第152話「最後の試練」
エルフェリア大森林。
入森審査が始まってから三日目の朝。
レオたちは、精霊の試練場に集まっていた。
六本の石柱に囲まれた広場には、長老エルディンとフェルン、そしてリュシアの姿があった。
「今日で最後か」
カイが腕を回しながら呟いた。
「長かったな。森に入るだけで、こんなに苦労するとは思わなかったぜ」
「それだけ大切な場所なんですよ」
ミナが微笑む。
「分かってるって」
レオは広場の中央を見つめていた。
昨日、ガイアが自らの意思で契約していることが認められた。
しかし、それだけでは森の奥へ進めない。
最後に残されたのは、意思の確認だった。
「皆、揃ったようだな」
エルディンが杖を手に進み出た。
「これより第三審査を始める」
レオたちは老人へ向き直った。
「今回の審査では、魔法も武器も必要ない」
カイが首を傾げる。
「……じゃあ、何をするんだ?」
「精霊の問いに答えてもらう」
エルディンは中央の石台を指差した。
「一人ずつ石台の前に立ち、自らが森に何を望むのかを伝えるのだ」
フェルンが続けた。
「ただし、口先だけの答えは通用しない。精霊は言葉に宿る意思を感じ取る」
ガイアが頷いた。
「……なるほど」
エルディンは静かに告げた。
「では、始めよう」
最初に石台へ向かったのは、カイだった。
「俺からかよ」
「緊張してるんですか?」
ミナが笑う。
「してねえって!」
カイは石台の前に立った。
すると、淡い緑色の光が周囲に集まった。
エルディンが尋ねる。
「カイ。お前は、この森に何を望む?」
カイは少し考えた。
「……正直に言えば、俺は森のことなんてよく知らねえ」
フェルンが眉をひそめる。
しかし、カイは続けた。
「でも、ここに暮らしてる奴らが困ってるなら、助けたいと思ってる」
彼は仲間たちを振り返った。
「それに、俺はレオについていくって決めたんだ。あいつが誰かを助けようとしてるなら、俺も力を貸す」
緑色の光が、カイの周囲を一度だけ巡った。
エルディンは頷いた。
「……よかろう」
カイは笑った。
「よし!」
続いて、ミナが石台の前へ立った。
「私は、この森の精霊たちを傷つけたくありません」
彼女は静かに続けた。
「昨日、精霊が私の手に乗ってくれた時、とても嬉しかったんです」
小さな光が、ミナの周囲へ集まる。
「だから、この森を守るために私の魔法が役立つなら、協力したいです」
精霊たちは彼女の周囲を優しく漂った。
エルディンが微笑んだ。
「……よい答えだ」
次に呼ばれたのは、ガイアだった。
彼が石台へ近づくと、精霊たちは少し距離を取った。
しかし、昨日までのように一斉に逃げることはなかった。
リュシアが小さく呟く。
「……少し慣れたのかな」
フェルンは黙って様子を見つめていた。
「ガイア」
エルディンが呼びかけた。
「お前は死者でありながら、現世を歩いている。何を望んで、この森へ来た?」
ガイアは静かに答えた。
「私自身のために、何かを求めて来たわけではない」
「では、何のためだ?」
「レオたちと共に、過去に起きた出来事を知るためだ」
ガイアは続けた。
「そして、もしこの森が危険にさらされているのなら、力を貸したい」
エルディンは頷いた。
「死者であるお前にとって、森を守る理由は何だ?」
ガイアは少し考えた。
「……生きている者たちが、明日を迎えられるようにするためだ」
広場が静まり返った。
「私はすでに一度、命を終えている。だが、だからこそ、生きている者の時間がどれほど大切か分かる」
ガイアはエルディンを見つめた。
「死者が現世に留まる意味は、誰かの未来を奪うことではない。私は、そう考えている」
しばらくして、一つの小さな精霊がガイアへ近づいた。
光は彼の手には触れなかったが、すぐ近くで静かに漂った。
リュシアが目を見開く。
「……近づいた」
エルディンは頷いた。
「……精霊も、お前の言葉を聞いたようだ」
ガイアは静かに頭を下げた。
続いて、白き守護者が石台の前へ進んだ。
エルディンは彼女を見つめた。
「……お前には、言葉で答える必要はない」
守護者は静かに頷いた。
彼女は胸元へ手を当てた。
淡い白い光が広がり、石台の上に一つの光景が浮かび上がる。
そこには、三百年前の森が映っていた。
巨大な樹木の根元。
若き日のエルディン。
そして、一人の青年。
「……ヴァルド」
エルディンが呟いた。
映像の中で、ヴァルドは石碑に手を当てていた。
その隣には、白き守護者が立っている。
彼は何かを語りかけていたが、声は聞こえなかった。
やがて映像は消えた。
守護者は静かに俯いた。
エルディンは、しばらく何も言わなかった。
「……そうか」
老人は優しく微笑んだ。
「お前は今も、あの約束を守ろうとしているのだな」
守護者は頷いた。
エルディンは深く頭を下げた。
「……長い間、ご苦労だった」
彼女は少し驚いたように顔を上げた。
そして、小さく微笑んだ。
最後に、レオが石台へ向かった。
周囲の精霊たちは、まだ彼の魔力を警戒していた。
それでも、以前のように遠くへ逃げることはなかった。
「……レオ」
エルディンが呼びかけた。
「お前はネクロマンサーだ。死者の魂に触れ、現世へ繋ぎ止める力を持つ」
「はい」
「この森には、かつて死者を利用し、精霊を傷つけた者がいた」
レオは頷いた。
「聞いています」
「それでも、お前は森の奥へ進みたいのか?」
「はい」
「何のために?」
レオは少し考えた。
「……最初は、ヴァルドたちが残した記録を探すためでした」
エルディンは黙って聞いていた。
「でも、今はそれだけじゃありません」
レオは石柱を見つめた。
「この森で、何かおかしなことが起きている。精霊たちも苦しんでいるかもしれない」
彼は続けた。
「俺にできることがあるなら、力になりたいんです」
フェルンが口を開いた。
「……では、森を守るために死者の魂を使えと言われたら?」
レオは振り向いた。
「使いません」
「仲間が危険にさらされてもか?」
「……それでも、本人が望まないなら使いません」
フェルンは眉をひそめた。
「そのせいで、誰かが死ぬかもしれないぞ」
レオは少し俯いた。
「……怖いです」
彼は正直に答えた。
「俺の判断で誰かを助けられなかったら、きっと後悔します」
そして、顔を上げた。
「でも、誰かを救うために別の誰かの意思を奪ったら、俺が守りたいものまで壊してしまう」
エルディンの表情が変わった。
レオは静かに続けた。
「だから、別の方法を探します。簡単じゃなくても、諦めずに」
その時。
石台の周囲に、淡い緑色の光が集まり始めた。
昨日、レオの膝へ降り立った小さな精霊が現れる。
精霊はゆっくりとレオへ近づいた。
そして、彼の手の上へ降り立った。
リュシアが微笑んだ。
「……また来てくれた」
レオも小さく笑った。
「……ありがとう」
エルディンは杖を持ち上げた。
「第三審査、終了とする」
しばらくして、エルディンは全員を呼び集めた。
「精霊たちは、お前たちの意思を受け入れた」
カイが笑った。
「……ってことは!」
「ああ」
エルディンは頷いた。
「三つの審査は、すべて終了した」
ミナが嬉しそうに微笑む。
「良かったですね!」
しかし、フェルンは静かに口を開いた。
「長老。正式な入森許可には、評議会の承認が必要です」
「分かっておる」
エルディンはレオたちを見た。
「審査の結果は、私から評議会へ報告する」
レオは頷いた。
「……ありがとうございます」
「ただし、許可が下りるまでは、まだ森の深部へ進んではならぬ」
「分かりました」
その時、森の奥から一人のエルフの兵士が現れた。
「長老!」
エルディンが振り向く。
「何事だ?」
兵士は険しい表情で告げた。
「境界の石碑周辺で、再び異変が発生しました!」
「……何?」
「黒い侵食が、周囲の樹木にまで広がり始めています!」
広場の空気が変わった。
白き守護者は、すぐに森の奥へ視線を向けた。
エルディンは杖を握り直した。
「……時間がないようだな」
レオも、森の深部を見つめた。
三百年前に残された約束。
そして、今も広がり続ける黒い侵食。
森の奥で何が起きているのか。
その答えへ近づく時が、迫っていた。
――第152話・完――




