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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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143/182

第143話「境界の崩壊」

三百年前。

北方、旧境界域。

第七監視地点。

雪に覆われた大地の中央に、巨大な石の門がそびえ立っていた。

かつて境界を守っていた白い封印は、その大部分が黒い影に侵食されている。

門の中央には、縦に伸びる亀裂。

その奥には、光の届かない世界が広がっていた。

そして、門の前には黒き守護者が立っていた。

『……逃げろ』

黒き守護者は、苦しそうに顔を歪めていた。

右腕から首元へ広がる異質な紋様。

その紋様は、彼自身の力ではなかった。

門の向こう側にいる存在が、彼の身体を通して現世へ干渉していた。

ヴァルドは一歩前へ出た。

「……逃げない」

黒き守護者が顔を上げる。

『……何?』

「お前を助ける」

『……無理だ』

「やってみなきゃ分からない」

『……俺は、もう……』

黒き守護者の右腕が持ち上がった。

その手のひらが、ヴァルドへ向けられる。

『……避けろ!』

黒い光が放たれた。

ヴァルドは咄嗟に術式を展開した。

《魂導鎖》

白い鎖が幾重にも重なり、黒い光を受け止める。

しかし、衝撃によって鎖の一部が砕けた。

「……くっ!」

アシュレイが前へ出る。

《魂導結界・三重障壁》

三層の白い壁が展開された。

黒い光は、二枚目の壁を破壊したところで勢いを失った。

アシュレイは眉をひそめた。

「……相当な力だ」

ヴァルドが頷く。

「しかも、本人は攻撃したくないんだ」

黒き守護者は、自分の右腕を左手で押さえつけていた。

『……来るな……!』

その隣で、白き守護者が静かに一歩を踏み出した。

黒き守護者の表情が変わる。

『……お前……』

白き守護者は、ゆっくりと手を伸ばした。

『……駄目だ!』

黒き守護者が叫ぶ。

『……俺に触れれば、お前まで……!』

しかし、白き守護者は歩みを止めなかった。


第七監視地点、外周。

三人目のネクロマンサーは、仲間たちと共に門の周囲へ術式を展開していた。

「……外側の結界を維持しろ!」

一人のネクロマンサーが叫ぶ。

《魂導防壁》

白い光が、門を囲むように広がっていく。

しかし、地面から黒い線が伸び始めた。

「……何だ、これは!」

三人目の男が地面を見た。

黒い線は、門から外側へ向かって広がっている。

「……まずい!」

男は術式を展開した。

《魂流遮断》

黒い線の進行が止まる。

しかし、別の場所から新たな線が現れた。

「……次から次へと!」

仲間の一人が叫んだ。

「外周の結界が持たない!」

三人目の男は歯を食いしばった。

「……まだだ!」

彼は両手を広げた。

《魂導結界・連結》

仲間たちの術式が繋がる。

白い光が、外周を包み込んだ。

しかし、その瞬間。

門の亀裂が大きく広がった。

地面が震え、監視塔の一部が崩れ始める。

「……全員、下がれ!」

三人目の男が叫んだ。

仲間たちは、崩れ落ちる石壁を避けながら後退した。


門の前。

ヴァルドは、黒き守護者の動きを見つめていた。

「……アシュレイ!」

「分かっている!」

アシュレイは術式を展開した。

《魂導探査・深層》

淡い光が黒き守護者を包み込む。

その瞬間、アシュレイの表情が変わった。

「……これは!」

ヴァルドが振り向く。

「何が見えた?」

「黒き守護者の魂に、別の存在が絡みついている!」

「……やはりか」

「しかも、ただ支配しているわけじゃない」

アシュレイは黒き守護者の胸元を見た。

「……境界そのものと繋がっている」

ヴァルドが眉をひそめた。

「……つまり?」

「黒き守護者を無理に引き離せば、門の封印まで崩れる可能性がある」

ヴァルドは息を呑んだ。

「……そんな」

黒き守護者が苦しそうに笑った。

『……だから、言っただろう』

「……」

『……俺を助けようとすれば、門が開く』

ヴァルドは拳を握った。

「……だったら、別の方法を探す」

『……時間がない』

黒き守護者は、門の亀裂を見た。

『……もうすぐ、境界が崩れる』

その言葉と同時に、門の奥から巨大な瞳が現れた。

『……よく来た』

低い声が響く。

ヴァルドは瞳を睨んだ。

「……お前が、全ての元凶か」

『……元凶?』

瞳がゆっくりと動いた。

『……我々は、ただ門を見つけただけだ』

「……ふざけるな!」

ヴァルドが叫ぶ。

「お前のせいで、仲間が消えた!」

『……あれは、自らこちらへ来た』

「……違う!」

ヴァルドは拳を握った。

「あいつは、仲間を救おうとしただけだ!」

瞳は何も答えなかった。

ただ、静かにヴァルドを見つめている。

『……ならば』

門の奥から、黒い手が伸びた。

『……お前も、救いに来るか』

ヴァルドは一歩も引かなかった。

「……ああ」

アシュレイが振り向く。

「ヴァルド!」

ヴァルドは続けた。

「必要なら、向こう側まで行ってやる」

黒き守護者の表情が変わった。

『……やめろ』

「……でも」

ヴァルドは白き守護者を見た。

「今は、ここで門を閉じる」

白き守護者が頷いた。


第七監視地点、中央。

ヴァルドと白き守護者は、門の前に並んだ。

アシュレイが二人の後方に立つ。

「……共同封印を始める」

ヴァルドが告げた。

白き守護者は、両手を胸元へ重ねた。

その身体から、白い光が広がる。

ヴァルドは術式を展開した。

《魂導結界・境界連結》

白い円が地面に浮かび上がった。

その中央に、ヴァルドと守護者が立つ。

アシュレイが術式を重ねた。

《魂導補助・三重固定》

三つの光の輪が、門の周囲に展開された。

「……今だ!」

ヴァルドが叫ぶ。

白き守護者が、門へ手を伸ばした。

《境界守護・白環》

巨大な白い光が、門の亀裂を包み込んだ。

黒い影が、少しずつ後退していく。

「……効いている!」

アシュレイが叫んだ。

ヴァルドは術式を維持した。

「……そのまま!」

しかし、その瞬間。

門の向こう側から、巨大な黒い手が伸びた。

白い光に触れる。

そして、光を奪い始めた。

アシュレイの表情が変わる。

「……まずい!」

ヴァルドが歯を食いしばった。

「……何だ、この力は!」

巨大な瞳が告げる。

『……同じ方法は、通じない』

ヴァルドの表情が変わった。

「……何?」

『……既に、学んだ』

黒い手が、白い光を握り潰そうとする。

『……お前たちの封印を』

アシュレイが叫んだ。

「……ヴァルド! 術式を変えろ!」

「……どうやって!」

「黒き守護者の力が必要だ!」

ヴァルドは顔を上げた。

「……何?」

アシュレイは続けた。

「白き守護者だけでは、門の外側しか支えられない!」

「……」

「内側からも封印しなければ、向こう側の力に破られる!」

ヴァルドは黒き守護者を見た。

黒き守護者は、苦しそうに膝をついていた。

『……俺には、もう……』

ヴァルドは叫んだ。

「……まだできる!」

黒き守護者が顔を上げる。

「お前は、ずっと境界を守ってきたんだろ!」

『……』

「だったら、最後まで諦めるな!」

黒き守護者は、ヴァルドを見つめた。

そして、白き守護者へ視線を向けた。

白き守護者は、静かに手を伸ばしていた。

黒き守護者の目が揺れた。

『……お前は』

白き守護者は頷いた。

『……まだ、俺を信じているのか』

白き守護者は、迷わず頷いた。

黒き守護者は、ゆっくりと目を閉じた。

『……そうか』

そして、静かに立ち上がった。


門の内側。

黒き守護者は、巨大な瞳へ向き直った。

『……お前に、俺の力は渡さない』

瞳が細くなる。

『……既に、お前は我々のものだ』

『……違う』

黒き守護者は右腕を持ち上げた。

黒い紋様が、さらに広がる。

しかし、彼は自分の意思で術式を展開した。

《境界守護・黒環》

本来の黒い光が、異質な影を押し返した。

巨大な瞳が動きを止める。

『……何?』

黒き守護者は続けた。

『……俺は、境界を守る者だ』

「……」

『……お前たちを通すために、ここにいるわけじゃない!』

黒い光が、門の内側へ広がった。

その瞬間。

白き守護者の光と、黒き守護者の光が重なった。

門の亀裂が、わずかに縮まり始める。

ヴァルドが叫んだ。

「……今だ!」

アシュレイが頷く。

《魂導結界・共同固定》

白と黒の光が、門の中央で交わった。

しかし。

巨大な瞳は、静かに笑うように細くなった。

『……待っていた』

ヴァルドの表情が変わった。

「……何?」

『……二つの守護者が、再び繋がる時を』

その瞬間。

門の奥から、無数の黒い線が伸びた。

それらは、白き守護者と黒き守護者の光へ絡みついた。

アシュレイが叫ぶ。

「……まずい! 繋がりを利用されている!」

ヴァルドは術式を維持しながら叫んだ。

「……どうすれば!」

巨大な瞳が告げる。

『……これで』

黒い線が、二つの守護者を通して門全体へ広がる。

『……境界は、我々のものになる』

その瞬間。

門に刻まれた最後の白い封印が、消えた。


第七監視地点。

巨大な石の門が、ゆっくりと開き始めた。

雪に覆われた大地に、深い亀裂が走る。

監視塔の残骸が崩れ落ち、黒い影が周囲へ広がっていく。

三人目のネクロマンサーが叫んだ。

「……外周結界が崩れる!」

仲間たちは必死に術式を維持していた。

しかし、黒い影は結界の隙間から広がり始めた。

「……駄目だ!」

一人が叫ぶ。

「……もう、抑えられない!」

三人目の男は拳を握った。

「……まだだ!」

《魂導結界・連結》

白い光が、再び広がる。

しかし、門の奥から現れた黒い影が、結界の一部を侵食した。

仲間の一人が膝をついた。

「……っ!」

三人目の男が駆け寄る。

「……大丈夫か!」

「……ああ……まだ……」

しかし、その男の右腕には、黒い紋様が浮かび始めていた。

三人目の男の表情が変わった。

「……そんな」

黒い紋様は、ゆっくりと広がっていく。


現在。

レオは、記憶の中の門を見つめていた。

「……共同封印が、逆に利用されたのか」

ガイアが頷く。

「向こう側の存在は、二つの守護者が繋がることを待っていた」

カイが拳を握った。

「……最初から罠だったってことか」

ミナは白き守護者を見た。

「……でも、守護者さんたちは、間違ったことをしたわけじゃないですよね」

死者の男が答えた。

『ああ』

レオが顔を上げる。

「……じゃあ、何が間違っていた?」

死者は静かに答えた。

『……敵を知らなかった』

「……敵を?」

『彼らは、境界を閉じる方法を知っていた』

「……」

『だが、向こう側の存在が、どれほど深く境界に入り込んでいるかを知らなかった』

ガイアが眉をひそめる。

「……つまり、封印する前に敵との繋がりを断つ必要があった」

死者は頷いた。

『……そうだ』

レオは拳を握った。

「……まだ、何か方法があるはずだ」

守護者は、記憶の奥を見つめていた。

その表情には、深い悲しみが浮かんでいた。


三百年前。

第七監視地点。

門の中央。

ヴァルドは、崩れかけた術式を必死に維持していた。

「……アシュレイ!」

「……分かっている!」

アシュレイは術式図を見つめた。

「……黒い線を切らなければ!」

「……できるのか!」

「……試すしかない!」

アシュレイは両手を広げた。

《魂導断絶・境界切離》

白い光が、黒い線へ向かって伸びる。

しかし、黒い線は簡単には切れなかった。

アシュレイは歯を食いしばった。

「……くそ!」

その時。

黒き守護者が、ゆっくりと顔を上げた。

『……一つだけ、方法がある』

ヴァルドが振り向く。

「……何?」

黒き守護者は、白き守護者を見つめた。

『……俺が、門の内側へ戻る』

白き守護者の表情が変わった。

『……そして、繋がりを断つ』

ヴァルドは首を振った。

「……それじゃ、お前は!」

黒き守護者は静かに答えた。

『……戻れないかもしれない』

白き守護者が、必死に首を振った。

黒き守護者は小さく笑った。

『……泣くな』

そして、ヴァルドへ視線を向けた。

『……頼みがある』

ヴァルドは黒き守護者を見つめた。

「……何だ?」

『……あいつを、守ってくれ』

ヴァルドは拳を握った。

「……お前も守る」

黒き守護者は、少しだけ目を見開いた。

ヴァルドは続けた。

「……まだ、終わってない!」

その時。

門の奥から、巨大な黒い手が伸びた。

黒き守護者の身体を掴もうとする。

ヴァルドは術式を展開した。

《魂導鎖》

白い鎖が、黒き守護者を守るように広がった。

「……絶対に、渡さない!」

しかし。

門の向こう側から、低い声が響いた。

『……もう、遅い』

巨大な瞳が開く。

『……境界は、崩れた』

その瞬間。

門の奥から、これまでとは比較にならないほど巨大な黒い影が現れ始めた。

――第143話・完――

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