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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
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131/182

第131話「開門」

三百年前。

魂導院、東棟。

廊下には聖王教会の騎士たちが並んでいた。

その先にある一室では、黒い石に触れた二人のネクロマンサーが、教会への移送を待たされていた。

「……本当に連れていかれるのか」

最初の男が窓の外を見つめる。

二人目は椅子に座り、腕を組んでいた。

「ヴァルドたちが交渉している」

「昨日も同じことを言ってた」

「まだ決まったわけじゃない」

「扉の外を見ろよ」

最初の男が振り返る。

「騎士が四人もいる。逃がすつもりがないのは明らかだろ」

二人目は答えなかった。

自分の右腕にも、黒い紋様が広がり始めていた。

「……お前は怖くないのか?」

最初の男が尋ねる。

「怖いさ」

「だったら、どうして落ち着いていられる?」

「落ち着いてなんかいない」

二人目は袖を下ろした。

「ただ、これ以上間違えたくないだけだ」

その言葉に、最初の男は目を伏せた。

「……俺が石に触れなければ」

「今さら言っても仕方ない」

「みんなを巻き込んだ」

「だからこそ、ここで止めるんだ」

二人目が立ち上がる。

「ヴァルドたちを信じよう」

最初の男は、しばらく黙っていた。

そして、小さく頷いた。

「……ああ」

その時だった。

男の視界が、突然暗くなった。

北方、旧境界域。

雪に覆われた山々の間に、深い谷が広がっていた。

崩れた石柱。

地面に刻まれた巨大な円形術式。

そして、その中心には古い石の門が立っている。

門の表面には、三つの円と一本の縦線が刻まれていた。

そこへ、二人の境界監視者が到着した。

「……ここが旧境界域か」

若い監視者が周囲を見渡す。

「記録よりも損傷が激しい」

もう一人が石柱へ手を伸ばした。

「待て。術式を確認する」

白い光が地面に広がる。

すると、雪の下に隠れていた古い封印陣が浮かび上がった。

「……まだ生きている」

「封印は維持されているのか?」

「一部だけだ」

監視者は門を見つめた。

「中央の術式が失われている」

「誰かが破壊した?」

「いや……」

地面に膝をつき、刻まれた文字を確認する。

「内側から削られている」

若い監視者が顔を上げた。

「内側?」

「ああ」

二人は門を見た。

石の表面には、細い黒い線が浮かんでいた。

それは、ゆっくりと広がっていた。

魂導院。

「……北だ」

最初の男が呟いた。

二人目が顔を上げる。

「どうした?」

「門が……見える」

「またか?」

「違う。今度は、もっとはっきりしている」

最初の男は額を押さえた。

「雪山に、監視者が二人いる」

二人目の表情が変わった。

「監視者?」

「門を調べてる……」

「おい、しっかりしろ!」

最初の男は椅子から立ち上がった。

その右腕に刻まれた紋様が、首筋へと伸びていく。

「……呼んでる」

「誰が?」

「門の向こうにいる何かが……」

二人目は男の肩を掴んだ。

「聞くな!」

「でも……」

「俺を見ろ!」

最初の男が顔を上げる。

「お前はここにいる。魂導院にいるんだ!」

「……分かってる」

「だったら、向こうを見るな!」

男は必死に目を閉じた。

しかし、頭の中に声が響く。

『……門は見つかった』

「……やめろ」

『……次は、開くだけだ』

最初の男の瞳が黒く染まり始めた。

魂導院、中庭。

ヴァルドとアシュレイは、教会の指揮官と向き合っていた。

「移送は認められない」

ヴァルドが告げる。

「二人の身体には、境界からの干渉が続いている。今ここを離れれば、何が起こるか分からない」

指揮官は腕を組んだ。

「だからこそ、教会の施設へ移す」

「移動中に異変が起きたらどうする?」

「騎士が対応する」

アシュレイが首を振る。

「剣でどうにかできるものじゃない」

「では、ここに閉じ込めておけば安全なのか?」

「少なくとも、境界監視者の術式がある」

「その術式でも異変は止まっていないだろう」

ヴァルドは言葉を失った。

その時、東棟から一人の騎士が駆け込んできた。

「指揮官殿!」

「何事だ?」

「隔離対象の一人に異常が!」

アシュレイが顔を上げる。

「……まさか!」

三人は東棟へ向かった。

東棟の一室。

最初の男は床に膝をついていた。

右腕の紋様から、黒い霧が溢れている。

二人目のネクロマンサーが、必死に術式を維持していた。

《魂縛鎖》

淡い光の鎖が男の身体を包み込む。

「……早く来てくれ!」

扉が開いた。

ヴァルドが駆け込む。

「何があった!」

「急に紋様が広がった!」

アシュレイが男の前に膝をつく。

「聞こえるか!」

「……アシュレイ……」

「大丈夫だ。俺たちがいる」

男は震える手を伸ばした。

「……門が……」

「門?」

「開こうとしてる……!」

ヴァルドが振り向く。

「監視者を呼べ!」

騎士が廊下へ走る。

その瞬間、男の身体から黒い光が広がった。

部屋の壁に、巨大な円形の紋様が浮かび上がる。

アシュレイが目を見開いた。

「……これは!」

「どうした!」

「境界術式だ!」

ヴァルドが壁を見た。

「誰が描いた?」

「誰も描いていない!」

黒い紋様は、床から天井へと広がっていく。

男は必死に首を振った。

「……違う……!」

ヴァルドが肩を支える。

「何が違う!」

「俺じゃない……!」

その瞳から涙が流れた。

「俺は……開けたくない……!」

しかし、男の右腕が勝手に持ち上がった。

指先が、北の方角を示す。

そして、口から低い声が漏れた。

『……繋がった』

北方、旧境界域。

石の門を調べていた監視者たちが、突然顔を上げた。

「……何だ?」

門の表面に刻まれた紋様が、黒く染まっていく。

地面の封印陣から、白い光が失われ始めた。

「まずい!」

一人が叫ぶ。

「魂導院へ連絡を!」

もう一人が通信術式を展開する。

しかし、術式の中央に黒い線が走った。

「……繋がらない!」

門の中央に、細い亀裂が生まれた。

その隙間から、冷たい空気が流れ出す。

若い監視者が後退した。

「……向こうに、何かいる」

亀裂の奥。

暗闇の中で、巨大な瞳が開いた。

『……ようやく』

監視者は両手をかざした。

《境界封鎖》

白い光が門を包む。

しかし、亀裂は閉じなかった。

「……力が足りない!」

もう一人も術式を重ねる。

「持ちこたえろ!」

二人の力が重なり、亀裂の広がりが一時的に止まった。

だが、門の向こうから黒い指が伸びた。

それは封印陣に触れ、白い光を奪っていく。

若い監視者が叫んだ。

「……封印が!」

地面に刻まれた円形術式が、一つずつ黒く染まっていった。

現在。

レオは記憶の中の門を見つめていた。

「……最初の男は、開けたくなかったんだな」

死者の男が頷く。

『ああ』

「でも、身体を利用された」

『そうだ』

カイが拳を握る。

「……ひでえ話だな」

ミナは静かに尋ねた。

「じゃあ、最初の男が門を開いたっていう記録は……」

『完全な嘘ではない』

死者は答える。

『彼の力が門を開くために使われた。それは事実だ』

「でも、本人の意思じゃなかった」

『少なくとも、この瞬間はな』

ガイアが口を開いた。

「問題は、この後だ」

レオが振り向く。

「どういうことだ?」

「一度繋がった境界を、向こう側の存在が手放すとは思えない」

守護者が静かに頷いた。

そして、記憶の奥へ手を伸ばした。

三百年前。

魂導院、東棟。

ヴァルドとアシュレイは、最初の男を支え続けていた。

「……まだ間に合う!」

ヴァルドが叫ぶ。

「魂の繋がりを断つんだ!」

アシュレイが術式を展開する。

《魂導断絶》

白い光が男の右腕を包み込んだ。

黒い紋様の一部が、ゆっくりと薄れていく。

「……効いてる!」

二人目のネクロマンサーが声を上げた。

しかし、男の口から再び声が漏れた。

『……遅い』

ヴァルドが顔を上げる。

「……誰だ!」

『……門は開いた』

その言葉と同時に、壁の黒い紋様が消えた。

最初の男は意識を失い、ヴァルドの腕の中へ倒れ込む。

アシュレイが呼吸を確かめた。

「……生きている」

ヴァルドは安堵しかけた。

だが、部屋の外から境界監視者が駆け込んできた。

「ヴァルド!」

「どうした!」

「北方の監視術式が消えた!」

「……何?」

監視者は青ざめていた。

「旧境界域の封印が破られた!」

ヴァルドは言葉を失った。

その頃。

北方の雪山では、巨大な石の門がゆっくりと開き始めていた。

門の向こうに広がる暗闇から、無数の黒い影が姿を現す。

そして、その奥にいる何者かが、現世を見つめていた。

『……見つけた』

その視線は、魂導院だけではなく、遥か未来に存在する一人のネクロマンサーへも向けられていた。

――第131話・完――

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