第111話「三百年前の足跡」
北へ向かう道。
山々の間を抜ける細い街道を、五人は歩いていた。
レオは最後の監視者から受け取った石板を取り出す。
『魂を導く者』
『境界を守る者』
『双方が自らの意思で力を重ねること』
そして――。
『生者、死者』
『いずれかを犠牲とする必要はない』
「……これが本当に使えるなら」
レオが呟く。
「死界の門を閉じられる」
「条件は分かった」
ガイアが答える。
「だが、方法までは書かれていない」
「そこなんだよな」
カイが頭を掻く。
「結局、北に行って調べろってことか」
ミナが地図を広げる。
「最後の監視者が言ってた場所は、この先の山を越えた辺りだと思う」
レオが地図を覗く。
そこには町も村も記されていない。
ただ、小さな印だけが残されていた。
「何もないな」
「三百年前の場所だからね。今の地図には残ってないのかも」
守護者が突然立ち止まった。
「どうした?」
レオが振り返る。
守護者は街道から外れた森を見つめている。
その身体から淡い白い光が漏れた。
ガイアが反応する。
「何か感じている」
レオたちは森へ入った。
しばらく進むと――。
「……これ」
ミナが足を止めた。
苔に覆われた石柱。
ほとんど崩れている。
レオが苔を払う。
そこには、一つの文字が刻まれていた。
『死』
カイが眉をひそめる。
「縁起悪いな」
「待って」
ミナが反対側の苔も落とす。
続きが現れる。
『死者の声を聞け』
レオの表情が変わった。
「ネクロマンサーのための印……?」
守護者が石柱へ触れる。
白い光が流れ込んだ。
ゴゴゴ……。
地面が僅かに動く。
落ち葉の下から、古い石畳が姿を現した。
「道があったのか」
五人は石畳を進む。
森の奥へ。
さらに奥へ。
やがて――。
朽ち果てた集落が現れた。
「ここも廃村?」
ミナが周囲を見る。
だが、北の廃村とは違う。
家屋の造りが古い。
ほとんどが石造りだった。
そして至るところに、鎖を模した印が刻まれている。
レオはその一つに触れた。
「……似てる」
「何に?」
「俺の《死者の鎖》に」
ガイアが周囲を見回す。
「偶然ではないだろう」
レオたちは集落の中央へ進む。
そこには円形の広場があった。
中央に、五つの石碑。
カイが数える。
「五つ?」
レオは最も近い石碑を見る。
名前が刻まれていた。
『ヴァルド』
「……!」
ミナも気づく。
「ヴァルドさんの名前!」
隣の石碑。
『アシュレイ』
さらに三つ。
しかし――。
「削られてる」
残る三つの名前は、何者かによって削り取られていた。
カイが石碑に触れる。
「三百年前のネクロマンサーは、少なくとも五人いたってことか」
レオは頷く。
「ヴァルドとアシュレイ以外にも……」
その時だった。
『……違う』
声。
レオだけが振り返る。
「今の……」
「どうした?」
ミナが尋ねる。
「声がした」
レオは目を閉じる。
意識を集中させる。
「もう一度……」
静寂。
風が吹く。
そして――。
『……五人ではない』
レオの目が開く。
「どこだ!」
死者の鎖が現れる。
淡い光を放ちながら、集落の奥へ伸びていく。
「鎖が勝手に……」
カイが剣に手を添える。
「追うぞ」
五人は鎖を追った。
辿り着いたのは、崩れかけた大きな建物。
入口には文字が残っている。
『魂導院』
ミナが読む。
「こんどう……いん?」
ガイアが答える。
「魂を導く場所、という意味だろう」
レオが扉へ触れる。
ギィィ……。
扉が開いた。
中には大量の机。
本棚。
壊れた器具。
壁には、人間の身体と魂を描いた古い図。
カイが呟く。
「ここ……何なんだ?」
「研究所」
レオが答えた。
「たぶん、ネクロマンサーたちの」
奥へ進む。
壁に大きな絵があった。
十数人の人間。
その中心にヴァルド。
隣にはアシュレイ。
全員が同じ鎖の印を身につけている。
「五人どころじゃない……」
ミナが数える。
「十三人いる」
レオは絵を見つめた。
三百年前。
十三人のネクロマンサー。
その全員が死界の研究に関わっていたのか。
絵の下には文字が刻まれている。
『我らは死者を支配する者ではない』
『我らは魂を導く者』
『死者の声を聞き』
『残された想いを届け』
『最後には眠りへ導く』
レオは静かに読む。
「……魂を導く者」
自分が何度も呼ばれてきた言葉。
それはレオだけを指す呼び名ではなかった。
三百年前のネクロマンサーたちも、同じ言葉を使っていた。
守護者が壁の一角へ近づく。
白い光を放つ。
ガコン。
壁の一部が開いた。
「隠し部屋?」
五人が中へ入る。
小さな部屋だった。
中央に、一冊の古びた本が置かれている。
レオが表紙を見る。
『魂導院記録』
ページを開く。
最初の部分は、死者との対話方法や魂について書かれていた。
しかし途中から内容が変わる。
『境界の裂け目を確認』
『死者の声が増加』
『教会との共同調査を開始』
『境界監視者との接触』
ページをめくる。
『ヴァルド、境界調査へ』
『アシュレイ、黒き石の危険性を警告』
さらに――。
レオの手が止まった。
『十三名のうち、四名が死亡』
『三名が消息不明』
『二名が教会によって拘束』
『残る者たちは――』
その先が破られている。
「またかよ」
カイが顔をしかめる。
「肝心なところだけ無いな」
「誰かが意図的に破ったのかな」
ミナが破れた部分を確認する。
レオは次のページを開く。
そこには一つだけ文章が残されていた。
『我々の中に、裏切り者がいる』
空気が変わった。
カイの表情が険しくなる。
「裏切り者……」
「黒き境界派?」
ミナが尋ねる。
「まだ分からない」
レオは本を閉じない。
決めつけるには早い。
その時。
奥から声が聞こえた。
『……違う』
先ほどと同じ声。
レオが振り返る。
「まただ!」
死者の鎖が伸びる。
部屋の床へ。
鎖が床板の隙間へ入り込んだ。
守護者がその場所へ近づく。
白い光を流す。
ゴゴゴゴゴ……。
床が開いた。
地下へ続く階段。
そこから冷たい風が吹き上がる。
そして――。
『……裏切ったのは……一人ではない』
レオの表情が変わった。
「誰だ?」
返事はない。
代わりに、地下の暗闇で淡い光が灯った。
一つ。
二つ。
三つ。
死者の魂だった。
その数が増えていく。
十。
二十。
さらに増える。
カイが剣を抜く。
「随分いるぞ」
「待って」
レオが前へ出た。
「敵じゃない」
死者たちはレオを見つめていた。
やがて一人の魂が前へ出る。
胸には、鎖の印。
三百年前のネクロマンサーと同じ印だった。
『……魂を導く者』
レオは静かに答える。
「俺はレオ」
死者は僅かに笑った。
『ならばレオ』
『聞いてくれ』
地下にいる魂たちが、一斉に顔を上げる。
『三百年前』
『我々ネクロマンサーに何が起きたのかを』
レオは階段を見下ろした。
ここに残されている。
ヴァルドとアシュレイだけでは語れなかった過去。
三百年前。
死界の門を巡って戦ったネクロマンサーたちの記憶が。
レオは一歩、階段を下りた。
「聞かせてくれ」
「全部」
死者たちは静かに道を開けた。
冥夜の旅団は、三百年前の真実へ足を踏み入れる。
――第111話・完――




