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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第7章「エルフの森」
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第148話「精霊の試練」

エルフェリア大森林。

朝日が木々の隙間から差し込み、森の入口を淡く照らしていた。

レオたちは、野営地の片付けを終え、森の方角を見つめていた。

今日は、長老エルディンから告げられた入森審査の日だった。

「……なあ、レオ」

カイが剣を腰へ戻しながら声をかけた。

「昨日の話、本当に大丈夫なのか?」

「何が?」

「審査だよ。精霊と接触するとか、魔力を調べるとか言ってただろ」

レオは頷いた。

「そうだな」

「お前、昨日は精霊みたいな光に避けられてたじゃねえか」

「……覚えてたのか」

「そりゃ覚えてるだろ」

カイは笑った。

「試験が始まる前から不合格なんて、勘弁してくれよ」

「縁起でもないこと言うなよ」

ミナが二人の間へ入った。

「大丈夫ですよ。精霊だって、きっとレオのことを分かってくれます」

「ありがとう、ミナ」

「ただ、無理に近づこうとするのは駄目だと思います」

「……分かってる」

ガイアは、森の入口に浮かぶ緑色の光を観察していた。

その身体には、通常の生者とは異なる魔力が宿っている。

レオと契約を交わした死者。

それがガイアの正体だった。

「……私も審査の対象になるだろうな」

ガイアが呟いた。

レオは振り向いた。

「……ガイア」

「この森では、死者の魂を使役する術が禁じられている」

ガイアは静かに続けた。

「私はお前と契約した死者だ。エルフたちがどう判断するかは分からない」

レオは少し考えた。

「……でも、ガイアは自分の意思で俺と契約してくれたんだろ?」

「ああ」

「だったら、ちゃんと説明する」

ガイアはレオを見つめた。

そして、小さく笑った。

「……頼もしくなったものだ」

「何だよ、急に」

「初めて契約した頃のお前とは、随分違う」

レオは少し照れくさそうに笑った。

「……そうかな」

その時。

白き守護者が、レオの袖を軽く引いた。

彼女は森の入口を指差していた。

レオが顔を上げる。

「……来たみたいだな」


森の奥から、一人の少女が姿を現した。

銀色の長い髪。

澄んだ緑色の瞳。

背中には弓を背負っている。

リュシア・エルフェリスだった。

「……おはよう」

レオが手を上げた。

「おはよう、リュシア」

リュシアは五人を見渡した。

「ちゃんと待ってたんだね」

カイが眉をひそめる。

「まだ疑ってんのか?」

「だって、人間って勝手に森へ入ってくることが多いから」

「俺たちは違うって」

「……それは、これから確かめる」

リュシアは真剣な表情で答えた。

ガイアが尋ねる。

「審査は、どこで行われる?」

「森の入口から少し入った場所」

レオが顔を上げた。

「……中に入っていいのか?」

「審査を受けるためだけならね」

リュシアは続けた。

「ただし、私の案内する道から外れないこと。勝手に魔法を使わないこと。それから……」

彼女の視線がレオへ向けられた。

「死者を呼び出す術は使わないこと」

レオは頷いた。

「分かった」

リュシアは、今度はガイアを見た。

「……あなたも」

ガイアが顔を上げる。

「私か?」

「うん。おじいちゃんから聞いたけど、あなたは普通の人間じゃないんでしょ?」

レオの表情が変わった。

「……分かるのか?」

リュシアは頷いた。

「森の精霊は、生きている人と死者の魔力を区別できるから」

ガイアは静かに答えた。

「その通りだ。私は死者だ」

リュシアは少し驚いた様子だった。

「……本当に普通に話すんだ」

カイが首を傾げる。

「そりゃ話すだろ」

「……死者と会話する機会なんて、普通はないから」

「まあ、そうか」

ガイアは穏やかに微笑んだ。

「怖いか?」

リュシアは少し考えた。

「……分からない」

「正直だな」

「でも、あなたからは嫌な感じがしない」

ガイアは小さく頷いた。

「それは何よりだ」

リュシアは森の奥へ向き直った。

「……行こう。みんな待ってる」

レオたちは、彼女の後を追って森へ足を踏み入れた。


エルフェリア大森林、外縁部。

森の内部は、外から見た以上に幻想的だった。

巨大な樹木の根が地面を覆い、枝葉の間には淡い緑色の光が漂っている。

小さな花々が道の両側に咲き、その花弁には魔力の粒が宿っていた。

ミナは周囲を見渡した。

「……綺麗ですね」

リュシアが少し嬉しそうに答えた。

「ここは、まだ森の入口だよ」

「もっと奥は違うんですか?」

「うん。もっと大きな木もあるし、精霊が集まる泉もある」

カイが顔を上げる。

「へえ。一度見てみたいな」

「審査に通ったらね」

「……厳しいな」

リュシアは小さく笑った。

その様子を見ていたレオは、少し安心した。

昨日よりも、彼女の警戒が和らいでいるように感じたからだ。

しかし、森の奥へ進むにつれて、空気が変わり始めた。

周囲の光が、少しずつレオたちから距離を取っていく。

特にレオとガイアの周囲には、精霊の光が近づこうとしなかった。

ガイアが呟いた。

「……やはり、私たちの魔力は歓迎されていないようだな」

レオは周囲を見渡した。

「……そうみたいだ」

リュシアが振り向いた。

「精霊は、死の魔力に敏感だから」

「……嫌われてるのかな」

「嫌ってるとは限らないよ」

レオが顔を上げる。

「……え?」

「知らないものを怖がってるだけかもしれない」

リュシアは静かに答えた。

「精霊にも、好き嫌いや怖いものがあるから」

レオは少し考えた。

「……そうか」

リュシアは頷いた。

「だから、無理に近づいちゃ駄目」

「分かった」


しばらく歩くと、木々の間に開けた場所が現れた。

円形の広場。

中央には、巨大な石台が置かれている。

その周囲には、古い文字が刻まれた石柱が六本並んでいた。

石柱の間には、淡い緑色の光が流れている。

「……ここが?」

レオが尋ねた。

リュシアは頷いた。

「精霊の試練場」

広場の奥には、長老エルディンが立っていた。

その隣には、監視隊のフェルン。

さらに数人のエルフたちが、レオたちを見つめている。

「……来たか」

エルディンが声をかけた。

レオは頭を下げた。

「よろしくお願いします」

老人は静かに頷いた。

「これより、入森審査を始める」

フェルンが一歩前へ出た。

「審査は三段階だ」

カイが腕を組んだ。

「……三段階?」

「ああ。精霊との接触、魔力の適性、そして意思の確認」

ガイアが頷いた。

「昨日、説明された内容だな」

「そうだ」

フェルンは中央の石台を指差した。

「まずは、精霊との接触から始める」


最初に呼ばれたのは、ミナだった。

「……私からですか?」

フェルンが頷いた。

「石台の前に立て」

ミナはゆっくりと歩き出した。

石台へ近づくと、周囲に漂っていた緑色の光が集まり始めた。

リュシアが小さく呟いた。

「……すごい」

ミナは手を伸ばした。

すると、一つの光が指先へ近づいた。

その光は、小さな鳥のような姿へ変わった。

「……わあ」

ミナの表情が明るくなる。

小さな精霊は、彼女の手の上へ静かに降り立った。

エルディンが頷いた。

「……問題ない」

フェルンが記録を取る。

「ミナ、第一審査通過」

カイが笑った。

「さすがだな!」

ミナは嬉しそうに戻ってきた。

「ありがとうございます!」


次に呼ばれたのは、カイだった。

「よし、俺の番か」

カイは勢いよく石台へ向かった。

しかし。

精霊たちは、彼の周囲を漂うだけで近づこうとしなかった。

カイが首を傾げる。

「……あれ?」

リュシアが苦笑した。

「そんなに力まなくてもいいのに」

「いや、別に力んでねえよ」

「剣の柄、握ってるよ」

カイは自分の手を見た。

確かに、無意識に剣の柄を握っていた。

「……あ」

レオが笑った。

「緊張してるんじゃないか?」

「してねえって!」

「じゃあ、剣から手を離せよ」

カイは渋々手を離した。

そして、深く息を吐く。

「……これでいいか?」

しばらくすると、一つの精霊が彼の肩へ近づいた。

カイは驚いたが、動かなかった。

精霊は少しだけ肩に留まり、やがて飛び去っていった。

フェルンが頷いた。

「……通過だ」

カイは笑った。

「よし!」

レオが肩を叩いた。

「良かったな」

「当たり前だろ」

「さっきまで焦ってたくせに」

「焦ってねえ!」

ミナが笑った。


続いて、ガイアが呼ばれた。

広場の空気が、わずかに変わった。

エルフたちの視線が、一斉に彼へ向けられる。

フェルンは険しい表情で告げた。

「……お前は死者だな」

ガイアは頷いた。

「ああ」

「ネクロマンサーとの契約によって、この世界に留まっている」

「その通りだ」

フェルンはレオを見た。

「……お前が契約者か?」

レオは頷いた。

「ああ」

「命令すれば、こいつは何でも従うのか?」

レオの表情が変わった。

「……違う」

フェルンが眉をひそめる。

「何?」

「ガイアは、俺の道具じゃない」

レオは続けた。

「俺が初めて契約した死者で、大切な仲間だ」

ガイアは静かにレオを見た。

「……レオ」

「契約だって、ガイア自身が望んで結んだんだ」

フェルンは黙り込んだ。

エルディンが口を開いた。

「……ガイア」

「何だ?」

「お前自身の意思で、その少年と共にいるのか?」

ガイアは迷わず答えた。

「ああ」

「命じられているわけではないのだな?」

「違う」

ガイアはレオを見た。

「私は、自分の意思で彼と歩むことを選んだ」

エルディンは静かに頷いた。

「……そうか」

フェルンは、まだ納得していない様子だった。

「ですが長老、契約によって意思を偽らされている可能性も……」

「だからこそ、確かめるのだ」

エルディンは石台を指差した。

「ガイア。そこへ立ちなさい」

ガイアは頷き、石台へ歩み寄った。

しかし。

彼が近づいた瞬間、周囲の精霊たちが離れていった。

緑色の光が、石柱の近くへ集まっていく。

ガイアは静かに立ち止まった。

「……やはりな」

フェルンが記録を取ろうとした。

「接触できないなら、不合格だ」

しかし、エルディンが手を上げた。

「待ちなさい」

「……長老?」

「まだ、審査は終わっておらぬ」

老人はガイアを見つめた。

「……精霊が近づかない理由は、必ずしも拒絶とは限らない」

ガイアは頷いた。

「私の存在が、彼らにとって未知なのだろう」

エルディンは静かに答えた。

「その可能性はある」

リュシアは、石柱の近くへ集まった精霊たちを見つめていた。

「……怖がってる」

レオが振り向く。

「……分かるのか?」

「うん」

リュシアは小さく頷いた。

「でも、怒ってるわけじゃない」

エルディンは考え込んだ。

そして、ガイアへ告げた。

「……お前の審査は、一旦保留とする」

フェルンが驚いた。

「長老!」

「精霊が接触を拒んでいる理由を確かめる必要がある」

ガイアは静かに頭を下げた。

「……承知した」


最後に呼ばれたのは、レオだった。

「……レオ」

ミナが心配そうに声をかけた。

レオは笑った。

「大丈夫だ」

カイが肩を叩いた。

「無理すんなよ」

「分かってる」

ガイアも頷いた。

「焦る必要はない。お前らしくやればいい」

レオは仲間たちを見た。

そして、石台へ向かった。

その瞬間。

広場に漂っていた精霊たちが、一斉に距離を取った。

ミナの時とは、明らかに違う反応だった。

フェルンが眉をひそめた。

「……やはりな」

レオは石台の前で立ち止まった。

「……」

手を伸ばしてみる。

しかし、精霊たちは近づいてこない。

一つの光が、彼の指先へ近づきかけた。

だが、すぐに離れてしまった。

レオは静かに手を下ろした。

「……怖いんだな」

リュシアが顔を上げた。

「……え?」

レオは精霊たちを見つめた。

「俺の魔力が、怖いんだろ?」

リュシアは少し驚いた。

「……うん」

「……そっか」

レオは頷いた。

そして、石台の前へ座り込んだ。

フェルンが眉をひそめる。

「……何をしている?」

「待ってる」

「……何?」

「無理に近づいたら、余計に怖がらせるだろ」

レオは静かに答えた。

「だから、向こうが来てくれるまで待つ」

フェルンは呆れたように言った。

「……いつまで待つつもりだ?」

レオは少し考えた。

「……必要なだけ」

カイが小さく笑った。

「……レオらしいな」

ミナも微笑んだ。

「そうですね」

リュシアは、石台の前に座るレオを見つめていた。

彼は魔法を使おうとしない。

精霊を呼び寄せようともしない。

ただ、静かに待っている。

リュシアは小さく呟いた。

「……本当に、変わってる」

しばらく時間が経過した。

森の光が、少しずつ移動していく。

レオは石台の前に座ったままだった。

精霊たちは、相変わらず距離を保っている。

フェルンが口を開いた。

「……もう十分だろう」

エルディンは答えなかった。

ただ、レオの様子を見つめている。

その時。

一つの小さな光が、石柱の陰から現れた。

他の精霊たちよりも、ずっと弱い光だった。

リュシアが目を細める。

「……あの子」

光は、ゆっくりとレオへ近づいていった。

しかし、途中で止まった。

レオは気づいたが、動かなかった。

「……大丈夫」

小さな声で呟く。

「無理しなくていいよ」

光は、しばらくその場に留まっていた。

そして、少しだけ前へ進んだ。

レオは手を伸ばさなかった。

ただ、静かに見守った。

やがて。

小さな光が、レオの膝の上へ降り立った。

リュシアが目を見開いた。

「……え?」

フェルンも驚いた。

「……そんな」

レオは、膝の上の光を見つめた。

「……来てくれたんだな」

光は、淡く輝いている。

レオは微笑んだ。

「……ありがとう」

その瞬間。

白き守護者の胸元に、淡い光が浮かび上がった。

彼女は静かに顔を上げた。

小さな精霊も、守護者の方角を見た。

そして、何かに気づいたように光を強めた。

エルディンの表情が変わった。

「……これは」

レオが振り向く。

「……長老?」

老人は、守護者と精霊を交互に見つめた。

「……白き境界の力に、反応しているのか」

その時。

広場の六本の石柱のうち、一つが淡く輝き始めた。

石柱に刻まれた古代文字が、ゆっくりと浮かび上がる。

ガイアが顔を上げた。

「……何だ?」

ミナも驚いた。

「石柱が……」

リュシアは、信じられないものを見るように呟いた。

「……こんなの、初めて」

エルディンは杖を握り直した。

「……まさか」

石柱の光は、次第に強くなっていく。

そして。

中央の石台に、一つの紋様が現れた。

白い円。

その周囲を囲む、古い境界の文字。

レオは目を見開いた。

「……この紋様」

見覚えがあった。

『魂導秘録』に記されていた、境界術の紋様だった。

エルディンは静かに呟いた。

「……三百年前の術式が、目覚め始めている」

白き守護者は、石台を見つめていた。

その表情には、驚きと悲しみが入り混じっている。

レオは彼女へ近づいた。

「……守護者?」

彼女は、ゆっくりとレオを見た。

そして、石台を指差した。

レオは頷いた。

「……分かった」

エルディンは、静かに告げた。

「……レオ」

「はい」

「お前の第一審査は、通過とする」

レオは驚いた。

「……本当ですか?」

「ああ」

老人は頷いた。

「精霊が、自らお前を選んだ」

レオは膝の上にいた小さな精霊を見た。

光は、ゆっくりと宙へ浮かび上がっていく。

「……ありがとう」

レオは微笑んだ。

しかし、エルディンの表情は険しかった。

「……ただし」

レオが顔を上げる。

「……何ですか?」

「今の反応は、通常の審査では起こらぬ」

老人は、石柱を見つめた。

「……森の結界に、何かが起きている」

その時。

石柱の表面に、細い黒い線が浮かび上がった。

それは、まるで古い傷跡のように、白い紋様の端を横切っていた。

白き守護者の表情が変わった。

彼女は一歩前へ出た。

そして、黒い線を見つめたまま動かなくなった。

レオは、その様子に気づいた。

「……どうした?」

守護者は答えない。

ただ、静かに首を振った。

エルディンは、低い声で呟いた。

「……やはり、ただの結界の乱れではないようだ」

森の奥から、冷たい風が吹き抜けた。

精霊たちは一斉に石柱から離れ、木々の間へ姿を消した。

レオは、黒い線を見つめた。

「……一体、何が起きてるんだ?」

エルディンは答えなかった。

その視線は、森のさらに深い場所へ向けられていた。

――第148話・完――

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