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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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141/182

第141話「共同封印」

三百年前。

魂導院、中庭。

夜明け前の空には、厚い雲が広がっていた。

聖王教会の騎士たちが、北方遠征の準備を進めている。

荷馬車の中央には、巨大な封印装置が積まれていた。

銀色の枠に囲まれたその装置には、複雑な術式が刻まれている。

しかし、中央には不自然な空間が設けられていた。

人間一人が収まるほどの大きさ。

そこには、魂を固定するための拘束具が取り付けられていた。

「……お願いです」

装置の前に立たされた若い男性が、震える声で訴えた。

「俺は、何もしていません」

騎士の一人が答える。

「分かっている」

「だったら、どうして……」

「世界を守るためだ」

男は首を振った。

「……嫌です」

騎士は黙っていた。

「……死にたくない」

その言葉に、近くにいた若い騎士が目を伏せた。

しかし、隊列を整える命令が下されると、誰も男を解放しようとはしなかった。


魂導院、地下牢。

アシュレイは、老司祭に導かれて薄暗い廊下を進んでいた。

両手には、まだ魂導術を封じる拘束具が取り付けられている。

「……これを外せるか?」

アシュレイが尋ねた。

老司祭は首を振った。

「鍵は指揮官が管理している」

「……厄介だな」

「ただし、拘束具の術式を弱めることならできる」

老司祭はアシュレイの手首に触れた。

淡い光が拘束具を包む。

《聖印解除・第一節》

刻まれた文字の一部が消えた。

アシュレイは指を動かした。

「……完全ではないが、これなら」

「無理に術を使えば、拘束具が反応する」

「分かっている」

老司祭は足を止めた。

「……アシュレイ」

「何だ?」

「一つ、頼みがある」

アシュレイが振り向く。

老司祭は静かに告げた。

「封印装置に拘束された青年を助けてほしい」

アシュレイの表情が変わった。

「……もう選ばれたのか?」

「ああ」

「本人は承諾しているのか?」

老司祭は首を振った。

「……していない」

アシュレイは拳を握った。

「……やはりな」

「私は止めようとした。だが、指揮官は命令を撤回しなかった」

「……」

「どうか、あの青年を」

アシュレイは老司祭を見つめた。

「……分かった」

「……ありがとう」

「礼を言うのは、まだ早い」

アシュレイは廊下の先を見た。

「まずはヴァルドと合流する」


魂導院、地下封印庫。

ヴァルドは、白い守護者と向き合っていた。

床には三つの円が描かれている。

一つ目は、魂を導く者の術式。

二つ目は、境界を守る者の術式。

そして三つ目は、双方の力を重ねるための術式だった。

「……これが共同封印の基本構造か」

ヴァルドが呟く。

守護者は頷いた。

ヴァルドは術式を見つめた。

「問題は、俺たちの力だけで北方の門を閉じられるかどうかだ」

守護者は床に手を触れた。

白い光が広がる。

その光の中に、巨大な石の門が浮かび上がった。

門の亀裂は、以前よりも大きく広がっている。

黒い影が、内側から封印を侵食していた。

「……やっぱり、時間がないな」

ヴァルドは眉をひそめた。

その時、扉が開いた。

「……ヴァルド!」

アシュレイが駆け込んできた。

ヴァルドが振り向く。

「……アシュレイ!」

「待たせたな」

「どうやって出てきた?」

「老司祭が助けてくれた」

ヴァルドは安堵したように息を吐いた。

「……よかった」

しかし、アシュレイは真剣な表情を崩さなかった。

「喜んでいる場合じゃない」

「……何があった?」

「教会が、生者の魂を使う封印装置を完成させた」

ヴァルドの表情が変わった。

「……何?」

「しかも、既に人間を一人拘束している」

「……誰だ?」

「名前は分からない。若い男だ」

ヴァルドは拳を握った。

「……許せない」

アシュレイが頷く。

「だから、俺たちが先に門を閉じる」

ヴァルドは守護者を見た。

守護者も静かに頷いた。

「……共同封印を完成させよう」


魂導院、研究室。

ヴァルド、アシュレイ、三人目のネクロマンサー。

そして、白い守護者。

四人は共同封印の術式を囲んでいた。

三人目の男が尋ねる。

「……本当に、魂を犠牲にせず封印できるのか?」

ヴァルドは頷いた。

「守護者が示した条件では、可能なはずだ」

アシュレイが続ける。

「ただし、成功には三つの条件がある」

「……三つ?」

「ああ」

アシュレイは術式図を指差した。

「第一に、魂を導く者が境界の流れを整えること」

「……」

「第二に、境界を守る者が門の封印を支えること」

「……」

「そして第三に、双方が自分の意思で力を重ねること」

三人目の男は考え込んだ。

「……つまり、強制的に魂を使っても完成しない?」

「そうだ」

アシュレイは頷いた。

「教会の術式は、魂を固定して封印の材料にする」

「……」

「だが、本来の封印は違う」

ヴァルドが続けた。

「魂を奪うのではなく、互いの力を重ねる」

三人目の男は静かに頷いた。

「……なるほど」

アシュレイは術式図の中央を指差した。

「問題はここだ」

ヴァルドが顔を上げる。

「……何だ?」

「境界の向こう側から、封印を破壊する力が働いている」

「……黒い瞳か」

「ああ」

アシュレイは続けた。

「俺たちが封印を完成させようとしても、向こう側から妨害される可能性が高い」

三人目の男が尋ねる。

「……どうすれば?」

アシュレイは少し考えた。

「誰かが、外側から術式を守る必要がある」

ヴァルドが頷く。

「……ならば、俺たち以外のネクロマンサーにも協力してもらおう」

三人目の男は表情を曇らせた。

「……全員が協力してくれるだろうか」

ヴァルドは静かに答えた。

「……頼んでみる」


魂導院、大広間。

残された十二人のネクロマンサーが集まっていた。

ヴァルドは中央に立ち、共同封印の術式について説明していた。

「……俺たちは、北方の門を閉じる」

一人のネクロマンサーが尋ねる。

「……本当に成功するのか?」

「保証はない」

ヴァルドは正直に答えた。

「だが、守護者が示した本来の封印方法だ」

別の男が口を開いた。

「……教会の術式は?」

アシュレイが答える。

「生者の魂を強制的に固定する方法だ」

「……」

「それでは、封印できたとしても犠牲者は戻らない」

広間に沈黙が流れた。

ヴァルドは続けた。

「俺は、誰かの命を犠牲にする方法を選びたくない」

「……」

「だから、力を貸してほしい」

一人のネクロマンサーが立ち上がった。

「……俺は協力する」

ヴァルドが顔を上げる。

「……本当か?」

「ああ」

男は頷いた。

「二人目が消えた時、俺は何もできなかった」

「……」

「だから、今度は逃げたくない」

別のネクロマンサーも立ち上がった。

「……俺もだ」

さらに一人。

そして、もう一人。

しかし、全員が立ち上がったわけではなかった。

数人は、席に座ったままだった。

ヴァルドは彼らを見た。

「……無理にとは言わない」

一人が顔を上げる。

「……すまない」

ヴァルドは首を振った。

「謝る必要はない」

「……」

「これは、俺たち自身が選ぶことだから」

その言葉に、男は目を伏せた。


魂導院、中庭。

聖王教会の遠征隊が、出発しようとしていた。

巨大な封印装置を積んだ荷馬車。

その隣には、両手を拘束された若い男性が立っている。

「……お願いします」

男は騎士へ訴えた。

「家に帰してください」

騎士は答えなかった。

「……母が待っているんです」

若い騎士の表情が変わった。

しかし、隊長格の騎士が命じた。

「乗せろ」

二人の騎士が男を荷馬車へ連れていこうとする。

その時だった。

「……待て!」

声が響いた。

騎士たちが振り向く。

中庭の入口に、ヴァルドとアシュレイが立っていた。

その後ろには、数人のネクロマンサー。

そして、白い守護者がいた。

指揮官が顔を上げた。

「……何のつもりだ?」

ヴァルドは一歩前へ出た。

「その人を解放してくれ」

指揮官は眉をひそめた。

「……何?」

「封印の核にするつもりなんだろう」

「……」

「本人は望んでいない」

指揮官は冷たく答えた。

「世界を守るために必要な措置だ」

ヴァルドは首を振った。

「必要ない」

指揮官の表情が変わった。

「……何?」

ヴァルドは続けた。

「俺たちは、犠牲を出さずに門を閉じる方法を見つけた」

「……また、その話か」

「今回は術式も完成している」

アシュレイが書類を差し出した。

「これを見てくれ」

指揮官は書類を受け取らなかった。

「……信用できん」

アシュレイが眉をひそめる。

「なぜだ?」

「お前は、教会の拘束から逃亡した身だ」

「……」

「そんな者の研究を信用できると思うか?」

ヴァルドが一歩前へ出た。

「だったら、俺を信用してくれ」

指揮官はヴァルドを見た。

「……お前を?」

「ああ」

「なぜだ?」

ヴァルドは静かに答えた。

「俺は、誰かを犠牲にするためにネクロマンサーになったわけじゃない」

「……」

「死者を導き、生者を守るために、この道を選んだ」

指揮官は黙っていた。

ヴァルドは続けた。

「俺たちに、一度だけ機会をくれ」


中庭。

長い沈黙が流れた。

やがて、指揮官が口を開いた。

「……条件がある」

ヴァルドが顔を上げる。

「……何だ?」

「お前たちが先に門へ向かうことは認める」

アシュレイの表情が変わった。

「……本当か?」

「ただし、封印に失敗した場合は、教会の術式を使用する」

ヴァルドは眉をひそめた。

「……その人を犠牲にするつもりか」

「世界を守るためだ」

「……」

「それが条件だ」

ヴァルドは青年を見た。

青年は怯えた表情で、こちらを見つめている。

「……助けてください」

その声に、ヴァルドは拳を握った。

そして、指揮官へ向き直った。

「……分かった」

アシュレイが振り向く。

「ヴァルド!」

しかし、ヴァルドは続けた。

「ただし、俺たちは絶対に失敗しない」

指揮官は冷たく答えた。

「……その言葉を忘れるな」

ヴァルドは頷いた。

「……ああ」

白い守護者が、ヴァルドの隣へ立った。

二人は互いに顔を見合わせた。

そして、静かに頷き合った。


現在。

レオは記憶の中のヴァルドを見つめていた。

「……失敗できない封印か」

ガイアが頷く。

「教会は、彼らの失敗を理由に犠牲を正当化するつもりだったのだろう」

カイが拳を握った。

「……ひでえ話だな」

ミナが静かに答えた。

「でも、ヴァルドさんたちは諦めなかったんですね」

レオは守護者を見た。

「……お前も、一緒に門へ向かったんだな」

守護者は頷いた。

レオは小さく笑った。

「……きっと、怖かっただろうな」

守護者は少しだけ目を伏せた。

そして、静かに頷いた。

ガイアが口を開いた。

「恐怖がなかったわけではない」

「……ああ」

レオは答えた。

「それでも、誰かを守るために進んだんだ」


三百年前。

北方へ向かう街道。

ヴァルドたちの一行は、魂導院を出発していた。

先頭を歩くのはヴァルド。

その隣には、白い守護者。

後方にはアシュレイと、協力を決めたネクロマンサーたちが続いている。

三人目のネクロマンサーも、その中にいた。

「……なあ、ヴァルド」

アシュレイが声をかけた。

「何だ?」

「本当に、できると思うか?」

ヴァルドは少し考えた。

「……分からない」

アシュレイは小さく笑った。

「正直だな」

「でも」

ヴァルドは前を見た。

「できると信じなきゃ、始まらない」

アシュレイは頷いた。

「……そうだな」

白い守護者が、ヴァルドの隣を歩いている。

その手には、淡い光が宿っていた。

遠くの空には、黒い雲が広がっている。

北方の山々。

その奥にある、旧境界域。

そこでは、巨大な石の門が開こうとしていた。

そして、門の向こう側。

暗闇の中で、二つの瞳が開いた。

一つは、巨大な黒い瞳。

もう一つは、人間に似た小さな瞳だった。

『……来る』

低い声が響く。

『……魂を導く者が』

その隣から、別の声が聞こえた。

『……白き守護者も』

巨大な瞳が動いた。

『……ならば』

暗闇の奥から、長い腕が伸びる。

『……迎えよう』

――第141話・完――

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