第124話「深まる亀裂」
三百年前。
魂導院の大広間。
十三人のネクロマンサーが円卓を囲んでいた。
中央には、厳重に封印された黒い石。
最初に石へ触れた男が立ち上がる。
「俺は研究を続けるべきだと思う」
その言葉に、広間がざわついた。
「正気か?」
「危険なのは分かっている」
「だったらなぜ続ける!」
男は拳を握った。
「俺たちは死者の声を聞ける。魂を導くこともできる」
「だが、死界そのものについては何も知らない」
一人の女性ネクロマンサーが口を開く。
「知らなくても、死者を救うことはできるわ」
「本当にそうか?」
男は彼女を見た。
「死界の向こうで苦しんでいる魂がいたら?」
「……」
「俺たちが知らないだけで、助けを求めている者がいるかもしれない!」
アシュレイが立ち上がった。
「だからといって、あの声に従う理由にはならない」
「お前は何でも危険だと言って止める!」
「違う!」
アシュレイの声が響く。
「研究するなとは言っていない!」
「だが、あの石は俺たちを利用している!」
二人の視線がぶつかる。
ヴァルドが間に入った。
「落ち着け」
「ヴァルド、お前はどう思う?」
「研究は一時中止だ」
最初の男が顔をしかめる。
「……お前まで」
「まず腕の痕を調べる」
ヴァルドは男を見つめた。
「お前自身が危険に晒されてるんだぞ」
「俺は平気だ」
「平気な奴の腕に、正体不明の紋章が広がるか!」
男は言葉を失った。
その時、二人目のネクロマンサーが立ち上がる。
「俺も研究を続けたい」
アシュレイが振り返る。
「お前まで何を言ってる」
「ただし、あの声には従わない」
「……?」
「黒い石を直接使う実験は中止する。その上で、過去の記録や境界監視者の資料から調べるんだ」
ヴァルドが腕を組む。
「それなら話は別だ」
しかし最初の男は納得しなかった。
「それじゃ何年かかるか分からない!」
「何年かかってもいいだろ!」
二人目が言い返す。
「俺たちは死者を救うために研究してるんだ!」
「仲間を危険に晒してまで急ぐ必要があるのか!」
広間が静まり返る。
最初の男は目を伏せた。
「……お前まで俺を否定するのか」
「否定してない」
二人目は首を振る。
「だから一緒に研究してきたんだろ」
「……」
「でも、昨日のあれは違う」
自分の腕を押さえる。
「俺も怖かった」
その言葉に、最初の男は何も返せなかった。
やがて、十三人による採決が始まった。
結果は――。
黒い石を使った実験の無期限停止。
ただし、石そのものを破壊するかどうかは保留となった。
ヴァルドが告げる。
「今後、封印庫への立ち入りは複数人の許可を必要とする」
アシュレイも続ける。
「境界監視者と協力して、石の影響を調べる」
最初の男は黙って席を立った。
「……分かったよ」
その背中を、二人目が見つめていた。
「待て」
男は振り返らない。
「まだ俺たちは仲間だろ?」
しばらく沈黙が続く。
「……ああ」
それだけ答えて、男は広間を出ていった。
現在。
魂導院の地下。
記憶を見ていたミナが小さく息を吐いた。
「誰も最初から仲間を裏切ろうとしてたわけじゃないんですね」
「そうだな」
カイが腕を組む。
「でも、あいつだけは納得してなかった」
ガイアが頷く。
「問題はそこだ。仲間の言葉より、石から聞こえる声を信じ始めている」
レオは黙っていた。
その隣で、守護者が静かに記憶を見つめている。
「……お前も、この話し合いを知ってたのか?」
守護者はゆっくりと頷いた。
死者の男が口を開く。
『我々は、話し合えば分かり合えると思っていた』
『実際、まだ間に合うはずだった』
「でも……そうならなかった」
『ああ』
死者の表情が曇る。
『その夜から、魂導院の中で奇妙なことが起こり始めた』
再び記憶が動く。
夜の魂導院。
最初の男は自室にいた。
机には、死界に関する古い資料が広げられている。
「……何年も待てるか」
男は呟いた。
「死者は今も苦しんでいるかもしれないんだぞ」
その時。
『……お前は正しい』
声が響いた。
男が顔を上げる。
「またお前か……」
『……仲間は恐れている』
「黙れ」
『……お前だけが真実を求めている』
「黙れと言ってる!」
男は机を叩いた。
しかし声は止まらない。
『……北へ』
『……門は待っている』
男は震える腕を見つめた。
黒い紋章が、以前より広がっていた。
「……俺は間違ってない」
その言葉が、自分自身に向けたものなのか。
それとも声に答えたものなのか。
男にも分からなくなっていた。
一方、魂導院の別室。
三人目のネクロマンサーが、一通の手紙を書いていた。
宛先は――。
聖王教会・研究監督部。
『魂導院にて、危険な境界接触実験が行われた』
『現在は中止されているが、黒い石の影響が残っている』
男は筆を止める。
「……これでいいのか」
仲間の顔が浮かぶ。
ヴァルド。
アシュレイ。
そして黒い石に触れた二人。
「誰かが止めないと……」
男は再び筆を取った。
『ただし、魂導院の全員が実験に関与したわけではない』
『調査と治療への協力を求める』
手紙を書き終える。
男は深く息を吐いた。
「頼む……」
「誰も傷つけないでくれ」
しかし――。
その手紙が、魂導院の運命を大きく変えることになる。
――第124話・完――




