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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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135/182

第135話「守護者の拒絶」

三百年前。

魂導院、地下封印庫。

重厚な扉の向こうには、聖王教会の騎士たちが集まっていた。

「ヴァルド! アシュレイ!」

騎士の声が響く。

「指揮官殿の命令だ! 白い守護者を引き渡してもらう!」

ヴァルドは扉の前に立っていた。

その隣にはアシュレイ。

二人の背後では、白い守護者が静かに佇んでいる。

「……断る」

ヴァルドが答えた。

扉の向こうから、別の声が聞こえた。

「理由を聞こう」

聖王教会の指揮官だった。

「境界を守る力を持つ存在を、教会が調査する。それだけのことだ」

アシュレイが答える。

「本人の意思は確認したのか?」

「……本人?」

「守護者のことだ」

「何を言っている?」

「守護者には意思がある。俺たちと同じようにな」

指揮官はしばらく黙っていた。

「……人間ではないだろう」

ヴァルドの表情が変わった。

「人間じゃなければ、意思を無視していいのか?」

「世界の危機だ。個々の事情を優先している場合ではない」

「世界を守るために、守護者を道具として扱うつもりか?」

「必要な協力を求めているだけだ」

「ならば、本人に聞け」

ヴァルドは扉を開けた。

封印庫の入口。

騎士たちは剣に手を添えながら、ヴァルドたちを見つめていた。

指揮官が一歩前へ出る。

「……ようやく話す気になったか」

ヴァルドは答えなかった。

代わりに、白い守護者へ視線を向ける。

「守護者」

守護者が顔を上げた。

「教会は、お前を連れていきたいそうだ」

指揮官が頷く。

「境界の異常を調べるためだ。お前の力が必要になる」

守護者は指揮官を見つめた。

「協力してもらえるか?」

しばらく沈黙が続いた。

やがて、守護者は静かに首を振った。

指揮官が眉をひそめる。

「……拒否するというのか?」

守護者は頷いた。

「理由は?」

守護者は自分の胸元に手を当てた。

そして、ヴァルドとアシュレイへ視線を向ける。

アシュレイが口を開いた。

「……ここに残るということだ」

指揮官は首を振った。

「理解できんな」

ヴァルドが答える。

「理解できなくても、尊重するべきだ」

「それでは調査が進まん」

「だからといって、無理やり連れていくのか?」

指揮官は守護者を見つめた。

「……お前たちが命令しているのではないのか?」

アシュレイの表情が険しくなる。

「何?」

「守護者の意思だと言いながら、実際にはお前たちが操っている可能性もある」

「ふざけるな」

「ネクロマンサーは死者を扱う。魂を操る術を持っていても不思議ではない」

ヴァルドが一歩前へ出た。

「俺たちは、魂を支配しない」

「それを証明できるのか?」

「……」

指揮官は続けた。

「教会には、守護者が自らの意思で行動しているという保証がない」

その時だった。

守護者がヴァルドの横を通り過ぎた。

そして、指揮官の前に立った。

「……何だ?」

指揮官が見下ろす。

守護者は両手を広げた。

白い光が、静かに周囲へ広がっていく。

騎士たちが身構えた。

「術式だ!」

「下がれ!」

しかし、守護者は攻撃しなかった。

白い光は騎士たちの足元を通り過ぎ、封印庫の床に円形の紋様を描いた。

指揮官が目を細める。

「……何をしている?」

守護者は自分の胸に手を当てた。

そして、もう一方の手を指揮官へ向ける。

その瞬間、指揮官の脳裏に、一つの光景が浮かんだ。

北方の巨大な門。

その前に立つネクロマンサーと守護者。

二人が互いに手を取り、力を重ねる。

門がゆっくりと閉じていく。

「……これは」

指揮官が呟いた。

次に映ったのは、別の光景だった。

巨大な封印陣。

その中央に、鎖で縛られた人間がいる。

周囲の司祭たちが術式を展開し、魂を引き抜こうとしていた。

人間は必死に抵抗している。

だが、その声は誰にも届かない。

指揮官の表情が変わった。

「……やめろ」

守護者は動かなかった。

光景はさらに続いた。

封印陣が完成する。

しかし、中央にいた人間の姿は消え、魂だけが術式に固定されていた。

その魂は、苦しむように揺れている。

指揮官が一歩後退した。

「……もういい!」

白い光が消えた。

封印庫に静けさが戻る。

指揮官は荒い呼吸を整えた。

ヴァルドが尋ねる。

「……見たか?」

指揮官は答えなかった。

アシュレイが続ける。

「守護者は、何が正しい封印なのか知っている」

「……」

「そして、生者の魂を犠牲にする方法を拒絶している」

指揮官は守護者を見つめた。

「……あの光景は、未来なのか?」

ヴァルドが首を振る。

「分からない」

「……分からない?」

「守護者が見せたのは、二つの方法だ」

アシュレイが答えた。

「どちらを選ぶかは、俺たち次第だ」

魂導院、中庭。

指揮官は、同行していた老司祭と話していた。

「……守護者は引き渡しを拒否しました」

老司祭が報告する。

「見れば分かる」

「では、どうなさいますか?」

指揮官は考え込んだ。

「……あの存在は、我々の術式とは異なる封印方法を知っている」

「それならば、協力を求めるべきでは?」

「既に拒否された」

「強制的に連れていこうとしたからではありませんか?」

指揮官が振り向く。

「……何?」

老司祭は静かに続けた。

「守護者に意思があるのならば、まず信頼を得る必要があります」

「時間がない」

「だからこそ、争っている場合ではありません」

指揮官は黙り込んだ。

老司祭が尋ねる。

「……指揮官殿は、何を見たのですか?」

「……」

「守護者が見せた光景です」

指揮官はしばらく沈黙した。

そして、低い声で答えた。

「……生者の魂を使う封印だ」

老司祭の表情が変わった。

「……それは」

「苦しんでいた」

指揮官は拳を握った。

「封印の核にされた人間が、苦しんでいた」

老司祭は目を伏せた。

「……やはり、危険な術式なのですね」

指揮官は答えなかった。

しかし、その目には迷いが浮かんでいた。

魂導院、東棟。

最初に黒い石へ触れた男は、窓の外を見つめていた。

二人目のネクロマンサーが隣に立つ。

「……教会と揉めているらしい」

「守護者のことか?」

「ああ」

最初の男は俯いた。

「……俺たちのせいだ」

「またそれか」

「だって、そうだろ」

「何でも自分のせいにするな」

二人目は椅子に腰掛けた。

「ヴァルドもアシュレイも、俺たちを助けようとしてくれている」

「……ああ」

「だったら、俺たちも諦めるな」

最初の男は小さく頷いた。

その時、右腕の紋様がわずかに動いた。

「……またか」

二人目が顔を上げる。

「どうした?」

「声が聞こえる」

「何て?」

最初の男は目を閉じた。

『……選べ』

「……選べ?」

『……救われるか』

黒い紋様が、指先へ広がっていく。

『……奪われるか』

男は拳を握った。

「……どっちも嫌だ」

二人目が立ち上がる。

「おい!」

「俺は……俺のままでいたい」

その言葉と同時に、紋様の動きが止まった。

二人目は男の肩を支えた。

「……大丈夫か?」

「……ああ」

最初の男は、自分の右腕を見つめた。

「……少しだけ、声が遠くなった」

二人目は驚いた。

「本当か?」

「ああ」

「……なら、まだ方法はある」

二人は顔を見合わせた。

その小さな変化が、後に大きな意味を持つことを、まだ誰も知らなかった。

現在。

レオは記憶の中の二人を見つめていた。

「……自分の意思で拒絶したら、紋様が止まった」

ガイアが頷く。

「向こう側の存在は、意思に干渉する」

ミナが尋ねる。

「でも、意思が強ければ抵抗できるんですか?」

「少なくとも、一時的にはな」

カイが腕を組んだ。

「だったら、完全に追い出す方法もあるんじゃねえか?」

死者の男が静かに答えた。

『……我々も、そう考えた』

レオが振り向く。

「……でも、できなかった?」

『ああ』

「なぜ?」

死者はしばらく黙っていた。

『……二人目が、ある決断をしたからだ』

ミナが顔を上げる。

「決断?」

『仲間を救うために、彼は一人で動いた』

レオは記憶の奥を見つめた。

そこには、二人目のネクロマンサーが研究室へ向かう姿が映っていた。

三百年前。

深夜。

魂導院、研究室。

二人目のネクロマンサーは、机に広げられた記録を調べていた。

「……意思が干渉を弱める」

彼は小さく呟いた。

「ならば、逆に……」

古い術式の記録を取り出す。

そこには、魂と境界の繋がりを一時的に切り離す方法が記されていた。

「……これなら」

彼は紙に新たな術式を書き始めた。

黒い石に触れた者の魂を、境界から切り離す。

そのためには、境界の向こう側との繋がりを正確に把握する必要があった。

「……門を調べなければ」

男は筆を止めた。

ヴァルドたちは、北方への移動を禁じられている。

教会は魂導院を封鎖している。

そして、最初の男の身体は、少しずつ変化していた。

「……時間がない」

男は立ち上がった。

机の引き出しから、小さな封印石を取り出す。

それは、黒い石の研究中に作られた試作品だった。

「……一度だけなら」

彼は封印石を握りしめた。

「……必ず戻る」

しかし、その背後で、黒い紋様がゆっくりと広がり始めていた。

そして、誰にも聞こえない声が囁いた。

『……待っていた』

男は振り向いた。

研究室には、誰もいなかった。

ただ、机の上の封印石に、小さな黒い瞳が浮かんでいた。

――第135話・完――

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