第127話「境界監視者の警告」
三百年前。
魂導院から北へ離れた山中。
古い石柱を囲むように、五人の境界監視者が立っていた。
石柱には三つの円と一本の縦線が刻まれている。
その中央を、黒い亀裂が貫いていた。
「……昨日まではなかった」
一人の監視者が石柱へ手を伸ばす。
「触れるな」
背後から声が響いた。
白い外套を纏った年配の監視者が歩み寄る。
「その亀裂は、こちら側から生じたものではない」
「どういう意味ですか?」
「向こう側から干渉されている」
若い監視者の表情が変わった。
「死界から……?」
「まだ断定はできん」
年配の監視者は石柱を見つめる。
「だが、これだけは分かる」
「何でしょう?」
「何者かが境界の位置を探っている」
その言葉に、全員が沈黙した。
「魂導院へ向かう」
年配の監視者が告げる。
「黒い石の研究を、直ちに止めさせなければならん」
魂導院。
ヴァルドとアシュレイは研究室にいた。
机の上には、黒い石に関する資料が広げられている。
「昨夜、封印庫の術式が乱れた」
ヴァルドが記録を差し出す。
アシュレイは内容を確認し、眉をひそめた。
「……誰かが入ったのか?」
「分からない。扉には破壊された形跡がない」
「なら、内部から封印が解かれた可能性もある」
「黒い石自身が?」
「それも考えられる」
アシュレイは資料を閉じた。
「接触した二人を呼ぼう」
その時、研究室の扉が開いた。
「ヴァルド!」
仲間の一人が駆け込んでくる。
「境界監視者が来ている!」
「監視者が?」
「緊急の話があるそうだ!」
ヴァルドとアシュレイは顔を見合わせた。
魂導院の大広間。
境界監視者たちを前に、十三人のネクロマンサーが集められていた。
年配の監視者が口を開く。
「北方の監視石柱に異常が発生した」
ヴァルドが尋ねる。
「どんな異常だ?」
「境界の内側へ、外部から力が流れ込んでいる」
アシュレイの表情が険しくなる。
「……黒い石か」
「その可能性が高い」
監視者は全員を見渡した。
「確認したい。研究中止の決定以降、誰か石に接触したか?」
沈黙が広がる。
最初の男は俯いた。
隣に立つ二人目も、何も言わない。
ヴァルドが二人を見る。
「……お前たち」
最初の男が顔を上げた。
「俺がやった」
広間がざわつく。
「何だと?」
「昨夜、封印庫に入った」
アシュレイが立ち上がる。
「何をした!」
「声の正体を確かめようとした」
「それで?」
男は唇を噛んだ。
「……小さな亀裂が開いた」
ヴァルドの表情が変わった。
「境界にか?」
「……ああ」
「なぜ黙っていた!」
「閉じたんだ!」
男が叫ぶ。
「俺たちで閉じた! だから大丈夫だと思った!」
「大丈夫なわけがないだろ!」
アシュレイが一歩近づく。
「向こう側にいる何かが、お前たちを認識したんだぞ!」
年配の監視者が静かに口を開いた。
「……やはりな」
全員が振り返る。
「黒い石は、死界を調べるための道具ではない」
「どういうことだ?」
ヴァルドが尋ねる。
監視者は答えた。
「境界の向こうにいる何者かが、こちら側を見つけるための目印だ」
広間が静まり返った。
「我々が石を発見したのではない」
監視者は続ける。
「発見させられた可能性がある」
最初の男の顔から血の気が引いた。
「……そんな」
「お前が聞いた声は、何と言った?」
「北へ行けと……」
「ほかには?」
「門を探せと……」
年配の監視者が目を閉じる。
「やはり、門を狙っているのか」
ヴァルドが問いかけた。
「その門はどこにある?」
「北方に古い境界点が存在する」
「死界への門か?」
「正確には、かつて境界が大きく揺らいだ場所だ」
監視者は厳しい表情で続ける。
「そこへ黒い石を持ち込んではならない」
現在。
記憶を見ていたカイが腕を組む。
「これだけ警告されてたのに、結局門を開いちまったのか」
ミナが答える。
「でも、この時点ではまだ門の場所も分かっていなかったんですよね」
「そうだな」
ガイアが口を開く。
「問題は、石が場所を知っていたことだ」
レオは守護者を見る。
「お前たち境界監視者は、三百年前からあの存在を警戒していたんだな」
守護者は静かに頷いた。
死者の男が続ける。
『だが、我々は一つ大きな勘違いをしていた』
「勘違い?」
『黒い石を封印すれば、すべて終わると思っていた』
レオの表情が変わる。
『しかし、石に触れた二人には既に印が刻まれていた』
『石を閉じ込めても、向こう側との繋がりは消えなかったのだ』
三百年前。
魂導院の封印庫。
境界監視者たちが黒い石を囲んでいた。
「封印を強化する」
年配の監視者が命じる。
白い光が石を包み込む。
表面に浮かんでいた黒い模様が、ゆっくりと薄れていった。
「……成功です」
若い監視者が安堵する。
しかし年配の監視者は首を振った。
「まだだ」
「何か問題が?」
「石の反応が消えただけだ」
その頃。
魂導院の別室。
最初の男が自分の腕を押さえていた。
黒い紋章が、これまで以上に広がっている。
「……どうして」
男は震える声で呟いた。
「石は封印されたはずだろ……」
『……関係ない』
頭の奥に声が響いた。
『……もう繋がっている』
「やめろ……!」
『……門を見つけろ』
男は耳を塞ぐ。
「俺はもう研究を続けない!」
『……お前は知りたいはずだ』
「黙れ!」
『……死者の真実を』
男は膝をついた。
その時、扉が開いた。
二人目のネクロマンサーが入ってくる。
「おい、大丈夫か?」
「……来るな」
「何?」
「近づくな!」
男が顔を上げる。
右目の周囲に、黒い線が浮かんでいた。
二人目が息を呑む。
「……お前、その目」
「助けてくれ……」
最初の男の声が震える。
「俺の中に……何かがいる」
二人目は迷わず駆け寄った。
「ヴァルドを呼ぶ!」
しかし、その腕を最初の男が掴んだ。
「待ってくれ……!」
「どうした!」
「今、見えたんだ」
「何が?」
男は震えながら答えた。
「……北にある門の場所が」
二人目の表情が凍りつく。
そして、最初の男の口から――。
本人の声とは異なる、低い声が漏れた。
『……ようやく見つけた』
現在。
レオが目を細める。
「……黒い石がなくても、身体を通して干渉できるのか」
ガイアが頷いた。
「最初の接触で繋がりを作られていたんだろう」
ミナが不安そうに尋ねる。
「じゃあ、あの二人はもう……」
「まだだ」
レオは首を振る。
「まだ助けられたはずだ」
死者の男が静かに答える。
『ああ』
『だが、十三人の間に生まれた不信は、簡単には消えなかった』
『そして我々は、仲間を救うための方法を巡って再び対立することになる』
レオは記憶の奥を見つめた。
三百年前のネクロマンサーたち。
彼らの選択が、後の悲劇へと繋がっていく。
――第127話・完――




