第151話「死者の意思」
エルフェリア大森林。
翌朝、精霊の試練場には、昨日以上の緊張が漂っていた。
六本の石柱に囲まれた広場には、長老エルディンとフェルン、そして三人の精霊術師が集まっている。
その中央に立っていたのは、レオとガイアだった。
「……いよいよだな」
レオが呟く。
ガイアは静かに頷いた。
「ああ。だが、心配する必要はない」
「そうかな」
「私たちは、何も偽っていないのだからな」
レオはガイアを見た。
彼はレオが初めて契約した死者だった。
これまで幾度となく危険を乗り越え、共に旅を続けてきた仲間でもある。
だが、エルフたちにとって、死者との契約は決して簡単に受け入れられるものではなかった。
「これより第二審査を始める」
エルディンの声が広場に響いた。
「本来は魔力の適性を調べるものだが、今回は特別な確認を加える」
フェルンが一歩前へ出た。
「死者との契約が、本人の意思によるものかを確かめる」
レオは頷いた。
「分かりました」
「ただし、審査中は契約者から死者へ魔力を送ることを禁じる」
レオの表情が変わった。
「……魔力を?」
「ああ。契約による干渉がない状態で、死者自身の意思を確認する」
ガイアが口を開いた。
「一つ確認したい」
フェルンが振り向く。
「何だ?」
「魔力の供給を止めることと、契約そのものを断つことは違う。そう理解してよいか?」
「その通りだ」
「ならば問題ない」
ガイアはレオを見た。
「レオ。私への魔力供給を一時的に抑えてくれ」
レオは少し迷った。
「……身体は大丈夫なのか?」
「短時間なら問題ない」
「分かった」
エルディンが杖を持ち上げた。
「では、始めよう」
石台の周囲に、淡い緑色の光が広がった。
三人の精霊術師が、それぞれ石柱の前へ立つ。
彼らの魔力が石柱へ流れ込み、中央に透明な結界が形成された。
リュシアが小さく呟いた。
「……精霊の鏡」
隣にいたミナが尋ねる。
「精霊の鏡?」
「うん。魔力の流れを映し出す古い術式なの」
リュシアは中央の結界を見つめた。
「契約による干渉があれば、光の流れに現れるはずだよ」
カイが腕を組んだ。
「つまり、レオがガイアを操ってないか調べるってことか」
「……そういうこと」
中央へ進んだガイアは、石台の前で立ち止まった。
レオは少し離れた場所に立つ。
「準備はよいか?」
エルディンが尋ねた。
ガイアは頷いた。
「ああ」
レオは目を閉じ、自分とガイアを繋ぐ魔力の流れを意識した。
魂の奥に、細い繋がりを感じる。
それは二人が契約を交わした時から続いているものだった。
レオは、その繋がりを断つことなく、魔力の供給だけを静かに抑えた。
すると、ガイアの身体を包んでいた淡い光が弱まった。
「……ガイア?」
レオが心配そうに声をかける。
ガイアは片手を上げた。
「問題ない」
フェルンが精霊術師へ合図した。
「確認を始めろ」
三人の術師が目を閉じる。
透明な結界の中に、二本の光の線が現れた。
一本はレオへ。
もう一本はガイアへ繋がっている。
しかし、その間に魔力の流れは確認されなかった。
「……供給は停止しています」
術師の一人が報告した。
フェルンは頷いた。
「では、死者本人へ質問する」
「ガイア」
フェルンが呼びかけた。
「お前は、なぜ現世に留まっている?」
ガイアは静かに答えた。
「自分の意思で、レオと旅を続けるためだ」
「契約者に命じられたからではないのか?」
「違う」
「では、レオが死者を利用するようになったとしても、従うのか?」
ガイアの表情が変わった。
「……従わない」
フェルンが目を細める。
「理由は?」
「私は、レオの所有物ではないからだ」
ガイアは続けた。
「彼が間違った道を選ぶなら、私は止める。それでも聞き入れないなら、共に歩むことをやめるだろう」
レオは黙って聞いていた。
その言葉に驚きはなかった。
ガイアなら、きっとそう答えると思っていたからだ。
フェルンはさらに尋ねた。
「では、今ここで契約を終わらせたいと言えば、どうなる?」
ガイアはレオを見た。
「……レオ」
「何だ?」
「私が契約を終わらせたいと言ったら、お前はどうする?」
レオは迷わず答えた。
「ガイアの意思を尊重する」
「引き止めないのか?」
「寂しいとは思う」
レオは少し笑った。
「でも、俺が寂しいからって、ガイアを縛りつけるわけにはいかないだろ」
ガイアは静かに頷いた。
「……それでいい」
その瞬間、精霊の鏡に変化が現れた。
二人を繋ぐ光が、淡い白色へ変わっていく。
精霊術師たちが顔を上げた。
「……長老」
エルディンが尋ねる。
「どうした?」
「契約の繋がりに、強制的な支配の痕跡がありません」
フェルンの表情が変わった。
「……本当か?」
「はい。双方の意思によって維持されているようです」
エルディンは静かに頷いた。
「……そうか」
しかし、フェルンは納得しきれない様子だった。
「契約そのものが死者の判断に影響を与えている可能性は?」
術師は首を振った。
「完全に否定することはできません。ただ、少なくとも現在の術式では、意思を奪う干渉は確認されません」
ガイアが口を開いた。
「疑うのは構わない」
フェルンが振り向く。
「何?」
「だが、私の言葉をすべて契約の影響だと決めつけるなら、何を答えても無意味になる」
フェルンは黙り込んだ。
ガイアは静かに続けた。
「私が死者だからといって、私自身の意思まで存在しないことにしないでほしい」
その言葉に、リュシアが顔を上げた。
エルディンも、しばらくガイアを見つめていた。
審査が終わると、レオはガイアへの魔力供給を元に戻した。
「……大丈夫か?」
「ああ。少し身体が重くなった程度だ」
「無理させて悪かったな」
「気にするな」
ガイアは穏やかに笑った。
「必要なことだった」
そこへ、リュシアが近づいてきた。
「……ガイア」
「何だ?」
「さっきの言葉、少し驚いた」
「どの言葉だ?」
「死者だからって、意思がないことにしないでほしいって」
ガイアは頷いた。
「私にとっては、当たり前のことだ」
リュシアは少し俯いた。
「……そうだよね」
彼女は静かに続けた。
「私たち、死者を操る術が怖くて、死者自身が何を考えてるかまでは見ようとしてなかったのかもしれない」
ガイアは首を振った。
「恐れる理由があるのだろう。すぐに考えを変える必要はない」
リュシアは顔を上げた。
「……ありがとう」
その時、エルディンが全員を呼び集めた。
「第二審査の結果を伝える」
レオたちは老人の前へ集まった。
「魔力の適性については、全員に重大な問題は認められなかった」
カイが笑った。
「よし!」
「ただし、レオとガイアについては、死の魔力が森へ与える影響を引き続き観察する」
レオは頷いた。
「分かりました」
エルディンはガイアを見た。
「そして、契約についてだが……」
老人は静かに告げた。
「現時点では、本人の意思に反する使役とは認められぬ」
ガイアは深く頭を下げた。
「感謝する」
フェルンは複雑な表情を浮かべていたが、異議を唱えなかった。
エルディンは続けた。
「これで第二審査は終了だ。残るは、第三審査――意思の確認」
レオが尋ねた。
「どんな審査なんですか?」
老人は森の奥へ視線を向けた。
「精霊の前で、自らが森に何を望むのかを示してもらう」
「……望むこと?」
「ああ。森を利用したいのか。それとも、森と共に歩む覚悟があるのか」
エルディンはレオを見つめた。
「その答えを、明日聞かせてもらおう」
レオは真剣な表情で頷いた。
「……はい」
白き守護者は、静かに森の奥を見つめていた。
その先には、黒い侵食が広がりつつある境界の石碑がある。
残された時間がどれほどあるのか、まだ誰にも分からなかった。
――第151話・完――




