↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第6章「過去のネクロマンサー」
PR
130/182

第130話「門の位置」

三百年前。

魂導院が聖王教会によって封鎖されてから、一夜が明けた。

正門には武装した騎士が立ち、裏門へ続く道にも見張りが配置されている。

外へ出ることを許されない十三人のネクロマンサーたちは、それぞれの部屋で朝を迎えていた。

しかし、ヴァルドとアシュレイだけは眠っていなかった。

研究室の机には、北方の地図が何枚も広げられていた。

「……ここも違う」

ヴァルドが一枚の地図を脇へ寄せた。

アシュレイは古い記録を読み続けている。

「北方の境界点は全部で七つ。そのうち六つは、監視者が現在も管理している」

「残りの一つは?」

「三百年以上前に放棄された場所だ」

「放棄?」

「ああ。記録には理由が書かれていない」

ヴァルドは顔を上げた。

「場所は分かるか?」

アシュレイが地図の北端を指差す。

「ここだ」

そこには、深い山々に囲まれた谷が描かれていた。

地名は記されていない。

ただ、小さな文字で一つの言葉が残されていた。

『旧境界域』

「……聞いたことがない」

「俺もだ」

「監視者に確認しよう」

ヴァルドが立ち上がった。

その時、研究室の扉が開いた。

「その必要はない」

入ってきたのは、昨日の年配の境界監視者だった。

彼の後ろには、白い姿の守護者が立っていた。

「旧境界域について知りたいのだな」

監視者は地図を見下ろした。

ヴァルドが頷く。

「黒い石の亀裂が、北を示している」

「……そうか」

「何か知っているんだろう?」

監視者はすぐには答えなかった。

やがて、地図の一点に指を置く。

「ここには、かつて境界を安定させるための施設があった」

「施設?」

「死界と現世の境界を観測する場所だ」

アシュレイが尋ねる。

「なぜ放棄された?」

「観測を続けることが危険になったからだ」

「どういう意味だ?」

「向こう側から、観測されるようになった」

ヴァルドの表情が変わる。

「……こちらが見ていたつもりで、見られていたのか」

「そうだ」

監視者は頷いた。

「境界の向こうにいるものが、観測者の存在を認識した。以来、あの場所は閉ざされている」

アシュレイが地図を見つめる。

「そこに門があるのか?」

「門と呼べるものがあるかどうかは分からん」

「分からない?」

「我々が門と呼んでいるのは、境界が極端に薄くなった場所だ。石造りの扉が存在するとは限らない」

ヴァルドは考え込んだ。

「だが、黒い石に触れた男は巨大な門を見た」

監視者が顔を上げる。

「……何?」

「雪山の谷に、三つの円と一本の縦線が刻まれた門があったそうだ」

監視者の表情が険しくなった。

「その話を詳しく聞かせてくれ」

魂導院の一室。

最初に黒い石へ触れた男は、寝台に腰掛けていた。

右腕の紋様は首筋まで広がり、右目の周囲にも黒い線が浮かんでいる。

ヴァルドたちが入ると、男は顔を上げた。

「……何だよ」

「昨夜、門が見えたと言ったな」

「……ああ」

「どんな場所だった?」

男は目を伏せた。

「雪が積もった山だった。深い谷の奥に、巨大な石の門があった」

監視者が尋ねる。

「門の周囲には何があった?」

「崩れた石柱がいくつも……」

「ほかには?」

「……地面に、白い線があった」

監視者の表情が変わる。

「白い線?」

「円を描くように、何本も重なっていた」

アシュレイが監視者を見る。

「心当たりがあるのか?」

「……古い封印術式だ」

男は顔を上げた。

「封印?」

「境界を固定するためのものだ」

「だったら、門は閉じられているんじゃないのか?」

「本来ならな」

監視者は静かに答えた。

「だが、黒い石があの場所を示しているなら、封印に何らかの異常が起きている可能性がある」

男の顔色が変わった。

「……俺が原因なのか?」

「まだ分からん」

「俺が石に触れたから……?」

ヴァルドが男の肩に手を置いた。

「今は原因を決めつけるな」

「でも……」

「お前を責めるために来たんじゃない」

男は唇を噛んだ。

その時だった。

右腕の紋様が、ゆっくりと形を変え始めた。

「……っ!」

男が腕を押さえる。

アシュレイが駆け寄った。

「どうした!」

「また……見える……!」

男の瞳が黒く染まりかける。

「門が……!」

監視者が両手をかざした。

白い術式が男の周囲に展開される。

「ヴァルド、魂の流れを固定しろ!」

「分かった!」

ヴァルドは男の背後に回り、術式を重ねた。

《魂導結界》

淡い光が男の身体を包み込む。

黒い紋様の広がりが止まった。

しかし、男の口から言葉が漏れた。

「……来る」

アシュレイが顔を近づける。

「何が?」

「……向こう側から……」

男は震える指で北を示した。

「誰かが……門を開けようとしている……」

現在。

記憶を見つめていたミナが眉をひそめた。

「……誰かが門を開けようとしている?」

カイが答える。

「最初の男が開けたんじゃなかったのか?」

「俺たちが最初に見た記憶では、そう見えた」

レオは腕を組んだ。

「でも、あれは事件の一部分だった」

ガイアが静かに口を開く。

「黒い石が門の場所を示していた。しかも、向こう側から何者かが干渉していた」

「つまり?」

「門を開ける意思は、最初から向こう側にもあったということだ」

ミナが死者の男を見る。

「……本当なんですか?」

死者は頷いた。

『ああ』

『我々は長い間、最初の男がすべてを引き起こしたと思っていた』

「違ったのか?」

『彼が選択を誤ったことは事実だ』

死者は続ける。

『だが、あの石が現れる以前から、境界の向こうにいるものは門を探していた』

レオは目を細めた。

「……石は、そのための道具だったんだな」

『そうだ』

守護者が白い光を灯した。

記憶はさらに進んでいく。

三百年前。

魂導院の中庭。

境界監視者とヴァルド、アシュレイは、聖王教会の指揮官と向き合っていた。

「北方の旧境界域を調査したい」

ヴァルドの言葉に、指揮官は首を振った。

「許可できん」

「門に異常が起きている可能性がある」

「だからこそ、外出は認められない」

アシュレイが一歩前へ出た。

「我々は黒い石を持ち出すつもりはない。境界監視者と共に調査するだけだ」

「魂導院の封鎖命令は変わらん」

「世界に危険が迫っているかもしれないんだぞ!」

「それを判断するのは教会だ」

ヴァルドは指揮官を見つめた。

「……ならば、教会が調査隊を出してくれ」

指揮官は少し考えた。

「報告は上層部に送る」

「いつ返事が来る?」

「早くても数日後だ」

「数日……」

ヴァルドは拳を握った。

監視者が口を開く。

「時間がない可能性がある」

「何を根拠に?」

「北方の監視石柱に、新たな亀裂が発生した」

指揮官の表情が変わった。

「……それは事実か?」

「我々の術式が反応している」

「ならば、監視者だけで確認すればいい」

「構わん」

監視者は答えた。

「だが、黒い石に触れた者の身体に、門の位置が映し出されている」

「……何?」

「彼らの魂が、向こう側と繋がっている可能性がある」

指揮官は沈黙した。

やがて、低い声で告げる。

「ならば、なおさら隔離が必要だ」

ヴァルドが顔を上げる。

「待ってくれ!」

「これ以上、危険を広げるわけにはいかん」

指揮官は騎士たちへ命じた。

「黒い石に接触した二人を、教会の管理下へ移す準備をしろ」

その頃。

魂導院の封印庫。

黒い石は、白い結界の中に置かれていた。

表面の亀裂は、昨日よりも大きくなっている。

そして、石の奥に小さな黒い瞳が浮かんだ。

『……近い』

瞳は北を見つめていた。

『……あと少しだ』

その声は、誰にも届かなかった。

だが、魂導院の一室で眠っていた最初の男は、突然目を開いた。

「……門が……」

男は自分の右腕を見つめる。

黒い紋様が、指先まで広がっていた。

そして、頭の中に新たな光景が映る。

雪山の谷。

崩れた石柱。

巨大な門。

その前に、一人の人影が立っていた。

顔は見えない。

しかし、その人物はゆっくりと振り返り、男に手を差し伸べた。

『……こちらへ』

男は震えながら呟いた。

「……お前は、誰だ?」

答えはなかった。

ただ、門の向こうに広がる暗闇の奥で、巨大な目が静かに開いた。

――第130話・完――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。