第122話「禁じられた実験」
夜の魂導院。
誰もいないはずの地下研究室に、二つの足音が響いていた。
黒い石に最初に触れた男。
そして、その研究に賛同した二人目。
二人の前には、小さな黒い欠片が置かれている。
「本当に続けるのか?」
「ああ」
「アシュレイは研究中止を求めてる」
「だから誰にも知られない場所でやる」
二人目の男が顔をしかめる。
「俺は研究には賛成した。だが、門を開くことまで賛成した覚えはないぞ」
「門なんて開けない」
最初の男は黒い欠片を見つめた。
「声の正体を確かめるだけだ」
「……本当にそれだけか?」
沈黙。
やがて男が答える。
「死者がどこへ行くのか知りたい」
「俺たちは死者の声を聞ける。力を借りることもできる」
「なのに――死の先を何も知らない」
黒い欠片へ手をかざす。
「もし死界そのものを理解できたら、救える魂はもっと増える」
二人目は何も言えなかった。
目的そのものは間違っていない。
だからこそ、止めきれなかった。
「始めるぞ」
二人が死者の力を流し込む。
黒い欠片が脈打つ。
ドクン。
床に描かれた術式へ黒い線が広がった。
「反応した……」
「出力を上げるなよ」
「ああ」
ドクン。
再び脈打つ。
その瞬間。
『……北』
二人が固まった。
「聞こえたか?」
「……ああ」
『……北へ』
最初の男が身を乗り出す。
「どこに何がある?」
黒い欠片の表面に、小さな目が開いた。
『……門』
「門……?」
二人目の表情が変わる。
「実験を止めろ」
「待て。もう少しだ」
「違う。こいつは俺たちの質問に答えてるんじゃない」
男が一歩後退する。
「俺たちをどこかへ誘導してる」
その瞬間。
黒い線が床を走った。
「何だ!?」
壁に亀裂が入る。
ほんの数センチ。
だが、その向こうから――。
無数の声が聞こえた。
『寒い……』
『帰りたい……』
『誰か……』
死者たちの声。
最初の男の目が見開かれる。
「聞こえる……!」
「閉じろ!」
「待ってくれ!」
「もう十分だ!」
二人目が術式を解除しようとする。
だが。
別の声が混じった。
『……まだだ』
黒い目が大きく開く。
『もっと近づけ』
最初の男の腕に黒い痕が広がる。
「ぐっ……!」
「おい!」
二人目が男の腕を掴む。
その瞬間――。
彼の腕にも黒い線が走った。
「――っ!」
二人は慌てて術式から離れる。
亀裂が閉じた。
静寂。
「……今のは」
二人目は自分の腕を見る。
黒い痕は消えている。
しかし最初の男には残っていた。
「誰にも言うな」
「何?」
「まだ何も分かってない」
「だから言うんだ!」
二人目が怒鳴る。
「これは俺たちだけで扱えるものじゃない!」
最初の男が睨み返す。
「なら研究を全部捨てるのか?」
「そうじゃない!」
「俺たちは近づいてるんだ!」
男は震える手を握る。
「死界の真実に」
二人の間に、初めて明確な亀裂が生まれた。
現在――。
記憶を見ていたミナが呟く。
「二人目も、最初から全部賛成してたわけじゃなかったんだ……」
ガイアが腕を組む。
「だが止めることもできなかった」
レオは黒い石を見つめ続ける。
「一番怖いのはそこじゃない」
「え?」
「黒い目は最初から門の場所を知ってた」
レオの表情が険しくなる。
「こいつらが門を見つけたんじゃない」
「向こう側の何かが――」
「門まで誘導したんだ」
死者の男が静かに頷いた。
『その通りだ』
そして続ける。
『だが当時の我々は、まだ気づいていなかった』
『あの声が――』
『死者の声ではないことに』
レオたちの前で、次の記憶が開き始めた。
そこには――。
黒い石を調べるアシュレイの姿があった。
――第122話・完――




