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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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144/183

第144話「ヴァルドの最期」

三百年前。

北方、旧境界域。

第七監視地点。

巨大な石の門から、黒い影が溢れ出していた。

白い封印は失われ、地面に刻まれた境界術式も次々と崩壊している。

門の向こう側では、巨大な瞳が現世を見つめていた。

『……ようやく』

低い声が、周囲に響く。

『……道が開いた』

ヴァルドは門の前に立っていた。

その隣には、白き守護者。

少し離れた場所では、黒き守護者が膝をついている。

「……アシュレイ!」

ヴァルドが叫んだ。

「外側の結界は!?」

アシュレイは地面に手をついた。

《魂導結界・三重固定》

白い光が広がる。

しかし、黒い影は結界を侵食し続けていた。

「……長くは持たない!」

「どのくらいだ!」

「……分からない! だが、数分が限界だ!」

ヴァルドは門を見上げた。

亀裂は、既に人間が通れるほどの幅まで広がっていた。

このままでは、向こう側の存在が現世へ侵入する。

そして、一度でも門を完全に突破されれば、被害は北方だけでは済まない。

「……くそ」

ヴァルドは拳を握った。

その時、黒き守護者が口を開いた。

『……俺が、戻る』

ヴァルドが振り向く。

「……何?」

『……門の内側へ戻り、繋がりを断つ』

白き守護者が首を振った。

黒き守護者は、静かに彼女を見つめた。

『……他に方法はない』

「……ある」

ヴァルドが答えた。

黒き守護者の表情が変わる。

『……何?』

ヴァルドは、門の中央に刻まれた古い術式を見つめた。

「……まだ、一つ残っている」


第七監視地点、外周。

三人目のネクロマンサーは、仲間たちと共に結界を維持していた。

「……全員、魔力を集中させろ!」

《魂導結界・連結》

白い光が、外周を包み込む。

しかし、黒い影は結界の内側へ入り込もうとしていた。

一人のネクロマンサーが叫んだ。

「……もう限界だ!」

三人目の男が振り向く。

「……まだ諦めるな!」

「でも、このままじゃ!」

「……ヴァルドたちが、何とかしてくれる!」

その言葉に、仲間たちは再び術式を維持した。

しかし。

黒い影が、一人のネクロマンサーの足元へ伸びた。

「……何だ!?」

男は後退しようとした。

だが、影は足首に絡みついた。

三人目の男が駆け寄る。

《魂流遮断》

白い光が影を切り離す。

男は倒れ込んだ。

「……大丈夫か!」

「……ああ……助かった」

しかし、その右腕には、黒い紋様が残っていた。

三人目の男は、唇を噛んだ。

「……感染が広がっている」

その時、門の中央から白い光が広がり始めた。

三人目の男が顔を上げる。

「……ヴァルド?」


門の中央。

ヴァルドは、古い封印術式を見つめていた。

アシュレイが近づく。

「……何を考えている?」

ヴァルドは答えた。

「共同封印を、もう一度行う」

アシュレイの表情が変わった。

「……正気か?」

「ああ」

「さっき失敗したばかりだぞ!」

「分かっている」

ヴァルドは門を見上げた。

「でも、失敗した理由も分かった」

アシュレイが眉をひそめる。

「……理由?」

「向こう側の存在が、二つの守護者の繋がりを利用した」

「……ああ」

「だったら、その繋がりを守ればいい」

アシュレイは考え込んだ。

「……どうやって?」

ヴァルドは自分の胸元へ手を当てた。

「俺が、間に入る」

アシュレイの表情が変わった。

「……何?」

「魂を導く者として、二つの守護者の力を繋ぐ」

「……待て」

「そして、向こう側の存在との繋がりだけを切り離す」

アシュレイは首を振った。

「……それは危険すぎる!」

ヴァルドは静かに答えた。

「分かっている」

「分かっていない!」

アシュレイはヴァルドの肩を掴んだ。

「お前の魂が、境界の中心に固定されるんだぞ!」

「……」

「失敗すれば、魂そのものが消える!」

ヴァルドはアシュレイを見つめた。

「……だから、頼みがある」

アシュレイは何も言えなかった。

「俺が術式を維持している間、外側の結界を守ってくれ」

「……ヴァルド」

「お前にしか頼めない」

アシュレイは拳を握った。

「……ふざけるな」

ヴァルドが顔を上げる。

「……何?」

「そんな頼みを、簡単に引き受けられると思うか!」

アシュレイの声が震えた。

「俺たちは、十三人で始めたんだぞ!」

「……ああ」

「誰も犠牲にしないって、言っていただろ!」

ヴァルドは目を伏せた。

「……そうだな」

「だったら!」

「……でも」

ヴァルドは顔を上げた。

「今、俺たちが何もしなければ、もっと多くの人が死ぬ」

アシュレイは言葉を失った。

ヴァルドは続けた。

「だから、俺は選ぶ」

「……」

「誰かに命令されたからじゃない」

ヴァルドは、自分の胸元に手を当てた。

「……俺自身の意思で」


門の前。

白き守護者は、ヴァルドを見つめていた。

その表情には、不安が浮かんでいる。

ヴァルドは静かに微笑んだ。

「……そんな顔をするな」

守護者は首を振った。

「大丈夫だ」

しかし、守護者は再び首を振った。

ヴァルドは少しだけ笑った。

「……嘘はつけないな」

守護者は、ヴァルドの手を握った。

白い光が二人を包み込む。

ヴァルドの脳裏に、これまでの記憶が浮かんだ。

魂導院を作った日。

十三人で笑い合った日。

初めて死者の魂を導いた日。

そして、白き守護者と出会った日。

「……楽しかったな」

ヴァルドが呟いた。

守護者の目から、涙が流れた。

「……ありがとう」

ヴァルドは、守護者の手を握り返した。

「お前と出会えて、よかった」


門の中央。

ヴァルドは、最後の術式を展開した。

《魂導結界・境界連結》

白い光が地面に広がる。

その中央に、三つの円が浮かび上がった。

一つ目。

魂を導く者の円。

二つ目。

白き守護者の円。

三つ目。

黒き守護者の円。

アシュレイが後方から叫んだ。

「……ヴァルド!」

ヴァルドは振り向いた。

「……頼んだぞ!」

アシュレイは拳を握った。

そして、涙を堪えながら頷いた。

「……必ず、戻ってこい!」

ヴァルドは小さく笑った。

「……ああ」

白き守護者が、門の外側へ手を伸ばす。

黒き守護者が、門の内側へ手を伸ばす。

二つの光が重なった。

その中央に、ヴァルドの魂導術が流れ込む。

《魂導秘術・三界封環》

白と黒の光が、巨大な門を包み込んだ。

向こう側の瞳が、大きく開いた。

『……何をする』

ヴァルドは答えた。

「……門を閉じる」

『……不可能だ』

「……そうかもな」

ヴァルドは目を閉じた。

「でも、俺は諦めない」

その瞬間。

三つの円が、完全に重なった。


境界の内側。

黒き守護者は、向こう側の存在との繋がりを断ち切ろうとしていた。

『……今だ!』

ヴァルドが叫ぶ。

黒き守護者は頷いた。

《境界守護・黒環断絶》

黒い光が、異質な紋様を押し返した。

巨大な瞳が、初めて大きく揺れた。

『……何?』

白き守護者も術式を展開する。

《境界守護・白環封鎖》

白い光が、門の外側を包み込む。

そして、ヴァルドが最後の力を注ぎ込んだ。

《魂導秘術・境界再封》

門の亀裂が、ゆっくりと閉じ始める。

黒い影が、向こう側へ押し戻されていく。

アシュレイが叫んだ。

「……成功している!」

外周のネクロマンサーたちも、結界を維持した。

三人目の男が顔を上げる。

「……ヴァルド!」

しかし、その瞬間。

ヴァルドの身体が、淡い光に包まれ始めた。

アシュレイの表情が変わった。

「……待て」

ヴァルドは、自分の手を見つめた。

指先が、少しずつ透けている。

「……そうか」

彼は静かに呟いた。

「……これが、代償か」

アシュレイが駆け寄ろうとした。

「……ヴァルド!」

しかし、ヴァルドは首を振った。

「……来るな!」

「……何を言っている!」

「術式が完成するまで、誰も近づくな!」

アシュレイは足を止めた。

ヴァルドは、門の向こう側を見つめた。

「……あと少しだ」


門の中央。

黒き守護者は、ヴァルドの異変に気づいていた。

『……お前』

ヴァルドが顔を上げる。

「……何だ?」

『……そのままでは、魂が戻らない』

「……分かっている」

『……なぜ、そこまで』

ヴァルドは静かに答えた。

「……守りたいからだ」

黒き守護者は何も言えなかった。

ヴァルドは続けた。

「俺には、仲間がいる」

「……」

「守りたい世界がある」

そして、白き守護者を見た。

「……大切な約束もある」

白き守護者は、涙を流しながら首を振っていた。

ヴァルドは小さく笑った。

「……ごめんな」

守護者が手を伸ばす。

しかし、ヴァルドの身体は、さらに薄くなっていく。

「……でも」

ヴァルドは最後に告げた。

「……お前には、生きていてほしい」

その瞬間。

門の亀裂が、完全に閉じた。


第七監視地点。

黒い影が消えた。

崩れかけていた結界が安定し、雪に覆われた大地へ静けさが戻っていく。

巨大な石の門には、新たな封印が刻まれていた。

白と黒。

そして、その中央に一つの紋様。

魂を導く者の証。

アシュレイは、門の前へ駆け寄った。

「……ヴァルド!」

しかし、そこには誰もいなかった。

白き守護者だけが、地面に膝をついていた。

アシュレイは周囲を見渡した。

「……どこだ?」

返事はない。

「……ヴァルド!」

白き守護者は、震える手を伸ばした。

その手のひらには、小さな光が残っていた。

アシュレイは目を見開いた。

「……まさか」

守護者は、ゆっくりと頷いた。

アシュレイは膝をついた。

「……嘘だろ」

手を伸ばしても、そこにヴァルドはいない。

「……戻ってこいって、言っただろ」

アシュレイの声が震えた。

「……約束しただろ……!」

白き守護者は、声もなく涙を流していた。

その時。

二人の前に、淡い光が浮かび上がった。

ヴァルドの姿だった。

しかし、その身体は透き通っている。

アシュレイが顔を上げた。

「……ヴァルド!」

ヴァルドは、小さく笑った。

『……悪いな』

「……何が悪いな、だ!」

『……約束、守れなかった』

アシュレイは涙を流した。

「……まだ、間に合うだろ!」

『……いや』

ヴァルドは静かに首を振った。

『……俺の魂は、もう境界と繋がっている』

「……」

『……ここから離れれば、封印が崩れる』

アシュレイは拳を握った。

「……そんな……」

ヴァルドは白き守護者を見た。

『……頼む』

守護者が顔を上げる。

『……俺の代わりに、世界を見ていてくれ』

守護者は必死に首を振った。

ヴァルドは続けた。

『……いつか』

白い光が、少しずつ薄くなっていく。

『……俺たちの意思を継ぐ者が現れる』

アシュレイが顔を上げた。

「……意思を継ぐ者?」

ヴァルドは静かに頷いた。

『……その時は』

彼は、最後に微笑んだ。

『……力を貸してやってくれ』

そして。

ヴァルドの姿は、光の中へ消えていった。


現在。

レオは、記憶の中の門を見つめていた。

誰も言葉を発しなかった。

カイは拳を握りしめている。

ミナは目元を押さえていた。

ガイアは、静かに目を閉じていた。

そして、白き守護者。

彼女は、三百年前と同じように俯いていた。

レオは、ゆっくりと守護者へ近づいた。

「……ずっと、覚えていたんだな」

守護者は頷いた。

「……ヴァルドのこと」

再び、頷く。

レオは静かに手を伸ばした。

「……辛かっただろうな」

守護者の目から、涙が流れた。

レオは、その手を握った。

「……でも」

守護者が顔を上げる。

「ヴァルドは、お前を一人にしたかったわけじゃない」

「……」

「生きて、未来を見てほしかったんだ」

守護者は、レオを見つめていた。

レオは続けた。

「……俺たちがいる」

カイが隣へ立った。

「……ああ」

ミナも頷いた。

「一人じゃありません」

ガイアが静かに答えた。

「……これからは、共に歩もう」

守護者は、しばらく四人を見つめていた。

そして、ゆっくりと頷いた。


三百年前。

北方、旧境界域。

封印された石の門の前。

アシュレイは、ヴァルドが消えた場所に立っていた。

白き守護者は、その隣にいる。

「……ヴァルド」

アシュレイは小さく呟いた。

「……お前の意思は、俺が守る」

白き守護者が顔を上げる。

アシュレイは、門に刻まれた紋様を見つめた。

「……絶対に、無駄にはしない」

その時。

門の奥から、かすかな声が聞こえた。

『……まだだ』

アシュレイの表情が変わった。

「……何?」

『……まだ、終わっていない』

声は、すぐに消えた。

アシュレイは門を見つめた。

しかし、封印は安定している。

「……今のは」

白き守護者も、門を見つめていた。

その表情には、悲しみだけではない。

新たな不安が浮かんでいた。

――第144話・完――

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