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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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第139話「ヴァルドの選択」

三百年前。

魂導院、東棟。

深夜。

最初に黒い石へ触れたネクロマンサーは、床に膝をついていた。

右腕から広がった黒い紋様は、既に首元まで達している。

「……やめろ……!」

男は左手で右腕を押さえつけた。

しかし、右腕は自分の意思とは無関係に持ち上がろうとしていた。

『……抵抗するな』

頭の中に声が響く。

「……黙れ!」

『……お前は、こちら側と繋がっている』

「……俺は……人間だ!」

男は歯を食いしばった。

『……ならば、なぜ』

黒い紋様が胸元へ広がる。

『……その身体は、我々に応える』

男は苦痛に顔を歪めた。

「……俺が望んだわけじゃない!」

その瞬間、部屋の床に黒い線が浮かび上がった。

線は円形に広がり、中央に古い紋様を描き始める。

男は目を見開いた。

「……まずい!」

それは、研究室で二人目のネクロマンサーが使用した術式に似ていた。

だが、決定的に違う点があった。

術式を描いているのは、男自身ではなかった。

向こう側の存在が、男の魂を通して術式を構築していた。

「……誰か!」

男は必死に叫んだ。

「……助けてくれ!」


魂導院、地下封印庫。

ヴァルドは黒い石を見つめていた。

その表面には、細い亀裂が幾つも走っている。

アシュレイが術式を調整する。

「……封印が弱まっている」

「北方の門と連動しているのか?」

「恐らくな」

ヴァルドは眉をひそめた。

「……あいつの状態は?」

アシュレイは答えた。

「最後に確認した時は、紋様の進行が止まっていた」

「……そうか」

「だが、安心はできない」

ヴァルドが頷いた。

その時、封印庫の扉が開いた。

三人目のネクロマンサーが駆け込んできた。

「……ヴァルド!」

「どうした?」

「東棟で異変が起きている!」

アシュレイが振り向く。

「……何?」

「最初の研究者の部屋から、黒い術式が広がっている!」

ヴァルドの表情が変わった。

「……行くぞ!」

二人は研究室を飛び出した。


東棟。

廊下には、数人の教会騎士が集まっていた。

部屋の扉からは、黒い線が伸びている。

「……何だ、これは!」

騎士の一人が叫ぶ。

別の騎士が剣を抜いた。

「危険だ! 中の者を拘束しろ!」

その瞬間。

「待て!」

ヴァルドが廊下へ現れた。

「剣を向けるな!」

騎士が振り向く。

「しかし、あの中では!」

「分かっている!」

ヴァルドは扉へ近づいた。

アシュレイが床の術式を確認する。

「……魂導術が逆流している」

「止められるか?」

「試す」

アシュレイは両手を広げた。

《魂導断絶》

白い光が床を走る。

黒い線の一部が消えた。

しかし、扉の奥から新たな線が伸びてくる。

「……再生している!」

アシュレイが叫ぶ。

ヴァルドは扉を押し開けた。


部屋の中央。

最初のネクロマンサーは、黒い術式に囲まれていた。

「……ヴァルド!」

男が顔を上げる。

ヴァルドは駆け寄ろうとした。

しかし、床から伸びた黒い線が進路を塞いだ。

「……来るな!」

男が叫ぶ。

「俺の身体が……勝手に……!」

ヴァルドは立ち止まった。

「……分かってる!」

「……俺を……止めてくれ!」

「必ず止める!」

ヴァルドは術式を展開した。

《魂導鎖》

白い鎖が男の右腕を包み込む。

黒い紋様の進行が、わずかに遅くなった。

しかし、男の身体から黒い影が伸び始める。

その影は、ヴァルドの鎖に絡みついた。

アシュレイが叫んだ。

「ヴァルド! 鎖を切れ!」

「……何?」

「そのままでは、お前まで繋がる!」

ヴァルドは男を見た。

男の目には、涙が浮かんでいた。

「……頼む……!」

ヴァルドは拳を握った。

そして、術式を解除した。

白い鎖が消える。

黒い影は、行き場を失って床へ落ちた。

アシュレイがすぐに別の術式を展開する。

《魂流遮断・外環》

部屋の外周に白い円が浮かび上がった。

黒い線が、廊下へ広がるのを止める。

「……これで外への侵食は防げる!」

ヴァルドが頷く。

「中のあいつは?」

アシュレイは答えられなかった。


魂導院、中庭。

異変の報告を受けた聖王教会の指揮官は、騎士たちを集めていた。

「東棟を封鎖しろ!」

「承知しました!」

「異変の中心にいる研究者は?」

「ヴァルドたちが対応しています!」

指揮官は眉をひそめた。

「……まだ彼らに任せているのか」

老司祭が口を開く。

「指揮官殿、今は協力すべきです」

「危険な術者を放置するわけにはいかん」

「本人の意思ではありません」

「だからこそ危険なのだ」

指揮官は剣を持つ騎士へ命じた。

「必要ならば、対象を拘束しろ」

老司祭が一歩前へ出た。

「……殺してはなりません」

指揮官は振り向いた。

「誰が殺せと言った?」

「ですが、騎士たちは武装しています」

「……」

「今、彼らに必要なのは治療です」

指揮官はしばらく黙っていた。

そして、低い声で答えた。

「……分かっている」

しかし、その表情には迷いが残っていた。


東棟。

ヴァルドは、黒い術式の中心にいる男を見つめていた。

「……アシュレイ」

「何だ?」

「この術式を止める方法は?」

アシュレイは床を調べた。

「……二つある」

ヴァルドが顔を上げる。

「……二つ?」

「ああ」

アシュレイは続けた。

「一つは、黒い石と男の繋がりを完全に断つこと」

「……できるのか?」

「可能性はある。ただし、魂そのものに傷が残るかもしれない」

ヴァルドは男を見た。

「……もう一つは?」

アシュレイは言葉を詰まらせた。

「……男の魂を封印の核にすることだ」

ヴァルドの表情が変わった。

「……教会と同じ方法か」

「違う」

アシュレイは首を振った。

「教会の術式は、他人の魂を強制的に固定する」

「……」

「だが、本人が望むなら、一時的に自分の魂を繋ぎ止めることはできる」

ヴァルドは考え込んだ。

「……それでも危険だ」

「ああ」

「魂が戻らなくなる可能性もある」

「……否定できない」

二人は沈黙した。

その時、最初の男が口を開いた。

「……ヴァルド」

「……何だ?」

「……俺に、選ばせてくれ」

ヴァルドが顔を上げた。

「……何?」

「俺の魂だ」

男は震える声で続けた。

「……俺自身が、どうするか決めたい」

ヴァルドは男を見つめた。

「……死ぬかもしれないんだぞ」

「……分かってる」

「……それでも?」

男は頷いた。

「……ああ」

ヴァルドは目を閉じた。

脳裏に浮かんだのは、十三人で魂導院を作った日のことだった。

全員が笑っていた。

死者を恐れる世界を変えたいと語り合った。

誰かの魂を支配するのではなく、導く存在になろうと誓った。

ヴァルドは目を開けた。

「……分かった」

アシュレイが振り向く。

「ヴァルド?」

「……本人の意思を尊重する」

男の表情が変わった。

「……ありがとう」

しかし、ヴァルドは続けた。

「ただし、一つだけ条件がある」

「……条件?」

「お前が死ぬための術式にはしない」

男は目を見開いた。

「……何?」

「生きるために使う」

ヴァルドは男へ手を伸ばした。

「俺たちが、お前を必ず戻す」

男は涙を流した。

「……ああ」

アシュレイは小さく息を吐いた。

「……本当に、お前らしいな」

ヴァルドは振り向いた。

「協力してくれるか?」

アシュレイは頷いた。

「当然だ」


魂導院、東棟。

三人は術式の準備を始めた。

ヴァルドが魂の流れを固定する。

アシュレイが黒い石との繋がりを遮断する。

そして、最初のネクロマンサー自身が、自分の魂を守るための術式を展開する。

《魂導結界・自律封印》

男の胸元に、白い紋様が浮かび上がった。

黒い線が、その周囲で動きを止める。

「……効いている!」

アシュレイが叫んだ。

ヴァルドが頷く。

「そのまま維持しろ!」

男は歯を食いしばった。

「……ああ!」

白い紋様が強まる。

黒い術式が、少しずつ縮小していく。

しかし、その時。

男の頭の中に、声が響いた。

『……愚かな』

男は目を閉じた。

「……黙れ」

『……お前は、我々から逃れられない』

「……それでも」

男は拳を握った。

「……俺は、自分で選ぶ!」

その瞬間、白い紋様が黒い線を押し返した。

床に広がっていた術式が消え始める。

ヴァルドが叫んだ。

「……今だ!」

アシュレイが両手を広げる。

《魂導断絶・完全遮断》

白い光が部屋を包み込んだ。

黒い線が次々と消えていく。

そして、最後の一本が消えた瞬間。

男の身体から力が抜けた。

ヴァルドが駆け寄る。

「……おい!」

男は倒れ込んだ。

アシュレイが膝をつく。

「……魂の反応は?」

ヴァルドは男の胸元へ手を当てた。

「……ある」

「……本当か?」

「ああ」

ヴァルドは小さく笑った。

「……生きてる」

アシュレイも安堵の息を吐いた。

しかし、男の右腕には黒い紋様が残っていた。

それは消えていなかった。

ただ、動きを止めているだけだった。


現在。

レオは記憶の中のヴァルドを見つめていた。

「……生きるための術式」

ガイアが頷く。

「本人の意思を尊重しながら、仲間を救おうとした」

カイが腕を組んだ。

「……でも、完全には治ってないんだな」

ミナが静かに答える。

「……それでも、助かったんですよね」

死者の男が頷いた。

『ああ』

レオは守護者を見た。

「……ヴァルドは、最後まで諦めなかったんだな」

守護者は静かに頷いた。

しかし、その表情には悲しみが浮かんでいた。

レオが尋ねる。

「……どうした?」

守護者は答えなかった。

ただ、記憶の奥へ視線を向けた。


三百年前。

魂導院、地下封印庫。

深夜。

黒い石は、静かに封印されていた。

しかし、その表面には、新たな亀裂が生まれていた。

石の奥で、小さな瞳が開く。

『……選んだか』

低い声が響いた。

『……ならば』

瞳は、遠く離れた東棟へ向けられた。

『……次は、我々が選ぶ』

その頃。

魂導院の外では、聖王教会の騎士たちが密かに移動を始めていた。

彼らの目的は、黒い石でも、守護者でもなかった。

魂導院に残された、十二人のネクロマンサー。

その中の一人を、封印の核として確保することだった。

――第139話・完――

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