↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
PR
136/182

第136話「二人目の失踪」

三百年前。

魂導院、研究室。

深夜を過ぎても、一つの部屋だけに明かりが灯っていた。

机の上には、何枚もの術式図と古い研究記録が広げられている。

その中央に置かれていたのは、小さな封印石だった。

二人目のネクロマンサーは、石を見つめていた。

「……これで、繋がりを辿れるはずだ」

右腕の袖をまくる。

黒い紋様は、既に肘の上まで広がっていた。

男は自分の腕に触れた。

「……待ってろよ」

思い浮かべたのは、隣の部屋で眠っている仲間の顔だった。

最初に黒い石へ触れた男。

共に研究を始め、共に禁じられた実験を行い、同じ異変に苦しんでいる友人。

「必ず、お前を元に戻す」

男は封印石を握った。

その瞬間、石の奥に小さな黒い瞳が浮かんだ。

『……望みは何だ』

男は目を細めた。

「……またお前か」

『……答えろ』

「仲間を救いたい」

『……救える』

男の表情が変わった。

「……何?」

『……こちらへ来れば』

「信用できると思うか?」

『……信用は必要ない』

男は封印石を机に置いた。

「……だったら、黙ってろ」

しかし、声は消えなかった。

『……お前は知りたいのだろう』

男は筆を握り直す。

『……繋がりを断つ方法を』

「……」

『……答えは、門の向こうにある』

男はしばらく動かなかった。

やがて、小さく呟いた。

「……なら、見るだけだ」

彼は封印石の周囲に、新たな術式を描き始めた。

魂導院、東棟。

最初のネクロマンサーは、寝台の上で目を覚ました。

「……またか」

右腕の紋様が熱を帯びている。

だが、いつもの声は聞こえなかった。

代わりに、誰かの気配が遠ざかっていくような感覚があった。

「……おい?」

隣の寝台を見る。

二人目の姿がない。

「……どこに行った?」

男は立ち上がった。

部屋の扉を開けると、廊下には教会の騎士が立っていた。

「部屋へ戻れ」

「仲間を探してる」

「許可なく移動するな」

「すぐ戻るから」

「駄目だ」

男は騎士を睨んだ。

「……あいつがいないんだよ」

「誰のことだ?」

「一緒に隔離されてた奴だ!」

騎士の表情が変わった。

「……何?」

「だから、いなくなったんだ!」

騎士は隣の同僚を見た。

「確認してくる」

「俺も行く」

「お前はここにいろ」

男は拳を握った。

「……頼む」

その声には、怒りよりも不安が滲んでいた。

「早く、見つけてくれ」

研究室。

二人目のネクロマンサーは、術式の完成を目前にしていた。

床には二つの円が描かれている。

一つは魂を固定するためのもの。

もう一つは、境界との繋がりを観測するためのものだった。

「……魂を固定したまま、繋がりだけを辿る」

男は術式を見つめる。

「そうすれば、身体を奪われずに向こう側を調べられる」

彼は一度、深く息を吐いた。

「……成功するはずだ」

封印石を中央に置く。

《魂導観測・境界追跡》

淡い光が床に広がった。

封印石から、細い黒い線が伸びる。

男はその線を見つめた。

「……見えた」

黒い線の先には、暗闇が広がっている。

さらに奥には、雪山の谷があった。

巨大な石の門。

そして、門の向こう側。

「……ここが」

男は目を細めた。

「……境界の内側か」

しかし、次の瞬間。

術式の光が揺らいだ。

「……何?」

黒い線が、男の右腕へ伸び始めた。

「……待て」

男は術式を解除しようとした。

だが、光は消えなかった。

「……なぜだ!」

封印石の瞳が開いた。

『……繋がった』

男は顔を上げた。

「……お前!」

『……今度は、お前が来る番だ』

「ふざけるな!」

男は右腕を引いた。

しかし、黒い線は離れなかった。

むしろ、腕の紋様と繋がり、身体の内側へ入り込んでいく。

「……っ!」

男は膝をついた。

「……違う……俺は……」

『……救いたいのだろう』

「……ああ!」

『……ならば、こちらへ』

男は首を振った。

「……お前の力なんか、借りない!」

その瞬間、床の術式が大きく歪んだ。

男の背後に、細い亀裂が現れる。

亀裂の向こうには、深い暗闇が広がっていた。

魂導院、廊下。

ヴァルドとアシュレイは、騎士から報告を受けていた。

「……二人目がいない?」

ヴァルドが尋ねる。

「はい。隔離室を抜け出したようです」

アシュレイが眉をひそめた。

「見張りは何をしていた?」

「交代の時間に、姿を確認できなくなっていたようで……」

「……研究室だ」

ヴァルドが呟いた。

アシュレイが振り向く。

「何?」

「昨日、あいつは古い術式について聞いてきた」

「どんな術式だ?」

「魂と境界の繋がりを切り離す方法だ」

アシュレイの表情が変わった。

「……まさか」

二人は走り出した。

その後ろを、教会の騎士たちが追った。

研究室。

二人目のネクロマンサーは、亀裂から伸びる黒い線を必死に押さえていた。

《魂縛鎖》

光の鎖が、男の右腕を包む。

「……離れろ!」

黒い線が、一瞬だけ動きを止めた。

しかし、亀裂の奥から別の手が伸びた。

それは人間の手に似ていたが、指が異様に長かった。

男は目を見開いた。

「……来るな!」

黒い手が、光の鎖に触れる。

鎖の光が失われ始めた。

「……くそ!」

男は術式を切り替えた。

《魂導断絶》

黒い線が一本、断ち切られる。

だが、その直後。

亀裂の向こうから、さらに多くの線が伸びてきた。

「……こんなもの……!」

男は歯を食いしばった。

「……俺は、まだ死ねない!」

黒い手が、男の胸元へ伸びる。

男は必死に後退した。

しかし、足元の術式が崩れ、身体が亀裂へ引き寄せられ始めた。

「……誰か!」

その声が、研究室の外まで届いた。

「開けろ!」

ヴァルドが扉を押した。

しかし、扉は開かなかった。

アシュレイが術式を展開する。

《魂導解錠》

扉に刻まれた封印が解除される。

二人は研究室へ駆け込んだ。

「……おい!」

ヴァルドが叫ぶ。

二人目のネクロマンサーは、亀裂の前で必死に踏みとどまっていた。

「……ヴァルド!」

「何をしている!」

「……すまない!」

アシュレイが亀裂を見た。

「……境界が開いている!」

ヴァルドは男へ手を伸ばした。

「掴まれ!」

男も左手を伸ばす。

二人の指先が、わずかに触れた。

しかし、その瞬間。

黒い手が男の右腕を掴んだ。

「……っ!」

男の身体が亀裂へ引き寄せられる。

ヴァルドは腕を掴み直した。

「……離すな!」

アシュレイが術式を展開する。

《魂導鎖・二重拘束》

光の鎖が男の身体を包み込む。

亀裂から引き離そうとする。

だが、黒い手は鎖を掴み、その力を奪い始めた。

アシュレイが叫んだ。

「……まずい! 術式を逆に利用されている!」

ヴァルドは男の腕を握り続けた。

「……だったら、どうすれば!」

「繋がりを切るしかない!」

「そんなことをしたら!」

「このままでは、お前まで引き込まれる!」

ヴァルドは歯を食いしばった。

二人目のネクロマンサーが、震える声で呟いた。

「……ヴァルド」

「喋るな!」

「……俺が、間違えた」

「後で聞く!」

「……仲間を救いたかったんだ」

ヴァルドの表情が歪んだ。

「……分かってる!」

「……だから……」

男は、ヴァルドの手を見つめた。

「……お前まで、失いたくない」

「……何を言ってる!」

男は小さく笑った。

「……あいつに、伝えてくれ」

「自分で伝えろ!」

「……一人にして、すまなかったって」

その瞬間。

男は、自分の左手をヴァルドの腕から離した。

「……やめろ!」

ヴァルドが叫ぶ。

男の身体が、亀裂の奥へ引き込まれていく。

アシュレイが最後の術式を放った。

《魂導捕縛》

光の鎖が暗闇へ伸びた。

しかし、男の姿には届かなかった。

亀裂は急速に閉じ始める。

「……待て!」

ヴァルドが駆け寄る。

だが、アシュレイが肩を掴んだ。

「行くな!」

「まだ中にいる!」

「お前まで失う!」

ヴァルドは振りほどこうとした。

「……離せ!」

「ヴァルド!」

亀裂は細い線となり、最後には完全に消えた。

研究室に静けさが戻った。

床には、壊れた封印石だけが残されていた。

現在。

記憶を見ていたミナが、口元を押さえた。

「……そんな……」

カイは拳を握った。

「……あと少しだったのに」

ガイアが静かに答える。

「彼は、自分で手を離した」

レオは亀裂が消えた場所を見つめていた。

「……ヴァルドを守るために」

死者の男が頷いた。

『ああ』

「……それで、二人目はどうなったんだ?」

死者は答えなかった。

レオが振り向く。

「……死んだのか?」

『……分からない』

「……何?」

『遺体は見つからなかった』

ガイアの表情が変わった。

「……魂の反応は?」

『確認できなかった』

ミナが顔を上げる。

「じゃあ……生きている可能性も?」

『……否定はできない』

死者の男は続けた。

『だが、三百年が過ぎても、彼の行方は分からないままだ』

レオは拳を握った。

「……まだ、終わってないのかもしれない」

守護者は静かに記憶の奥を見つめていた。

三百年前。

魂導院、東棟。

ヴァルドとアシュレイは、最初のネクロマンサーへ事実を伝えていた。

「……嘘だろ」

男は呟いた。

ヴァルドは俯いた。

「……すまない」

「……嘘だよな?」

アシュレイが答える。

「……境界の亀裂に引き込まれた」

「……」

「まだ、死んだと決まったわけじゃない」

男は立ち上がった。

「……どこだ」

ヴァルドが顔を上げる。

「何?」

「どこで消えた!」

「……研究室だ」

男は扉へ向かった。

しかし、ヴァルドが腕を掴む。

「待て!」

「離せ!」

「今行っても!」

「……あいつが!」

男は振り向いた。

その目には涙が浮かんでいた。

「……あいつが、俺を助けようとしてたんだろ!」

ヴァルドは何も言えなかった。

男は膝をついた。

「……何でだよ」

両手で顔を覆う。

「……俺のせいで……」

アシュレイが近づいた。

「……違う」

「……違わない!」

「彼は、自分で選んだんだ」

「……そんなの……」

男は声を震わせた。

「……俺が望んだことじゃない……」

ヴァルドは、静かに男の肩へ手を置いた。

「……必ず探す」

男が顔を上げる。

「……本当か?」

「ああ」

「……約束してくれるか?」

ヴァルドは頷いた。

「……約束する」

しかし、その夜。

魂導院の地下封印庫では、黒い石の奥に新たな変化が起きていた。

小さな黒い瞳の隣に、もう一つの影が浮かんでいた。

人間の形をした、曖昧な影。

その姿は、二人目のネクロマンサーによく似ていた。

だが、それが本人なのか。

それとも、向こう側の存在が作り出した幻なのか。

確かめる者は、誰もいなかった。

――第136話・完――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。