第120話「教会の拘束命令」
「逃げろ」
三人目のネクロマンサーの言葉に、ヴァルドの目が鋭くなる。
「……どういうことだ」
「教会は魂導院を封鎖する」
男は唇を噛んだ。
「ここにいるネクロマンサー全員を拘束するつもりだ」
アシュレイが一歩前へ出る。
「お前が教えたからか?」
「……そうだ」
空気が重くなる。
「俺は黒い石の実験だけを伝えた」
「仲間を売るつもりなんてなかった」
「だが教会は、ネクロマンサーそのものが危険だと判断した」
ヴァルドが男の胸ぐらを掴む。
「お前……!」
「ヴァルド!」
アシュレイが止める。
男は抵抗しなかった。
「殴りたいなら殴れ」
「……」
「俺が間違えた」
「被害を止めたかっただけなのに……結果はこれだ」
その時。
「全員、その場から動くな!」
教会の兵士たちが魂導院へ雪崩れ込む。
武器が一斉に向けられた。
「黒い石を引き渡せ」
ヴァルドは石を握ったまま動かない。
「これは渡せない」
「命令に従え」
「さっき生者の魂を使おうとした連中に渡せると思うか?」
教会側がざわつく。
指揮官が険しい顔になる。
「門を閉じるための措置だ」
アシュレイが睨み返す。
「犠牲にされる側にも同じことを言えるのか?」
「……」
「俺たちは死者を道具にしない。生者も同じだ」
背後では、半分閉じた死界の門が震え続けている。
ゴゴゴゴ……。
守護者が門の前から離れない。
今ここで戦えば、封印が崩れる。
三人目の男が教会側へ歩き出した。
「待て」
ヴァルドが呼び止める。
「何をする」
「俺が説明する」
「今さら聞くと思うか?」
「それでもやる」
男は教会の兵士たちの前に立った。
「門を開いたのは十三人全員じゃない」
「黒い石を使ったのは一部だけだ」
「魂導院全体を罪に問うのは間違っている!」
指揮官が答える。
「その証明ができるのか」
「俺が証人だ」
「お前もネクロマンサーだろう」
男は言葉を失った。
指揮官が手を上げる。
「拘束しろ」
兵士たちが動き出す。
カイが記憶を見ながら顔をしかめた。
「話し合う気なしかよ」
ガイアが静かに答える。
「恐怖が勝っている」
ミナも門を見る。
「目の前でこんなものを見たら……教会側が怖がるのも分かる。でも……」
レオは何も言わなかった。
どちらか一方だけが原因ではない。
黒い石に手を出した者。
それを止められなかった者。
情報を受け取って魂導院全体を危険視した教会。
そして、その全てを利用する境界の向こうの存在。
少しずつ歯車が狂っていった。
記憶の中――。
「待て!」
ヴァルドが叫ぶ。
教会の兵士たちの足が止まる。
ヴァルドは黒い石を地面へ置いた。
「俺は残る」
「ヴァルド?」
アシュレイが振り返る。
「門を閉じる奴が必要だ」
ヴァルドは教会の指揮官を見る。
「俺を拘束したいなら好きにしろ」
「だが先に門を閉じさせろ」
指揮官は黙る。
「ここで俺たちと戦えば、門は完全に開く」
「そうなれば教会も魂導院も関係ない」
長い沈黙。
やがて指揮官が剣を下げた。
「……封印を優先する」
兵士たちも武器を下ろしていく。
「ただし」
指揮官はヴァルドを見る。
「門が閉じた後、全員を取り調べる」
「構わない」
「ヴァルド!」
アシュレイが声を上げる。
「今は門だ」
ヴァルドは振り返らない。
「生き残らなきゃ、その先もない」
守護者の白い光が再び強くなる。
残されたネクロマンサーたちが門の前へ集まる。
そして――。
三人目の男もヴァルドの隣へ立った。
「俺もやる」
ヴァルドが横目で見る。
「……逃げないのか」
「もう逃げない」
男は死者の鎖を出現させる。
「俺が教会を呼んだ」
「なら最後まで責任を取る」
ヴァルドはしばらく黙っていた。
「……なら手伝え」
「ああ」
二人の鎖が重なる。
その瞬間。
黒い石に――。
小さな亀裂が走った。
ピシッ。
誰も気づいていない。
その亀裂の奥で。
黒い目が開いた。
『……もっと争え』
レオだけが、その声を聞いていた。
「……こいつ」
黒い目がこちらを向く。
『……生者と死者』
『……教会と魂導院』
『……分かれればいい』
レオの表情が変わる。
「最初から……」
この存在は門を開くだけではない。
人間同士の対立まで利用していた。
そして三百年前の悲劇は――。
まだ終わっていなかった。
――第120話・完――




