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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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第140話「裏切り者アシュレイ」

三百年前。

魂導院、東棟。

夜明け前の廊下には、聖王教会の騎士たちが配置されていた。

その数は、昨日までの倍以上に増えている。

最初に黒い石へ触れたネクロマンサーは、寝台の上で静かに眠っていた。

右腕には、依然として黒い紋様が残っている。

しかし、ヴァルドとアシュレイが施した《魂導結界・自律封印》によって、進行は一時的に止まっていた。

「……状態は?」

部屋へ入ってきたアシュレイが尋ねる。

ヴァルドは男の胸元から手を離した。

「魂の反応は安定している」

「……そうか」

「ただ、まだ向こう側との繋がりは残っている」

アシュレイは男の右腕を見た。

「完全に断ち切るには、黒い石そのものをどうにかする必要があるな」

「ああ」

ヴァルドは窓の外へ視線を向けた。

「……北方の門も、限界が近い」

アシュレイが頷く。

「だからこそ、早く出発しなければならない」

「教会の封鎖をどうする?」

「三人目が老司祭と交渉している」

「……うまくいくと思うか?」

アシュレイは少し考えた。

「分からない」

「……」

「だが、少なくとも話を聞いてくれる人間はいる」

ヴァルドは小さく頷いた。

その時、廊下から複数の足音が近づいてきた。

「……何だ?」

扉が開く。

入ってきたのは、聖王教会の騎士たちだった。

「アシュレイ」

先頭の騎士が告げる。

「指揮官殿がお呼びだ」

アシュレイは振り向いた。

「……俺に?」

「ああ」

「何の用だ?」

騎士は一枚の書類を差し出した。

「境界異変に関する事情聴取だ」

アシュレイは書類を受け取った。

その表情が、わずかに変わった。

「……事情聴取?」

騎士は答えた。

「お前には、魂導院の研究記録を不正に隠匿した疑いがある」

ヴァルドが立ち上がった。

「……何?」

騎士は続けた。

「さらに、境界封印に必要な情報を教会へ報告しなかった疑いもある」

アシュレイは書類を見つめた。

「……なるほど」

ヴァルドが騎士へ詰め寄る。

「ふざけるな! アシュレイはずっと封印の研究をしていた!」

「それを確認するための事情聴取だ」

「だったら、俺も行く」

騎士は首を振った。

「呼ばれているのはアシュレイだけだ」

ヴァルドの表情が険しくなる。

しかし、アシュレイが肩へ手を置いた。

「……大丈夫だ」

「アシュレイ」

「話を聞かれるだけだろう」

アシュレイは騎士へ向き直った。

「……案内してくれ」

そして、ヴァルドへ小さく笑いかけた。

「すぐ戻る」

その言葉を残し、アシュレイは部屋を出ていった。


魂導院、臨時審問室。

かつて魂導術の講義に使われていた部屋は、聖王教会の審問室へと変えられていた。

中央には一つの椅子。

その正面には、指揮官と二人の司祭が座っている。

アシュレイは椅子に腰掛けた。

「……それで?」

指揮官が口を開く。

「お前に確認したいことがある」

「聞こう」

「北方の門を閉じる方法を発見したそうだな」

「ああ」

「なぜ、教会へ報告しなかった?」

アシュレイは眉をひそめた。

「報告しようとしていた」

「だが、正式な報告書は提出されていない」

「研究が完成していなかったからだ」

指揮官は机の上に書類を置いた。

「……その間にも、北方では被害が広がっている」

「分かっている」

「ならば、なぜ協力を求めなかった?」

アシュレイは指揮官を見つめた。

「……協力?」

「そうだ」

「守護者を強制的に連れていこうとした教会にか?」

指揮官の表情が変わった。

「……言葉を慎め」

アシュレイは続けた。

「生者の魂を封印に使おうとする教会に、未完成の術式を渡せばどうなる?」

「……」

「俺たちが望まない方法に利用される可能性がある」

指揮官は腕を組んだ。

「つまり、意図的に情報を隠していたと?」

アシュレイは首を振った。

「違う」

「では、何だ?」

「正しい方法で使えるように、研究を続けていた」

指揮官はしばらく黙っていた。

そして、一枚の記録を取り出した。

「……これを見ろ」

アシュレイは記録へ目を向けた。

そこには、魂導院の地下封印庫に関する調査結果が書かれていた。

黒い石。

白い守護者。

そして、境界の向こう側との接触記録。

アシュレイの表情が変わった。

「……この記録は」

指揮官が答える。

「お前の研究室から発見された」

「……勝手に調べたのか?」

「教会の管理下にある施設だ」

アシュレイは拳を握った。

指揮官は続けた。

「この記録には、黒い石と境界の繋がりについて詳細に記されている」

「……ああ」

「つまり、お前は危険性を理解していた」

「当然だ」

「それなのに、研究を続けた」

アシュレイは顔を上げた。

「……何が言いたい?」

指揮官は静かに告げた。

「お前には、境界異変を意図的に利用した疑いがある」

アシュレイは目を見開いた。

「……何?」

「黒い石の力を研究し、教会へ情報を隠し、独自の封印術式を完成させようとしていた」

「……」

「その目的は何だ?」

アシュレイは椅子から立ち上がった。

「仲間を救うためだ!」

指揮官は表情を変えなかった。

「証明できるのか?」

「……ふざけるな」

アシュレイは机を睨んだ。

「俺が何のために研究してきたと思っている!」

「それを確認している」

「だったら、研究記録を最後まで読め!」

指揮官は沈黙した。

アシュレイは続けた。

「俺たちは、誰かを犠牲にしない方法を探していた!」

「……」

「それを、裏切りだと言うのか!」


魂導院、中庭。

ヴァルドは、三人目のネクロマンサーから話を聞いていた。

「……アシュレイが拘束された?」

「正式には、事情聴取という扱いらしい」

三人目が答える。

「だが、審問室の周囲には騎士が配置されている」

ヴァルドの表情が険しくなった。

「……最初から戻す気がないのか」

「分からない」

「……くそ」

ヴァルドは拳を握った。

その時、老司祭が近づいてきた。

「……ヴァルド」

ヴァルドが振り向く。

「……あなたは」

老司祭は周囲を確認した。

そして、声を落とした。

「……アシュレイの件について、話がある」

ヴァルドは一歩近づいた。

「何が起きているんですか?」

老司祭は静かに答えた。

「教会の内部で、魂導院の責任者を一人決めようとする動きがある」

「……責任者?」

「境界異変の原因を作った者として、処罰するためだ」

ヴァルドの表情が変わった。

「……何?」

三人目のネクロマンサーも顔を上げた。

「そんな……!」

老司祭は続けた。

「十三人全員を敵に回せば、封印への協力が得られなくなる」

「……」

「だから、一人を罪人として扱い、残りの者たちを教会の管理下へ置こうとしている」

ヴァルドは歯を食いしばった。

「……その一人が、アシュレイなのか」

老司祭は頷いた。

「……可能性が高い」

ヴァルドは審問室のある建物を見た。

「……絶対に、そんなことはさせない」


魂導院、臨時審問室。

アシュレイは、指揮官から新たな書類を示されていた。

「……これに署名しろ」

アシュレイが書類を受け取る。

そこには、魂導院の研究活動に関する責任を認める文章が書かれていた。

さらに、教会への全面的な協力を誓う内容も含まれている。

アシュレイは書類を机へ戻した。

「……断る」

指揮官が眉をひそめる。

「理由は?」

「事実と違う」

「お前が責任を認めれば、他のネクロマンサーへの処分は軽くなる」

アシュレイの表情が変わった。

「……何?」

「ヴァルドたちを守りたいのだろう?」

「……」

「ならば、お前一人が責任を負えばいい」

アシュレイは指揮官を見つめた。

「……それが、教会の考えか」

「世界の秩序を守るためだ」

「違う」

アシュレイは静かに首を振った。

「……責任を押しつける相手が欲しいだけだ」

指揮官は答えなかった。

アシュレイは続けた。

「俺が署名すれば、教会は魂導院を自由に扱える」

「……」

「そして、次は守護者を連れていくつもりだろう」

指揮官の表情が険しくなった。

「……そこまで分かっているなら、話は早い」

アシュレイは小さく笑った。

「……残念だったな」

「何?」

「俺は、仲間を売らない」

指揮官は立ち上がった。

「……ならば、正式に拘束する」

騎士たちがアシュレイを囲んだ。

しかし、アシュレイは抵抗しなかった。

ただ、静かに告げた。

「……一つだけ覚えておけ」

指揮官が振り向く。

「何だ?」

「お前たちが敵にしているのは、ネクロマンサーじゃない」

「……」

「本当に恐れるべきものは、北方の門の向こうにいる」

指揮官は何も答えなかった。


魂導院、地下封印庫。

ヴァルドは、白い守護者と向き合っていた。

「……アシュレイが拘束された」

守護者の表情が変わった。

「教会は、あいつを裏切り者に仕立て上げようとしている」

守護者は静かに首を振った。

ヴァルドは頷いた。

「……俺も、認めない」

守護者はヴァルドへ手を伸ばした。

白い光が、二人の間に流れる。

その瞬間、ヴァルドの脳裏に北方の門が浮かんだ。

門の亀裂は、以前よりも大きく広がっている。

黒い手が、封印陣の残された光を奪い続けていた。

「……時間がない」

ヴァルドが呟いた。

守護者が頷く。

「アシュレイを助けたい」

ヴァルドは続けた。

「でも、門も閉じなければならない」

守護者は静かにヴァルドを見つめた。

「……どちらかを選べってことか」

ヴァルドは目を閉じた。

しばらくして、静かに首を振った。

「……違う」

守護者が首を傾げる。

ヴァルドは顔を上げた。

「どちらも諦めない」

「……」

「アシュレイを助けて、門も閉じる」

守護者の白い光が強まった。

ヴァルドは小さく笑った。

「……無茶だと思うか?」

守護者は首を振った。

そして、ヴァルドへ手を差し出した。

ヴァルドはその手を握った。

「……ありがとう」


現在。

レオは記憶の中のアシュレイを見つめていた。

「……裏切り者なんかじゃなかった」

ガイアが頷く。

「教会が、責任を押しつけようとしていたんだ」

カイが拳を握った。

「……ふざけた話だな」

ミナが静かに答える。

「でも、アシュレイさんは仲間を守ろうとしていたんですね」

死者の男が頷いた。

『ああ』

レオは守護者を見た。

「……お前も、分かっていたんだな」

守護者は静かに頷いた。

レオは拳を握った。

「……だったら、俺たちも忘れない」

死者の男が顔を上げる。

「何を?」

レオは答えた。

「本当のことを」

「……」

「誰が何をしたのか。誰が誰を守ろうとしたのか」

レオは記憶の奥を見つめた。

「……勝手に書き換えられた歴史なんて、信じない」

守護者の白い光が、穏やかに揺れた。


三百年前。

魂導院、地下牢。

アシュレイは、冷たい石壁に囲まれた部屋へ閉じ込められていた。

両手には、魂導術を封じるための拘束具が取り付けられている。

「……まったく」

アシュレイは小さく息を吐いた。

「……厄介なことになったな」

その時、廊下の奥から足音が近づいてきた。

「……誰だ?」

鉄格子の向こうに、一人の人物が現れた。

聖王教会の老司祭だった。

「……アシュレイ」

アシュレイが顔を上げる。

「……あなたか」

老司祭は周囲を確認した。

そして、小さな鍵を取り出した。

「……ここから出なさい」

アシュレイの表情が変わった。

「……何?」

「北方の門が、もう限界に近い」

「……」

「今、必要なのは罪人を作ることではない」

老司祭は鍵を差し込んだ。

「……世界を守ることだ」

鉄格子の鍵が外れる。

アシュレイは立ち上がった。

「……なぜ、俺を助ける?」

老司祭は静かに答えた。

「私も、守るべきものを間違えたくないからだ」

アシュレイはしばらく老司祭を見つめていた。

そして、小さく頷いた。

「……恩に着る」

老司祭は扉を開けた。

「急ぎなさい」

アシュレイは廊下へ出た。

その頃。

魂導院の中庭では、聖王教会の遠征隊が出発の準備を整えていた。

彼らが運ぼうとしていたのは、巨大な封印装置。

その中央には、人間の魂を固定するための空間が設けられていた。

そして、その装置の前には、一人の若い男性が立たされていた。

両手を拘束され、騎士たちに囲まれている。

男は震える声で尋ねた。

「……俺は、どうなるんですか?」

騎士は答えなかった。

ただ、指揮官の命令を待っていた。

――第140話・完――

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