第129話「魂導院封鎖」
三百年前。
魂導院の正門前。
聖王教会の紋章を掲げた馬車が、次々と到着していた。
馬車から降りたのは、白銀の鎧を纏った騎士たち。
その数は二十人を超えていた。
先頭に立つ騎士の指揮官が、魂導院を見上げる。
「……ここが、死者を扱う者たちの研究施設か」
隣にいた老司祭が答える。
「彼らは死者を支配しているわけではありません。魂を導くための研究を続けていると聞いております」
「死者の力を使っていることに変わりはない」
「指揮官殿」
「分かっている。最初から敵と決めつけるつもりはない」
指揮官は正門へ歩き出した。
「だが、報告が事実ならば、放置するわけにもいかん」
その後ろを、騎士たちが続いた。
魂導院、大広間。
「教会が来た?」
ヴァルドが立ち上がった。
報告に来た若いネクロマンサーが頷く。
「正門に騎士が二十人以上います。責任者との面会を求めています」
アシュレイが三人目のネクロマンサーを見る。
「……お前が呼んだ連中か」
「こんな人数が来るなんて聞いていない」
「では、何人だと思っていた?」
「研究者と、治療に詳しい司祭が数人……」
三人目は言葉を失った。
最初の男が冷たく笑う。
「見ろよ。これがお前の求めた協力だ」
「……すまない」
「謝れば済むと思うか?」
「今は責め合っている場合じゃない」
ヴァルドが二人の間に入った。
「まず話を聞こう」
「武装した騎士を二十人も連れてきた連中と?」
アシュレイが答える。
「話し合わなければ、何をするつもりなのかも分からない」
最初の男は黙り込んだ。
その右腕では、黒い紋様がゆっくりと広がっていた。
正門が開かれた。
ヴァルドとアシュレイが、教会の調査団を迎える。
「魂導院を代表して話を聞く。ヴァルドだ」
「アシュレイだ」
騎士の指揮官が一歩前へ出た。
「聖王教会北方支部より派遣された調査団だ。黒い石に関する報告を受け、調査に来た」
ヴァルドが尋ねる。
「調査に騎士二十人が必要なのか?」
「危険性が確認されている以上、護衛は必要だ」
「我々を危険視しているように聞こえるが」
「危険視しているのは、黒い石だ」
指揮官は淡々と答えた。
「ただし、それを扱った者についても確認する」
アシュレイが眉をひそめる。
「確認とは?」
「接触した者の状態、研究内容、封印方法。そして、今後も危険な研究を続ける意思があるかどうかだ」
「研究は既に中止している」
「報告では、中止後にも接触があったそうだな」
ヴァルドの表情が変わった。
「……どこでそれを?」
「境界監視者から追加報告を受けた」
指揮官は懐から一枚の書状を取り出した。
「こちらが調査の条件だ」
ヴァルドが受け取り、目を通す。
そこには三つの項目が記されていた。
第一、黒い石および関連資料の教会への提出。
第二、石に接触した者の隔離と検査。
第三、調査が終了するまでの魂導院の活動停止。
「……活動停止?」
ヴァルドが顔を上げる。
「死者の導きも含めてか?」
「例外は認められない」
「我々を待っている魂がいる」
「それでもだ」
アシュレイが口を開いた。
「黒い石の研究を止めることには同意する。だが、死者の救済まで禁じる理由はない」
「研究施設の安全が確認されていない」
「魂導術と黒い石は別のものだ」
「それを判断するための調査だ」
指揮官は譲らなかった。
「条件を受け入れてもらおう」
大広間。
教会の要求を聞いた十三人は、再び意見を分けた。
「ふざけるな!」
最初の男が机に手をついた。
「俺たちを閉じ込めるつもりじゃないか!」
「落ち着け」
ヴァルドが制する。
「落ち着いていられるか!」
二人目のネクロマンサーも立ち上がった。
「隔離して検査だと? 俺たちは病人でも罪人でもない!」
「紋様の進行を調べるためだろう」
別の仲間が答える。
「教会に何が分かる!」
「境界監視者も協力すると言っている」
「だったら監視者に任せればいい!」
議論は収まらなかった。
三人目のネクロマンサーが口を開く。
「……俺が教会に話をしてくる」
最初の男が振り向いた。
「今さら何を話す?」
「調査と治療だけを頼んだんだ。活動停止なんて求めていない」
「お前の言葉を聞いてくれると思うか?」
「分からない」
三人目は俯いた。
「でも、何もしないわけにはいかない」
ヴァルドが立ち上がる。
「俺も行く」
アシュレイも続いた。
「三人で話そう。少なくとも、魂導院の全員を拘束させるわけにはいかない」
魂導院の中庭。
教会の指揮官は、三人の話を聞いていた。
「活動停止の条件を緩和してほしい?」
ヴァルドが頷く。
「黒い石の研究は中止する。関連資料も調査に協力しよう」
「それだけでは足りない」
「死者を導く活動は続けさせてほしい」
「認められない」
アシュレイが一歩前へ出た。
「理由を聞かせてくれ」
「黒い石が死界に干渉する以上、魂導術そのものにも影響が出ている可能性がある」
「可能性だけで全てを止めるのか?」
「可能性を軽視した結果、境界に亀裂が生じたのではないか?」
アシュレイは言葉を止めた。
その指摘を否定することはできなかった。
三人目が口を開く。
「……接触した二人については、我々も治療法を探しています」
「ならば教会が保護する」
「保護?」
「教会の施設へ移送し、隔離する」
三人目の表情が変わった。
「待ってください。二人はまだ何も――」
「境界に亀裂を開いた」
指揮官が遮る。
「本人たちに悪意がなかったとしても、危険な状態であることは変わらない」
「しかし!」
「我々は世界を守る義務がある」
ヴァルドが静かに問いかけた。
「……そのためなら、仲間を連れていくのか?」
「必要ならば」
指揮官は迷わず答えた。
「抵抗するなら、拘束する」
現在。
記憶を見ていたカイが、険しい表情を浮かべた。
「……教会の言い分も分からなくはないけどよ」
ミナが頷く。
「でも、あの二人は助けを必要としているんですよね」
「そうだ」
ガイアが答える。
「危険を止めることと、苦しんでいる者を救うこと。その両方が必要だった」
レオは記憶の中のヴァルドを見つめていた。
「……三百年前も、同じだったんだな」
死者の男が尋ねる。
『何がだ?』
「ネクロマンサーというだけで、危険な存在として見られることだ」
レオは続ける。
「教会は世界を守ろうとしている。でも、魂導院の人たちも、世界を壊そうとしていたわけじゃない」
『ああ』
死者の男は静かに頷いた。
『だからこそ、我々は最後まで話し合うべきだった』
守護者が白い光を灯す。
すると、記憶の景色が変わった。
三百年前。
夕暮れの魂導院。
正門には教会の騎士が配置されていた。
裏門にも、複数の騎士が立っている。
外へ続く道は全て封鎖されていた。
大広間に戻ったヴァルドは、仲間たちに告げた。
「……教会が魂導院を封鎖した」
誰も言葉を発しなかった。
「調査が終わるまで、外部との出入りは禁止だ」
二人目のネクロマンサーが立ち上がる。
「俺たちを閉じ込めたのか!」
「まだ拘束命令は出ていない」
「同じことだろ!」
最初の男は窓の外を見つめていた。
その目には、正門を守る騎士たちが映っている。
「……やっぱりな」
小さく呟いた。
「最初から、こうするつもりだったんだ」
三人目が近づく。
「……すまない」
「もういい」
「俺は……」
「謝るな」
最初の男は振り向かなかった。
「お前の顔を見ていると、何をするか分からなくなる」
三人目は立ち尽くした。
その時、アシュレイが部屋に入ってきた。
「ヴァルド」
「どうした?」
「封印庫を確認してきた」
「石に異常が?」
「ああ」
アシュレイは一枚の記録紙を差し出した。
「石の亀裂が、また広がっている」
ヴァルドが眉をひそめる。
「誰かが触れたのか?」
「誰も入っていない」
「……なら、なぜ?」
アシュレイは静かに答えた。
「石が、何かに反応している」
「何に?」
「北だ」
ヴァルドが顔を上げた。
「北?」
「亀裂が一定の方向を示している」
アシュレイは記録紙に描かれた図を指差す。
「まるで、どこかへ向かおうとしているように」
その会話を、最初の男が聞いていた。
男の右腕に刻まれた黒い紋様が、ゆっくりと広がる。
そして、頭の奥に声が響いた。
『……見つけた』
男は目を見開いた。
『……門は、北にある』
「……門?」
誰にも聞こえない声で呟く。
その瞬間、男の脳裏に一つの光景が浮かんだ。
雪に覆われた山々。
深い谷。
そして、巨大な石の門。
門の中央には、三つの円と一本の縦線が刻まれていた。
男は震えながら窓の外を見た。
「……あそこにあるのか」
教会に封鎖された魂導院。
仲間たちとの信頼は崩れ始めていた。
そして、黒い石が示した北の地では、三百年前の悲劇へと繋がる何かが、静かに動き始めていた。
――第129話・完――




