第123話「死者の声ではない」
翌朝。
魂導院の研究室。
アシュレイは一人、黒い石を見つめていた。
触れてはいない。
一定の距離を保ちながら、周囲に漂う魂の流れだけを確認している。
「……やっぱり違う」
背後からヴァルドが入ってくる。
「何がだ?」
「この石から聞こえる声だ」
アシュレイは目を閉じた。
「死者じゃない」
ヴァルドの表情が変わる。
「断言できるのか?」
「ああ」
アシュレイが手をかざす。
周囲には、いくつもの淡い魂が漂っている。
『帰りたい』
『家族に……』
『ありがとう……』
アシュレイが目を開けた。
「死者には想いがある」
「未練、悲しみ、怒り……それぞれ違う」
そして黒い石を見る。
「だが、こいつから聞こえる声にはそれがない」
「なら何だ?」
「分からない」
短い沈黙。
「ただ――」
アシュレイの声が低くなる。
「死者のふりをしている」
その時。
研究室の扉が開いた。
最初に黒い石へ触れた男と、研究に賛同した二人目が入ってくる。
アシュレイはすぐに気づいた。
「その腕を見せろ」
「……何のことだ?」
「隠すな」
ヴァルドも二人を見る。
最初の男が渋々袖を上げる。
黒い痕。
「お前……!」
ヴァルドが近づく。
「石に触れたのか!」
「調べただけだ」
「触るなと言っただろ!」
「何も知らないまま恐れるだけでいいのか?」
アシュレイが男の腕を確認する。
黒い痕が僅かに脈打っている。
「……これは契約じゃない」
「何?」
「死者との繋がりとも違う」
アシュレイが顔を上げる。
「印を付けられたんだ」
男の顔から余裕が消えた。
「印……?」
「向こうからお前を見つけるための印かもしれない」
二人目が口を開く。
「昨日……声を聞いた」
「何て?」
「北へ行けと」
ヴァルドが眉をひそめる。
「北?」
「そこに門があると言った」
アシュレイの表情が変わった。
「……研究は中止だ」
最初の男が反発する。
「待て!」
「待たない」
「門が本当にあるなら――」
「だから危険なんだ!」
研究室に声が響く。
「俺たちが門を探しているんじゃない!」
アシュレイが黒い石を指差す。
「こいつが俺たちを門へ連れて行こうとしてる!」
沈黙が落ちる。
ヴァルドが黒い石を見る。
「封印する」
「ヴァルドまで……」
「未知を調べることと、正体不明の声に従うことは違う」
最初の男が拳を握った。
「……死界を知る機会を捨てるのか」
「違う」
ヴァルドは真っ直ぐ男を見る。
「死者を知るために、生者を危険に晒すなと言ってる」
男は何も答えなかった。
その夜。
黒い石は封印庫へ移された。
何重もの術式。
境界監視者による封印。
魂導院による監視。
だが――。
暗闇の中。
黒い石に目が開く。
『……恐れるな』
その声が届いた先。
最初の男は、自室で目を開いた。
『……お前だけは』
『真実を知ることができる』
男は震えながら耳を塞ぐ。
「黙れ……」
『北へ』
「黙れ!」
『門へ』
男の腕の黒い痕が脈打った。
そして別の部屋。
二人目も眠れずにいた。
彼の腕にも――。
消えたはずの細い黒線が、再び浮かび始めていた。
現在。
レオはその光景を険しい顔で見つめる。
「二人とも繋がれた……」
ガイアが頷く。
「研究を止めても、もう遅かったわけか」
カイが剣の柄を握る。
「だから二人目も後で引きずり込まれた……」
ミナは首を横に振った。
「でも、この時点ならまだ戻れたかもしれない」
死者の男が静かに答えた。
『そうだ』
『だから我々は話し合った』
『十三人全員で』
『黒い石をどうするべきなのかを』
記憶の景色が変わる。
大広間。
十三人のネクロマンサーが集まっている。
中央には封印された黒い石。
そして――。
最初の男が席を立った。
『俺は研究を続けるべきだと思う』
空気が張り詰めた。
――第123話・完――




