる。

「ありがとう!」

「ただし、フェルンの指示には従うのだ」

「うん!」

フェルンは小さく息を吐いた。

「……まったく」

カイが笑った。

「よろしくな、リュシア!」

「うん。よろしく」


夕暮れ。

レオたちは、翌日の出発に備えて準備を進めていた。

ミナは魔法道具を整理し、カイは剣の手入れをしている。

ガイアは、エルディンから渡された森の地図を確認していた。

「……石碑までは、かなり距離があるな」

レオが覗き込む。

「どれくらい?」

「通常の道を使えば、半日ほどだろう」

「……そうか」

白き守護者は、地図に描かれた一つの印を見つめていた。

それは、境界の石碑を示す場所だった。

レオが声をかける。

「……守護者」

彼女は顔を上げた。

「明日、ようやく行けるな」

守護者は静かに頷いた。

その瞳には、懐かしさと不安が入り混じっていた。

レオは微笑んだ。

「大丈夫。一緒に行こう」

彼女は、そっとレオの手を握った。

森の奥では、黒い侵食が今も広がり続けている。

三百年前に残された約束。

そして、境界の石碑に隠された秘密。

レオたちは、ようやくその真相へ近づこうとしていた。

――第153話・完――

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