第109話「閉じるための条件」
黒い空間に亀裂が走った。
バキッ……!
巨大な黒い球体。
その表面を覆っていた亀裂が、少しずつ広がっていく。
レオは死者の鎖を握り締めた。
「……効いてる」
目の前には、黒い目。
これまで何度もレオたちを見つめてきた存在。
だが、今は明らかに様子が違う。
『……やめろ』
「嫌だね」
レオは鎖を引いた。
「お前が何なのか、まだ分からない」
「だけど――」
守護者が隣に立つ。
白い光が強くなる。
「こいつを苦しめているなら、俺は止める」
『……愚かな……』
黒い腕が伸びてくる。
レオは鎖を放つ。
「《死者の鎖・境界連結》!」
鎖と白い光が絡み合う。
黒い腕を縛り上げた。
「今だ!」
守護者が前へ出る。
白い光が黒い球体へ突き刺さった。
バァァン!
球体の亀裂がさらに広がる。
『……二つの力……』
『……揃えるな……』
「やっぱり、これが弱点なんだな!」
レオが鎖を引く。
しかし――。
黒い球体から、無数の黒い鎖が飛び出した。
ガシャン!
レオの両腕に絡みつく。
「ぐっ!」
さらに足にも絡みつく。
「レオ!」
ガイアの声が響く。
『その鎖は力を奪う!』
「分かってる!」
レオは歯を食いしばった。
黒い鎖がレオの中へ入り込もうとする。
その瞬間――。
『レオ……』
死者たちの声が聞こえた。
『俺たちがいる』
『一人じゃない』
『力を貸す』
レオの身体から、淡い光が溢れる。
「……そうだ」
レオは顔を上げた。
「俺は一人じゃない」
死者の鎖が一気に輝く。
黒い鎖を押し返した。
「《死者の鎖・魂連結》!」
無数の死者の力が繋がる。
黒い球体が大きく揺れた。
『……なぜ……』
「俺が命令してるんじゃない」
レオは叫ぶ。
「こいつら自身が力を貸してくれてる!」
守護者の白い光が重なる。
二つの力が一つになった。
外側では――。
最後の監視者の胸から黒い亀裂が広がっていた。
カイが監視者を見上げる。
「おい……大丈夫なのか?」
ミナも杖を下ろさない。
「身体が崩れてる……」
老人が叫ぶ。
「まだだ!」
「え?」
「黒い亀裂だけを壊せば、監視者そのものも壊れる!」
カイが目を見開く。
「じゃあレオは……」
「中にいる!」
ミナの顔が青ざめる。
「レオまで巻き込まれるんじゃ……」
老人は首を振る。
「違う」
「では何?」
「最後の監視者を救うには、黒い力だけを切り離す必要がある」
「そんなことできるの?」
老人は守護者を見る。
「三百年前にはできなかった」
「だが……」
「今なら可能かもしれん」
その時。
監視者がゆっくりと顔を上げた。
「……白き守護者」
守護者が振り返る。
「……魂を導く者」
監視者の声が震える。
「……二つの力を……重ねろ」
カイが驚く。
「こいつ、喋り方が変わったぞ」
ミナも頷く。
「黒い力が弱まってる……!」
老人は拳を握った。
「今だ……」
「何をすればいい?」
カイが聞く。
老人は監視者の胸を指した。
「黒い亀裂を攻撃するな」
「じゃあどうする?」
「白い紋章を守れ」
カイは一瞬、意味が分からなかった。
「守る?」
「そうだ」
「黒い力を壊そうとすれば、境界まで壊れる」
「ならば、境界を守る力を強くする」
ミナが理解した。
「そうすれば、黒い力だけが外へ押し出される……?」
「その通りだ」
カイは剣を握る。
「だったらやるしかねぇ!」
ミナも杖を構える。
「私も!」
二人が監視者の左右に立った。
「《裂空斬・弐》!」
カイの斬撃が地面へ走る。
黒い霧が押し返される。
「《フレイム・サークル》!」
ミナの炎が監視者を包む。
黒い霧がさらに縮んだ。
老人が叫ぶ。
「今だ!」
守護者の白い光が強まる。
監視者の胸から、黒い霧が噴き出した。
「出てきた!」
カイが叫ぶ。
だが――。
黒い霧の中に、巨大な目が浮かぶ。
『……邪魔をするな』
ミナが杖を向ける。
「あなたが邪魔してるんでしょう!」
炎が黒い目を包む。
黒い目が揺らぐ。
『……愚かな……』
『……境界を守れば……いずれ……すべて失う』
「それでも!」
ミナが叫ぶ。
「誰かを犠牲にして終わらせるなんて、私は嫌!」
カイも続く。
「俺もだ!」
黒い目が消えかける。
『……三百年前も……そう言った者がいた』
その言葉に、老人が反応した。
「……あの二人か」
レオのいる黒い空間でも、その言葉は聞こえていた。
「三百年前の二人……」
黒い球体の奥に、再び映像が浮かぶ。
若い最後の監視者。
そして黒い紋章を持つ監視者。
二人は、裂け目の前に立っていた。
『このままでは境界が崩れる』
『だから閉じる』
『だが、そのためには生者の魂が必要だ』
『……それしか方法がないのか?』
『当時は、それしかなかった』
映像が途切れる。
レオは目を見開く。
「……生者の魂を使った」
ガイアが答える。
『三百年前の封印には、生きている人間の魂も使われた』
レオは拳を握る。
「だから黒い守護者は拒んだのか」
『そういうことだ』
レオは守護者を見る。
「でも……」
白い光がレオの身体を包む。
「今は違う」
守護者が頷く。
レオは黒い球体へ向き直る。
「死者の魂も、生者の魂も犠牲にしない」
『……不可能だ』
「やってみなきゃ分からない」
『……お前一人では……』
「一人じゃない!」
レオの周囲に、無数の死者たちが現れる。
さらに白い光が広がる。
守護者。
カイ。
ミナ。
ガイア。
そして――。
「冥夜の旅団だ」
レオは叫ぶ。
「俺たちならできる!」
黒い球体に、巨大な亀裂が走った。
バキィィン!
『……っ!』
初めて、黒い目が明確に苦しんだ。
「今だ!」
レオが鎖を放つ。
《死者の鎖・境界解放》
守護者の白い光が重なる。
外では監視者の胸から、黒い霧が一気に噴き出した。
「うおおおおっ!」
カイが剣を振り抜く。
ミナも炎を叩き込む。
老人は両手を広げた。
「三百年……!」
「ようやく……!」
黒い霧が監視者から離れていく。
しかし、完全には離れない。
一本の黒い線だけが、監視者と黒い霧を繋いでいる。
老人の顔が青ざめた。
「まだだ……!」
「何が足りない!」
「最後の条件がある!」
その瞬間、監視者が口を開いた。
「……門を閉じるには」
「……境界を守る者」
「……魂を導く者」
「……そして――」
声が途切れる。
レオの目の前に、一つの文字が浮かんだ。
『選択』
レオはその文字を見つめる。
「……選択?」
黒い目が再び笑う。
『……そうだ』
『……最後には……必ず選ばなければならない』
レオは拳を握る。
「違う」
『……何?』
「三百年前とは違う」
レオは鎖を握り直す。
「俺は、どちらも選ぶ」
その瞬間――。
黒い線が大きく震えた。
そして、最後の監視者の身体から完全に切り離され始める。
――第109話・完――




