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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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134/182

第134話「生者の魂」

三百年前。

魂導院、大広間。

聖王教会の指揮官が持ち込んだ古い書物を前に、十三人のネクロマンサーたちは沈黙していた。

書物に描かれているのは、巨大な封印術式。

その中心には、人間の魂を封印の核として固定するための紋様が刻まれていた。

ヴァルドは書物を閉じた。

「……この方法は認められない」

指揮官が腕を組む。

「理由は既に聞いた」

「ならば、なぜまだここにいる?」

「お前たちの協力が必要だからだ」

アシュレイが顔を上げた。

「生きている人間を犠牲にする術式に、俺たちが協力するとでも?」

「世界を守るためならば、必要な判断だ」

「必要な判断?」

アシュレイの声が低くなる。

「他人の命を勝手に使うことがか?」

指揮官は答えた。

「北方では、既に境界監視者が一人死亡している」

「だから何だ」

「今後、何百人、何千人と犠牲になる可能性がある」

「それを防ぐために、別の誰かを犠牲にするのか?」

「一人の命で、多くの命を救えるのならば」

その言葉に、広間の空気が変わった。

ヴァルドが静かに尋ねる。

「……その一人は、誰が決める?」

指揮官は沈黙した。

「教会か?」

「……」

「王国か?」

「……」

「それとも、俺たちか?」

ヴァルドは書物を机に置いた。

「誰にも、他人の命を勝手に使う権利なんてない」

広間の奥。

最初に黒い石へ触れた男は、仲間たちの議論を聞いていた。

右腕には、黒い紋様が広がっている。

その隣に座る二人目のネクロマンサーが、小さく呟いた。

「……一人で済むなら」

最初の男が振り向く。

「何?」

「……いや」

「今、何て言った?」

二人目は顔を伏せた。

「……もし、一人の犠牲で門を閉じられるなら」

「お前……」

「分かってる。間違ってることくらい」

二人目は拳を握った。

「でも、俺たちのせいで人が死んだ」

「……」

「これからも、死ぬかもしれない」

最初の男は何も言えなかった。

二人目は続けた。

「だったら、俺たちのどちらかが……」

「やめろ」

「……」

「そんなこと言うな」

最初の男は、震える声で答えた。

「お前までいなくなったら、俺はどうすればいい」

二人目は顔を上げた。

「……すまない」

最初の男は首を振った。

「俺たちは、生きて償わなきゃいけないんだ」

その言葉を聞いていた三人目のネクロマンサーが、静かに目を伏せた。

魂導院、研究室。

ヴァルドとアシュレイは、古い封印術式を調べていた。

「……おかしい」

アシュレイが呟いた。

ヴァルドが顔を上げる。

「何が?」

「この術式、魂を封印の核にしているだけじゃない」

「どういうことだ?」

アシュレイは書物の一部を指差した。

「ここだ」

そこには、複雑な文字が刻まれていた。

「魂を固定する術式の外側に、別の術式がある」

ヴァルドが覗き込む。

「……境界の維持か?」

「違う」

アシュレイは首を振った。

「これは、魂の意思を抑え込むためのものだ」

ヴァルドの表情が変わった。

「……意思を?」

「ああ」

「なぜそんなものが必要なんだ?」

「封印に使われる魂が、抵抗しないようにするためだろう」

ヴァルドは書物を見つめた。

「……つまり、最初から本人の意思を無視する術式なのか」

「そういうことだ」

アシュレイは書物を閉じた。

「この術式は、俺たちの魂導術とは根本的に違う」

「……ああ」

ヴァルドは頷いた。

「俺たちは、魂を導くために術を使う」

「だが、これは魂を縛りつけるための術だ」

二人は顔を見合わせた。

「……絶対に使わせない」

ヴァルドが告げた。

現在。

レオは記憶の中の書物を見つめていた。

「……魂の意思を抑え込む術式」

ガイアが頷く。

「お前の《死者の鎖》とは、正反対のものだ」

カイが尋ねる。

「でも、教会は何でそんな術式を持ってたんだ?」

ミナも顔を上げる。

「昔から使われていたんでしょうか?」

死者の男が答えた。

『……それについては、我々も知らなかった』

レオが振り向く。

「知らなかった?」

『ああ。あの書物がどこから持ち込まれたのか、誰が術式を作ったのか……』

死者は静かに続けた。

『教会は、最後まで明かさなかった』

ガイアが考え込む。

「……三百年前よりも古い術式ということか」

『可能性はある』

レオは眉をひそめた。

「……だったら、あの術式を作った人物も、何か知っていたのかもしれない」

守護者が静かに頷いた。

三百年前。

魂導院、中庭。

聖王教会の指揮官は、数人の司祭と話していた。

「……魂導院は協力を拒否しています」

若い司祭が報告する。

「分かっている」

「では、封印術式は中止に?」

「いや」

指揮官は首を振った。

「準備は進める」

若い司祭が驚いた。

「しかし、ネクロマンサーたちの協力がなければ……」

「代わりの術者を用意する」

「……そんな簡単に?」

「教会には、封印術を扱える司祭がいる」

若い司祭は俯いた。

「……生者の魂を使うことについては?」

指揮官は答えた。

「候補者を探している」

「候補者……」

「罪人でも、志願者でも構わん」

若い司祭が顔を上げる。

「……志願者がいなければ?」

指揮官はしばらく黙っていた。

そして、低い声で答えた。

「……その時は、別の方法を考える」

若い司祭は、それ以上尋ねられなかった。

魂導院、東棟。

最初の男は、寝台に腰掛けていた。

右腕の黒い紋様を見つめながら、静かに呟く。

「……俺がいなくなれば」

その言葉を聞いた二人目のネクロマンサーが振り向いた。

「何を言ってる?」

「……俺が石に触れたせいで、門が開いた」

「違う。向こう側に利用されたんだ」

「でも、俺の力が使われた」

二人目は近づいた。

「だからって、お前が死ぬ必要はない」

最初の男は顔を上げた。

「……さっき、お前も同じことを考えてただろ」

「……」

「俺たち、似た者同士だな」

二人目は苦笑した。

「……笑えない冗談だ」

最初の男も小さく笑った。

しかし、その笑顔はすぐに消えた。

「……なあ」

「何だ?」

「もし、俺が俺じゃなくなったら……」

二人目の表情が変わった。

「……何を言ってる?」

「最近、声が聞こえるだけじゃないんだ」

最初の男は自分の右手を見つめた。

「自分の身体が、自分のものじゃないような時がある」

「……」

「さっきも、気づいたら北を向いてた」

二人目は男の肩を掴んだ。

「……ヴァルドに話そう」

「……ああ」

「一人で抱え込むな」

最初の男は頷いた。

「……分かった」

だが、その夜。

彼の夢には、再び巨大な門が現れた。

門の向こうから、黒い手が伸びてくる。

『……お前は、こちら側に近い』

男は首を振った。

「……違う」

『……なぜ拒む』

「俺は……人間だ」

『……ならば』

黒い手が、男の胸元へ伸びた。

『……その意思を、確かめよう』

男は目を見開いた。

魂導院、地下封印庫。

白い守護者は、黒い石の前に立っていた。

ヴァルドとアシュレイは、封印術式の調整を続けている。

「……守護者」

ヴァルドが声をかけた。

守護者が振り向く。

「お前は、どう思う?」

守護者は首を傾げた。

「教会の封印術式だ」

ヴァルドは続けた。

「一人の魂を犠牲にして、多くの命を守る方法」

守護者は、しばらくヴァルドを見つめていた。

そして、静かに首を振った。

アシュレイが小さく笑う。

「……そうだよな」

ヴァルドも頷いた。

「俺も同じ考えだ」

守護者は二人へ歩み寄った。

白い手を差し出す。

ヴァルドがその手を取った。

「……何だ?」

守護者の光が、ヴァルドの手へ流れ込む。

その瞬間、ヴァルドの脳裏に、一つの光景が浮かんだ。

巨大な門。

その前に立つ、一人のネクロマンサー。

そして、その隣にいる白い守護者。

二人の力が重なり、門を閉じていく。

ヴァルドは目を見開いた。

「……これは!」

アシュレイが振り向く。

「どうした?」

ヴァルドは守護者を見た。

「……お前、知っているのか?」

守護者は静かに頷いた。

「生者の魂を犠牲にしなくても、門を閉じる方法を……」

守護者は、もう一度頷いた。

アシュレイが立ち上がる。

「……本当か!」

ヴァルドは守護者の手を握り直した。

「だったら、教えてくれ」

白い光が、三人を包み込んだ。

その光の中に、古い文字が浮かび上がる。

『第一、魂を導く者』

『第二、境界を守る者』

『第三、双方が自らの意思で力を重ねること』

ヴァルドは、その文字を見つめた。

「……これが、本当の封印条件」

アシュレイが頷いた。

「……教会の術式とは違う」

「誰かを犠牲にする必要はない」

ヴァルドは守護者を見た。

「……ありがとう」

守護者は静かに微笑んだ。

しかし、その時。

封印庫の外から、複数の足音が近づいてきた。

「……誰だ?」

アシュレイが振り向く。

扉の向こうから、聖王教会の騎士の声が聞こえた。

「ヴァルド、アシュレイ!」

「……何の用だ?」

「指揮官殿からの命令だ!」

騎士は告げた。

「白い守護者を、教会の管理下へ移す!」

ヴァルドの表情が変わった。

「……何?」

「境界を守る力を持つ存在として、調査が必要だ!」

アシュレイは守護者の前へ立った。

「……断る」

扉の向こうが静まり返る。

ヴァルドも一歩前へ出た。

「守護者は、物じゃない」

二人は扉を見据えた。

「……誰にも渡さない」

――第134話・完――

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