第112話「十三人のネクロマンサー」
地下へ続く石段。
レオを先頭に、カイ、ミナ、守護者が続く。
ガイアの気配もレオのすぐそばにあった。
階段の下には、数十もの魂が浮かんでいる。
その中から、鎖の印を胸に持つ男の魂が前へ出た。
『……レオ』
「聞かせてくれ」
レオは男を見つめる。
「三百年前、ここで何があった?」
男は静かに目を閉じた。
『ならば――見てもらおう』
「見る?」
『言葉だけでは伝えられない』
男が右手を上げる。
周囲にいた魂たちが、一斉に光を放った。
守護者がレオの前へ出ようとする。
「大丈夫だ」
レオが制した。
「悪意は感じない」
守護者は少し迷ったあと、一歩下がる。
光がレオたちを包んだ。
次の瞬間――。
景色が変わった。
「……ここは」
ミナが周囲を見回す。
そこには、朽ち果てる前の魂導院があった。
石造りの建物。
行き交う人々。
机には大量の書物。
そして――。
「おい」
カイが前方を指差す。
「ヴァルドじゃねぇか?」
若いヴァルドがいた。
今より遥かに若い姿。
その隣にはアシュレイ。
二人とも、数人の男女と話している。
だが誰もレオたちには気づかない。
ガイアが周囲を見る。
「過去の記憶だ」
レオは頷く。
「俺たちは見ているだけか」
前方から声が聞こえる。
「全員揃ったな」
ヴァルドが大きな机の前に立った。
周囲に集まった者たち。
レオは数える。
「十三人……」
三百年前。
魂導院に所属していた十三人のネクロマンサー。
ヴァルド。
アシュレイ。
そして、まだ名前すら知らない十一人。
「今日から北部での調査を始める」
ヴァルドが地図を広げる。
「最近、死者の声がおかしい」
一人の女性が腕を組んだ。
「おかしいって?」
「死んだ場所から離れた魂が増えている」
アシュレイが答える。
「それだけじゃない」
一冊の記録を机へ置く。
「本来なら眠りにつくはずの魂が、何かに引かれている」
部屋の空気が変わった。
別の男が尋ねる。
「何に?」
アシュレイは首を横に振った。
「まだ分からない」
「だから調べる」
ヴァルドが地図の一点を指差す。
そこには小さな印。
レオの表情が変わる。
「……北の廃村」
カイも気づく。
「俺たちが行った場所か」
記憶の中では、まだ村は存在していた。
ヴァルドが続ける。
「境界監視者から協力要請が来ている」
その言葉に、一部のネクロマンサーがざわつく。
「境界監視者?」
「俺たちと関わりたがらない連中だろ」
「今回は向こうから来た」
ヴァルドが答える。
「それほど異常なことが起きている」
その時。
扉が開いた。
白い法衣を着た者たちが入ってくる。
聖王教会。
その中の一人がヴァルドへ頭を下げた。
「教会も共同調査へ参加する」
カイが小声で呟く。
「この頃は普通に協力してたんだな」
「みたいだね」
ミナも驚いている。
今の教会とネクロマンサーの関係からは想像しにくい光景だった。
ヴァルドは教会の者と握手する。
「死者の異変は、我々だけの問題ではない」
「同意する」
「生者にまで影響が出る前に原因を見つける」
会議が終わる。
十三人がそれぞれ動き始めた。
場面が変わった。
北の村。
まだ多くの人々が生活している。
子供たちが走り回り、家々から煙が上がっていた。
レオはその光景を見つめる。
「ここが……」
あの廃村。
三百年前は、ごく普通の村だった。
村の中央では、境界監視者たちが地面を調査している。
その中に――。
守護者がいた。
「……!」
レオが隣を見る。
現在の守護者も、過去の自分を見つめている。
三百年前とほとんど変わらない姿。
白い光を纏い、村の地下へ手を向けている。
ヴァルドが近づいた。
「どうだ?」
過去の守護者は地面を指差した。
監視者の一人が答える。
「地下に小さな裂け目がある」
「死界への門か?」
「いや」
監視者は首を振った。
「まだ門ではない」
「境界が薄くなっているだけだ」
アシュレイが膝をつき、地面へ触れる。
「死者の声が聞こえる」
ヴァルドも目を閉じた。
しばらくして、顔を上げる。
「……多すぎる」
「この村で死んだ者だけじゃない」
「遠くから集まってきている」
十三人のネクロマンサーが、それぞれ死者の声を聞き始める。
その中の一人が突然立ち上がった。
「待て」
全員が振り返る。
「何か聞こえた」
ヴァルドが尋ねる。
「何だ?」
男は地下を見つめる。
「声だ」
「死者の?」
「……分からない」
男の顔から血の気が引いていく。
「でも……」
「俺の名前を呼んだ」
レオの表情が変わった。
「名前……」
三百年前から。
既に同じことが起きていた。
男は地下を見つめ続ける。
「また聞こえる」
『……こちらへ』
レオの背筋に冷たいものが走る。
同じ言葉。
自分が何度も聞いてきた言葉だった。
過去の守護者が勢いよく振り返る。
白い光が強くなる。
境界監視者たちも一斉に動いた。
「全員、裂け目から離れろ!」
ヴァルドが叫ぶ。
「どうした!」
「何かがこちら側を見ている!」
地面が震える。
ズズズズズ……。
村の地下から黒い霧が漏れ出した。
だが――。
すぐに消えた。
静寂。
何も起こらない。
一人のネクロマンサーが息を吐く。
「……終わった?」
アシュレイは地面を睨んだままだ。
「いや」
「始まったんだ」
景色が揺らぐ。
再び魂導院。
十三人が集まっている。
机の中央には――。
小さな黒い石。
レオたちが何度も見てきたものだった。
ミナが息を呑む。
「黒い石……」
アシュレイは石から距離を取っている。
「触るな」
一人の男が尋ねる。
「これが裂け目から?」
ヴァルドが頷く。
「村の地下で見つかった」
「魔力は?」
「分からない」
「死者の力は?」
「それとも違う」
十三人が黒い石を見つめる。
その中で――。
一人だけ。
石へ近づく者がいた。
「面白い」
若い男だった。
「境界の向こうから来た物質なら、調べる価値がある」
アシュレイが止める。
「やめろ」
「なぜ?」
「嫌な感じがする」
男は笑った。
「ネクロマンサーがそんな曖昧な理由で研究を止めるのか?」
「これは死者じゃない」
アシュレイの表情は険しい。
「だから危険なんだ」
ヴァルドが二人の間に入った。
「触るな」
男がヴァルドを見る。
「お前まで?」
「調査はする」
ヴァルドは黒い石を見る。
「だが、直接触れるのは禁止だ」
男は不満そうだったが、一歩下がった。
レオはその男を見つめる。
「……こいつ」
ガイアが答える。
「覚えておいた方がいい」
場面が変わる。
数日。
数週間。
黒い石の研究が続く。
教会。
境界監視者。
十三人のネクロマンサー。
三者が協力して調査していた。
しかし――。
少しずつ。
十三人の間に違いが生まれていく。
「危険すぎる」
「研究を中止するべきだ」
「いや、死界を知る機会だ」
「向こう側を理解できれば、死者を救えるかもしれない」
「本当に救うためなのか?」
「怖いから逃げるのか?」
言い争いが増える。
ヴァルドは研究継続を認めながらも慎重な立場。
アシュレイは黒い石そのものを封じるべきだと主張する。
そして――。
あの若い男は、黒い石を見つめ続けていた。
夜。
誰もいない魂導院。
男が一人で研究室へ入る。
封印された箱を開ける。
中には黒い石。
「……聞こえる」
男が手を伸ばす。
「ずっと……俺を呼んでいる」
『……こちらへ』
男の指先が黒い石へ触れた。
その瞬間――。
ドクン!
黒い光が研究室を覆った。
男の腕に、黒い模様が浮かび上がる。
レオが目を見開いた。
「……黒い紋章」
しかし。
形が違う。
現在の黒き境界派が使うものとも。
境界監視者の黒い紋章とも。
完全には一致しない。
男は自分の腕を見つめる。
「……見える」
黒い石の中に。
巨大な扉。
無数の魂。
そして――。
黒い目。
『……見つけた』
男は動けない。
『……お前は……こちらを見た』
『……ならば』
黒い目が開く。
『……こちらも、お前を見る』
記憶が激しく乱れた。
「っ!」
レオたちの視界が暗転する。
次の瞬間。
魂導院の地下へ戻っていた。
死者の男がレオの前に立っている。
『ここからだった』
レオは男を見つめる。
「黒い石に触れた奴は誰なんだ?」
男はしばらく黙っていた。
『十三人の一人』
「名前は?」
死者が答えようとする。
しかし――。
黒い霧が突然、その口を覆った。
『……っ!』
「何!?」
レオが鎖を伸ばす。
「《死者の鎖》!」
鎖が黒い霧を引き剥がす。
死者は苦しそうに後退した。
ガイアが叫ぶ。
「まだ何か残っている!」
地下の壁。
そこに刻まれていた十三本の鎖の印。
そのうち――。
三つが黒く染まり始めた。
カイが剣を抜く。
「三つ……?」
ミナも気づく。
「まさか……」
レオは見つけた記録を思い出す。
『我々の中に、裏切り者がいる』
だが。
死者は言った。
『……裏切ったのは……一人ではない』
黒く染まった三つの印。
レオはそれを見つめる。
「……三人」
死者の男がゆっくりと顔を上げた。
『黒い石に最初に触れた者』
『その研究に賛同した者』
『そして――』
三つ目の黒い印が強く輝く。
『誰にも知られず、教会へ情報を渡していた者』
レオの目が細くなる。
三百年前。
十三人のネクロマンサー。
その関係は、既に崩れ始めていた。
――第112話・完――




