↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
PR
133/182

第133話「最初の犠牲」

三百年前。

魂導院、地下封印庫。

黒い石から伸びた影が、白い守護者の足元へ迫っていた。

「守護者! 離れろ!」

ヴァルドが叫んだ。

しかし、守護者は動かなかった。

両手を広げ、黒い影の進路を塞ぐ。

白い光が床を覆い、影の動きが止まった。

アシュレイが術式を展開する。

《魂導封印・三重結界》

三つの光の輪が黒い石を包み込んだ。

「ヴァルド! 石と影の繋がりを断て!」

「分かった!」

ヴァルドは両手をかざす。

《魂流遮断》

黒い石から伸びる影と、守護者の間に白い壁が現れた。

影は壁に触れた瞬間、細い線となって周囲へ広がった。

「……術式を迂回している!」

アシュレイが叫ぶ。

「力で押さえ込むな! 流れを止めろ!」

ヴァルドは術式を切り替えた。

だが、黒い影は床の亀裂を伝い、守護者の背後へ回り込もうとしていた。

守護者が振り返る。

その身体から白い光が広がり、影を押し返した。

しかし、影は消えない。

むしろ、守護者の光に触れるたびに形を変えていた。

「……何をしている?」

ヴァルドが呟く。

アシュレイは黒い石を見つめた。

「……調べているんだ」

「何?」

「守護者の力を」

その言葉に、ヴァルドの表情が変わった。

「まさか……」

「封印を破るために、守護者の術式を理解しようとしている」

黒い石の奥で、小さな瞳が動いた。

『……境界を守る力』

守護者の白い光が強まる。

『……興味深い』

アシュレイが叫んだ。

「守護者! これ以上、力を見せるな!」

守護者は二人を見た。

そして、ゆっくりと頷いた。

白い光が収束する。

黒い影は、一瞬だけ動きを止めた。

その隙にヴァルドが術式を重ねた。

《魂導封鎖》

影が黒い石へ押し戻されていく。

最後の一本が結界の内側へ戻ると、アシュレイは封印を閉じた。

封印庫に静けさが戻った。

「……止まったか」

ヴァルドが息を整える。

アシュレイは黒い石から目を離さなかった。

「いや」

「……何?」

「今のは、攻撃じゃなかった」

「どういうことだ?」

「向こう側の存在は、守護者の力を確かめていた」

ヴァルドは守護者を見た。

白い身体には、細い黒い線が一本だけ残っていた。

守護者がその部分へ手を当てる。

すると、黒い線はゆっくりと消えていった。

だが、アシュレイの表情は険しいままだった。

「……次は、同じ方法では止められないかもしれない」

北方、旧境界域。

巨大な石の門の前では、一人の境界監視者が封印を維持していた。

《境界固定・白環》

白い術式が門を囲んでいる。

しかし、門の隙間から伸びた黒い手は、術式の光を少しずつ奪っていた。

監視者の額には汗が浮かんでいた。

「……まだだ」

黒い手が地面を這う。

監視者は術式を組み替え、その進路を遮断する。

「これ以上……現世へは出させん」

しかし、門の奥から声が響いた。

『……なぜ守る』

監視者は顔を上げた。

「……誰だ」

『……お前たちは、何を守っている』

「答える必要はない」

『……境界の向こうにいる者を、知らぬまま拒むのか』

監視者は歯を食いしばった。

「お前たちが何者であろうと、他者の意思を奪うことは許さん」

黒い手が動きを止めた。

『……意思』

声は、その言葉を確かめるように繰り返した。

『……それが、お前たちの弱さか』

次の瞬間。

黒い手が、封印陣の外側へ伸びた。

監視者は両手を広げる。

《境界断絶》

白い光が黒い手を遮った。

だが、黒い指は光の壁を掴んだ。

そして、ゆっくりと引き裂き始めた。

「……何だと!」

監視者は術式を強める。

しかし、黒い手は止まらない。

白い光が少しずつ失われていった。

「……このままでは」

監視者は背後の雪道を見た。

若い監視者は、既に増援を呼びに向かっている。

「……頼んだぞ」

彼は再び門へ向き直った。

「お前だけは、必ず生きて戻れ」

そして、両手を胸の前で重ねた。

《境界守護・生命環》

監視者の身体から、白い光が広がる。

その光は、門の周囲に残された封印陣へ流れ込んでいった。

黒い手が動きを止めた。

『……命を使うのか』

監視者は静かに答えた。

「違う」

『……何?』

「俺は、ここを守ると決めた」

白い光が門を包み込む。

「誰かに命じられたからじゃない」

監視者の身体が、少しずつ透き通っていった。

「俺自身の意思だ」

黒い手が、封印陣の内側へ押し戻されていく。

門の亀裂が狭まった。

しかし、完全には閉じない。

監視者は最後の力を振り絞った。

「……せめて、増援が来るまで」

白い光がさらに強まった。

その瞬間、門の向こうから別の黒い影が伸びた。

それは監視者の胸を貫くように入り込み、身体の内側へ広がった。

監視者の表情が歪む。

「……っ!」

『……その意思も』

声が響く。

『……奪える』

監視者は膝をついた。

だが、両手を下ろさなかった。

「……渡さん」

『……なぜ』

「……俺が守ると決めたからだ」

その言葉を最後に、監視者の身体は白い光へ変わっていった。

光は封印陣に吸収され、門の亀裂を一時的に閉じた。

雪の上には、彼が身につけていた境界監視者の徽章だけが残された。

魂導院。

境界監視者たちが集まる部屋に、一人の若い監視者が駆け込んできた。

「……北方から戻りました!」

年配の監視者が振り向く。

「報告しろ」

若い監視者は肩で息をしながら答えた。

「旧境界域の門が開きました。封印術式はほとんど機能していません」

「向こう側から何か出たのか?」

「黒い手が……」

「黒い手?」

「術式の力を奪うんです。封印を強めるほど、こちらの力が吸収されて……」

若い監視者は言葉を詰まらせた。

「……もう一人は?」

年配の監視者が尋ねる。

若い監視者は俯いた。

「……残りました」

「何?」

「俺を逃がすために、一人で門を守って……」

「……そうか」

年配の監視者は目を閉じた。

若い監視者の声が震える。

「……俺が残るべきだったんです」

「違う」

「でも!」

「彼は、お前に戻れと言ったのだろう」

「……はい」

「ならば、その選択を無駄にするな」

若い監視者は唇を噛んだ。

「……必ず、門を閉じます」

年配の監視者は静かに頷いた。

「そのために、我々はここにいる」

現在。

記憶を見つめていたミナが、胸元で手を握りしめた。

「……亡くなってしまったんですね」

死者の男が頷く。

『ああ』

カイは険しい表情を浮かべた。

「……一人で、あんなものを相手にして」

ガイアが静かに答える。

「仲間を逃がすためだったんだ」

レオは雪の上に残された徽章を見つめていた。

「……自分の意思で守った」

守護者が頷いた。

「でも、あの黒い手は、その意思まで奪おうとした」

死者の男が口を開く。

『あれは、我々が初めて知ったことだった』

「何を?」

『向こう側の存在は、魂の力だけを求めていたわけではない』

レオが振り向く。

『生きる者の意思そのものに干渉できる』

ミナが顔を曇らせる。

「……そんな」

ガイアは考え込んだ。

「だから、強制的な魂の契約は危険なんだな」

レオは静かに頷いた。

「俺は……絶対に、そんなことはしない」

守護者がレオの手に触れた。

その白い光は、穏やかだった。

三百年前。

魂導院、大広間。

十三人のネクロマンサーが集められていた。

ヴァルドは仲間たちを見渡した。

「……北方の門で、境界監視者が一人命を落とした」

広間に沈黙が広がる。

最初の男が顔を伏せた。

「……俺のせいだ」

ヴァルドが首を振る。

「今は誰かを責める時じゃない」

「でも……!」

「お前を責めても、門は閉じない」

アシュレイが続けた。

「必要なのは、これ以上の犠牲を出さない方法だ」

二人目のネクロマンサーが尋ねる。

「……方法はあるのか?」

ヴァルドは答えられなかった。

その時、広間の扉が開いた。

聖王教会の指揮官が、数人の司祭を連れて入ってきた。

「……話は聞いた」

ヴァルドが振り向く。

「教会も北方へ増援を送るのか?」

「ああ」

指揮官は頷いた。

「だが、それだけでは足りん」

「……どういう意味だ?」

「境界を閉じるための方法を、教会でも調べた」

アシュレイが顔を上げる。

「方法が見つかったのか?」

指揮官は一枚の古い書物を取り出した。

「古い封印術式だ」

ヴァルドが書物を受け取る。

そこには、巨大な円形術式が描かれていた。

中心には、複数の人影が配置されている。

「……これは」

指揮官が答えた。

「生者の魂を使い、境界を固定する術式だ」

広間の空気が凍りついた。

アシュレイが顔を上げる。

「……何を言っている?」

「通常の術式では、向こう側に力を奪われる。ならば、より強い魂の力を封印の核にする」

ヴァルドは書物を見つめた。

「……その魂は、どうなる?」

指揮官は答えなかった。

「答えろ」

ヴァルドの声が低くなる。

「封印に使われた人間は、どうなるんだ?」

指揮官は静かに告げた。

「……戻れない」

その瞬間、アシュレイが立ち上がった。

「ふざけるな!」

指揮官は表情を変えなかった。

「世界を守るためだ」

「だからといって、生きている人間を犠牲にするのか!」

「他に方法があるのか?」

ヴァルドは書物を閉じた。

そして、指揮官を真っ直ぐに見つめた。

「……ある」

アシュレイが振り向く。

「ヴァルド?」

「必ず探す」

ヴァルドは続けた。

「誰かを犠牲にしなければ世界を守れないなんて、俺は認めない」

指揮官は冷たく答えた。

「理想だけでは、門は閉じられん」

ヴァルドは一歩前へ出た。

「だったら、理想を現実にするまでだ」

十三人のネクロマンサーたちは、その言葉を聞いていた。

しかし、その中には既に、ヴァルドの考えに疑問を抱き始めた者もいた。

そして、聖王教会は密かに別の準備を進めていた。

生きた魂を、封印の核にするための準備を。

――第133話・完――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。