第121話「黒い石の研究」
記憶の景色が変わる。
死界の門が開くより、さらに前。
まだ魂導院と聖王教会が協力していた頃だった。
石造りの研究室。
中央の台座には――黒い石。
ヴァルド、アシュレイ。
そして十三人のネクロマンサーたち。
教会の研究者と境界監視者も集まっていた。
「これが北の裂け目から見つかった石か」
ヴァルドが覗き込む。
「死者の気配がする」
アシュレイは首を振る。
「似ているだけだ」
「死者とは違う」
境界監視者の一人が頷く。
「同意する」
「これは境界の内側にも外側にも属していない」
教会の研究者が記録を取る。
「ならば調査する価値がある」
「待て」
アシュレイが止める。
「調べること自体には反対しない。ただし直接触れるな」
「理由は?」
「こいつは――」
アシュレイが黒い石を睨む。
「俺たちを見ている気がする」
現在。
カイが眉をひそめた。
「最初から気づいてたのか」
「完全には分かってなかったんだろう」
レオが答える。
「危険だと感じていただけだ」
記憶が進む。
研究は慎重に始まった。
黒い石へ触れず、周囲の魔力や死者の反応だけを調べる。
だが数日後。
異変が起きた。
「また増えてる」
石の近くに置かれた器。
その中に小さな黒い欠片が生まれていた。
「本体から削れたのか?」
「違う」
境界監視者が答える。
「昨日まで傷はなかった」
教会の研究者が記録する。
「黒い石が……自ら欠片を作った?」
その言葉に、一人のネクロマンサーが興味を示した。
後に最初に石へ触れる男。
「この欠片なら危険性は低いかもしれない」
アシュレイが睨む。
「触るな」
「分かってる」
男は笑った。
だが、その視線は黒い欠片から離れなかった。
さらに数日。
奇妙な現象が続く。
黒い石の周囲では、死者の声が聞こえやすくなる。
遠くで亡くなった魂まで引き寄せられてくる。
そして――。
「聞こえた」
男が呟いた。
「何が?」
「声だ」
ヴァルドが振り返る。
「死者か?」
「……分からない」
男は黒い石を見る。
「でも俺の名前を呼んだ」
アシュレイの表情が変わった。
「研究を中止する」
「待てよ」
「名前を知らないはずの何かがお前を呼んだんだぞ」
教会側もざわめく。
しかし一部の研究者は反対した。
「だからこそ調査すべきでは?」
「危険だから止めるんだ」
意見が割れ始める。
レオは黙ってその光景を見ていた。
「ここからか……」
ガイアが頷く。
「黒い石そのものより厄介なのは、人によって見え方が違ったことだな」
危険な物。
未知を知る手掛かり。
死界研究の突破口。
人によって黒い石の意味が変わっていく。
そして夜。
誰もいない研究室。
最初の男が一人で入ってくる。
その後ろには――。
もう一人。
研究に賛同した二人目がいた。
「本当にやるのか?」
「ああ」
「アシュレイに知られたら止められるぞ」
「だから今やる」
最初の男が黒い欠片へ手を伸ばす。
二人目は止めなかった。
指先が触れた瞬間。
ドクン。
部屋が暗くなる。
『……ようやく』
男の身体が固まった。
「……誰だ?」
黒い石の表面に――。
目が開く。
『こちらを見たな』
二人目の男が後退する。
「離れろ!」
しかし最初の男は動かない。
『ならば――』
『こちらもお前を見る』
男の腕に黒い痕が走った。
そして同時に。
研究室の壁へ、三本の黒い鎖のような痕が浮かび上がる。
現在のレオが目を見開く。
「三本……」
死者の声が聞こえる。
『あの日からだ』
『黒い石の研究は――』
『我々が制御できるものではなくなった』
記憶の中。
黒い目がゆっくりと閉じる。
だが最後に。
もう一つの声が響いた。
『次は――』
『門を探せ』
――第121話・完――




