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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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第137話「三人目の贖罪」

三百年前。

魂導院、東棟。

夜明け前の廊下には、誰の姿もなかった。

窓の外では冷たい雨が降り続いている。

三人目のネクロマンサーは、一枚の書類を握りしめていた。

それは、数日前に聖王教会へ提出した報告書の写しだった。

黒い石の発見。

研究中に発生した異常。

最初の研究者の身体に現れた紋様。

そして、魂導院の地下に保管されている封印石の存在。

全て、自分が教会へ知らせたことだった。

「……こんなことになるなんて」

男は書類を見つめた。

あの時は、仲間を救えると思っていた。

教会ならば、黒い紋様を取り除く方法を知っているかもしれない。

境界の異変を止められるかもしれない。

そう信じていた。

しかし、結果は違った。

魂導院は封鎖された。

仲間たちは監視され、研究は停止させられた。

そして、二人目のネクロマンサーが姿を消した。

男は目を閉じた。

「……俺は、何をしたんだ」

背後から声がした。

「……こんなところにいたのか」

振り向くと、アシュレイが立っていた。

「……アシュレイ」

「眠れないのか?」

「……ああ」

アシュレイは男の手元を見た。

「それは?」

男は書類を隠そうとした。

しかし、途中で手を止めた。

「……教会へ渡した報告書だ」

アシュレイの表情が変わった。

「……まだ持っていたのか」

「写しだけどな」

「……そうか」

二人の間に沈黙が流れた。

やがて、男が口を開いた。

「……怒ってるだろ」

「何に?」

「俺が、教会へ報告したことに」

アシュレイは窓の外を見た。

「……怒っていないと言えば、嘘になる」

男は俯いた。

「……そうだよな」

「でも」

アシュレイは続けた。

「お前が仲間を助けたかったことも、分かってる」

男が顔を上げた。

「……本当に?」

「お前は最初から、誰かを陥れようとしていたわけじゃない」

「……」

「ただ、相談する相手を間違えた」

その言葉に、男の表情が歪んだ。

「……俺は、ヴァルドたちを信用してなかったのかな」

「それは自分で考えろ」

アシュレイは静かに答えた。

「ただ、今からでもできることはある」

「……できること?」

「ああ」

アシュレイは男を見つめた。

「過去を変えることはできない。でも、これから何をするかは選べる」

男は手元の書類を見つめた。

そして、ゆっくりと頷いた。

「……分かった」

魂導院、大広間。

朝。

十三人のうち、残された十二のネクロマンサーが集められていた。

二人目の失踪を受け、聖王教会は監視体制をさらに強化していた。

広間の入口には、武装した騎士たちが立っている。

指揮官が口を開いた。

「昨夜、封鎖区域内で無許可の境界術式が使用された」

ヴァルドが答える。

「……ああ」

「その結果、一名が行方不明となった」

「分かっている」

「今後、全ての研究資料と術式道具を教会が管理する」

アシュレイが眉をひそめた。

「……また一方的な命令か」

「再発を防ぐためだ」

「監視を強めれば、全て解決するとでも?」

指揮官は冷たく答えた。

「少なくとも、勝手な研究は防げる」

ヴァルドが一歩前へ出た。

「……あいつは仲間を助けようとした」

「結果として、境界に新たな亀裂を生んだ」

「それは事実だ」

ヴァルドは頷いた。

「だからこそ、俺たちは原因を調べる必要がある」

「その判断は教会が行う」

再び、広間の空気が険しくなった。

その時だった。

「……待ってください」

三人目のネクロマンサーが立ち上がった。

全員の視線が集まる。

「……話があります」

指揮官が眉をひそめた。

「何だ?」

男は書類を取り出した。

「俺が教会へ提出した報告書についてです」

ヴァルドが振り向いた。

「……お前?」

男は一度、深く息を吸った。

「……俺は、教会へ助けを求めました」

指揮官が答える。

「承知している」

「でも、報告書には書かなかったことがあります」

指揮官の表情が変わった。

「……何?」

男は続けた。

「黒い石に触れた二人は、危険な力を求めていたわけじゃありません」

「……」

「異変が起きてからも、自分たちの身体を調べ、被害を広げない方法を探していました」

指揮官が口を開く。

「それは報告書にも……」

「違います!」

男の声が広間に響いた。

「俺は、二人が危険な状態にあることばかり強調した」

ヴァルドは黙って聞いていた。

「助けが必要だと伝えるつもりだったのに……」

男は拳を握った。

「結果として、二人を危険人物のように扱わせてしまった」

指揮官は表情を変えなかった。

「それが、今さら何だ?」

男は顔を上げた。

「……訂正してください」

「何?」

「教会の記録を」

男は書類を差し出した。

「二人は、意図的に門を開いたわけではありません」

「……」

「向こう側の存在に利用されたんです」

指揮官は書類を受け取らなかった。

「その証拠は?」

男は答えた。

「俺が証言します」

「証言だけでは不十分だ」

「ならば、研究記録を調べてください」

「……」

「俺たちが何をして、何を恐れていたのか。全部残っています」

アシュレイが静かに頷いた。

「……そうだ」

ヴァルドも口を開いた。

「俺たちも協力する」

指揮官は二人を見た。

「……お前たちまで」

三人目の男は続けた。

「俺は、自分の報告に責任を持ちます」

その声は、もう震えていなかった。

魂導院、記録保管室。

三人目のネクロマンサーは、教会の老司祭と向き合っていた。

老司祭は机の上に置かれた研究記録を読んでいる。

「……なるほど」

男が尋ねる。

「どうですか?」

「黒い石の研究は、確かに危険なものだった」

「……はい」

「しかし、異変の発生後に行われた研究は、封印と治療が中心になっている」

男は頷いた。

「そうです」

老司祭はページをめくった。

「……教会に提出された最初の報告では、そこが十分に伝わっていなかった」

「……俺の責任です」

「責任を認めることと、全ての罪を背負うことは違う」

男が顔を上げる。

老司祭は続けた。

「君が報告しなければ、異変を把握できなかった者もいる」

「……」

「だが、報告を受けた側にも、その情報をどう扱うかという責任がある」

男はしばらく黙っていた。

「……教会の人が、そんなことを言うんですね」

老司祭は小さく笑った。

「教会にも、様々な考えの者がいる」

「……そうですね」

老司祭は書類を閉じた。

「この訂正報告は、私が正式に受理しよう」

男の表情が変わった。

「……本当ですか?」

「ああ」

「ありがとうございます!」

「ただし、これで全てが解決するわけではない」

老司祭は真剣な表情に戻った。

「北方の門は、今も危険な状態にある」

男は頷いた。

「……分かっています」

「ならば、我々も急がなければならない」

魂導院、地下封印庫。

ヴァルドとアシュレイは、白い守護者と共に封印術式を調べていた。

「……やはり、三つの条件が必要だ」

ヴァルドが呟く。

アシュレイが頷いた。

「魂を導く者。境界を守る者。そして、双方の意思」

「教会の術式とは根本的に違う」

「問題は、北方の門までどうやって辿り着くかだな」

ヴァルドは地図を広げた。

「教会の封鎖を突破するしかないのか?」

アシュレイは首を振った。

「それは最後の手段だ」

「……そうだな」

「騎士たちと戦っている間に、門が完全に開いたら意味がない」

ヴァルドは地図を見つめた。

「……だったら、説得するしかない」

その時、扉が開いた。

三人目のネクロマンサーが入ってきた。

「……ヴァルド」

ヴァルドが振り向く。

「どうした?」

男は一枚の書類を差し出した。

「……教会の老司祭に、訂正報告を受理してもらった」

アシュレイが顔を上げた。

「……本当か?」

「ああ」

「よくやったな」

男は小さく笑った。

しかし、すぐに真剣な表情へ戻った。

「……それと、もう一つ」

ヴァルドが尋ねる。

「何だ?」

「教会の内部で、北方への遠征準備が進んでいる」

アシュレイの表情が変わった。

「……増援か?」

「それだけじゃない」

男は声を落とした。

「生者の魂を使う封印術式の準備も進んでいる」

ヴァルドの表情が険しくなった。

「……まだ諦めていなかったのか」

「しかも、封印の核にする人間を既に選んでいるらしい」

アシュレイが立ち上がった。

「……誰だ?」

男は首を振った。

「そこまでは分からない」

「……くそ」

ヴァルドは拳を握った。

「……急がないと」

三人目の男は続けた。

「俺も協力させてくれ」

ヴァルドが振り向く。

「……お前」

「もう、黙って見ているだけなのは嫌なんだ」

男は真っ直ぐにヴァルドを見つめた。

「俺が間違えたことは消えない。でも、今度は仲間を守るために動きたい」

ヴァルドはしばらく男を見つめていた。

そして、静かに頷いた。

「……頼む」

男の表情が変わった。

「……いいのか?」

「ああ」

ヴァルドは手を差し出した。

「一緒に、門を閉じよう」

男はその手を握った。

「……必ず」

現在。

記憶を見つめていたレオが、静かに呟いた。

「……裏切ったわけじゃなかったんだな」

ガイアが頷く。

「恐怖から判断を誤った。だが、その後で自分の責任と向き合った」

カイが腕を組んだ。

「……俺なら、簡単には許せねえかもしれない」

ミナが顔を上げる。

「でも、ヴァルドは受け入れたんですね」

死者の男が答えた。

『ああ』

レオは三人目のネクロマンサーを見つめた。

「……信じたかったんだろうな」

『そうだ』

死者は静かに続けた。

『魂導院は、十三人が同じ志を持って集まった場所だった』

「……」

『だが、同じ志を持っていても、全員が同じ判断をするわけではない』

ガイアが頷いた。

「……それでも、再び手を取り合うことはできる」

レオは静かに頷いた。

「……ああ」

守護者は、記憶の奥にいる三人目の男を見つめていた。

その白い光が、わずかに揺れた。

三百年前。

魂導院、地下封印庫。

深夜。

三人目のネクロマンサーは、一人で記録を整理していた。

「……北方の門」

机の上には、古い地図と封印術式の写しが広げられている。

男は一枚の記録に目を止めた。

「……これは?」

そこには、三百年前よりもさらに古い時代の境界監視者が残した文章があった。

『境界を守る者は、二つの姿を持つ』

男は眉をひそめた。

「……二つ?」

続きを読む。

『一つは、現世を守る白き守護者』

『もう一つは、境界の向こうを見張る黒き守護者』

男の表情が変わった。

「……黒き守護者?」

さらに下には、短い文章が記されていた。

『二つの守護者が離れた時、境界の均衡は崩れる』

男は顔を上げた。

「……まさか」

その時、背後から声がした。

「……何を読んでいる?」

振り向くと、ヴァルドが立っていた。

男は記録を差し出した。

「……これを見てくれ」

ヴァルドは文章を読み始めた。

そして、最後の一文に目を止めた。

「……黒き守護者」

三人目の男が尋ねる。

「……知っているのか?」

ヴァルドは首を振った。

「いや」

「……じゃあ」

ヴァルドは白い守護者を見た。

守護者は、記録に書かれた文字を見つめていた。

その表情が、初めて大きく変わった。

悲しむように。

何かを思い出したように。

そして、守護者は静かに目を閉じた。

ヴァルドが尋ねる。

「……お前、知っているのか?」

守護者は答えなかった。

ただ、胸元に手を当てた。

その白い光の奥に、一瞬だけ黒い影が浮かんだ。

――第137話・完――

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