第107話「黒き監視者」
轟音とともに、巨大な腕が地面を叩きつけた。
ドゴォォォン!
レオたちは四方へ散る。
「危ねぇ!」
カイが転がりながら立ち上がった。
砕けた地面から、無数の石片が飛び散る。
ミナは杖を掲げ、飛んできた石を炎で焼き落とした。
「攻撃が重すぎる……!」
「正面から受けるな!」
レオが叫ぶ。
巨大な監視者はゆっくりと身体を起こした。
全身を覆う石と鎖。
そして胸の中央に刻まれた黒い亀裂。
その亀裂から、黒い霧が漏れている。
「……境界……侵入者……排除」
「待て!」
レオが声を上げる。
「俺たちは、この村を壊しに来たんじゃない!」
巨体は止まらない。
腕が横薙ぎに振られる。
カイが前へ出た。
「だったら、止めるしかねぇ!」
剣を振り抜く。
「《裂空斬》!」
斬撃が巨大な腕へ直撃する。
ガキィン!
しかし――。
弾かれた。
「硬っ……!」
カイの腕が痺れる。
「カイ!」
ミナが杖を向ける。
「《フレイム・ランス》!」
炎の槍が巨体の肩へ突き刺さる。
ボォン!
炎が広がった。
だが、黒い亀裂から霧が噴き出した瞬間、炎が吸い込まれていく。
「嘘……!」
「力を食ってる!」
ガイアが叫ぶ。
「普通の防御じゃない! あいつは攻撃そのものを境界の力へ変換している!」
レオは目を細めた。
「……あの黒い亀裂か」
老人が叫ぶ。
「そうだ!」
「そこに触れるな!」
レオが振り返る。
「知ってるのか!」
「三百年前から、あの亀裂は存在している!」
老人の声には明らかな焦りがあった。
「最後の監視者は、本来あんな姿ではなかった!」
巨大な監視者が動きを止める。
老人を見た。
「……記録者」
老人も巨体を見返す。
「まだ覚えていたか」
「……記録……守る」
「そのために、すべてを敵と認識しているのか」
「……境界……侵す者……排除」
老人が苦しそうに目を閉じる。
「三百年前と同じだ……」
レオが問う。
「何があった?」
老人は答えようとした。
しかし――。
黒い亀裂が突然、大きく開いた。
ズズズズズ……。
黒い霧が一気に溢れ出す。
「っ!」
守護者がレオの前に立った。
白い光が広がる。
黒い霧と白い光がぶつかる。
バチバチバチッ!
守護者の身体が押される。
「守護者!」
レオが鎖を伸ばす。
《死者の鎖・連結》
白い光と鎖が繋がった。
守護者の力が安定する。
「……ありがとう」
守護者が僅かに振り返る。
その瞬間だった。
巨大な監視者が拳を握る。
「……鍵」
レオの身体が止まった。
「……鍵を……確認」
「俺のことか?」
監視者の胸の亀裂が光る。
「……魂を導く者」
レオの背筋に寒気が走った。
その言葉は、今まで何度も聞いてきたものだった。
「……白き守護者」
監視者の視線が守護者へ移る。
「……二つの力……確認」
ガイアが低く呟いた。
「レオ……気をつけろ」
「分かってる」
「違う」
ガイアの声が険しくなる。
「こいつは、お前たちを敵として認識しているんじゃない」
「じゃあ何だ?」
「試している」
巨大な監視者が両腕を広げた。
地面に無数の紋章が浮かび上がる。
村全体が白く輝いた。
老人が叫ぶ。
「まずい!」
「何が起きる!」
「監視者の本来の機能だ!」
「本来の機能?」
「侵入者を殺すんじゃない!」
老人が指を震わせる。
「境界を越える資格があるか……それを試すんだ!」
次の瞬間。
地面から無数の黒い鎖が伸びた。
カイが飛び退く。
「なんだこれ!」
鎖が足元を追ってくる。
ミナも走る。
「速い!」
レオは動かなかった。
「レオ!」
カイが叫ぶ。
レオは鎖を見つめていた。
死者の鎖とは違う。
これは――。
「……死者の力じゃない」
ガイアが答える。
「境界そのものだ」
黒い鎖がレオの身体へ絡みつく。
ガシャン!
レオは拘束された。
「レオ!」
ミナが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
レオが叫ぶ。
「これは俺だけを狙ってる!」
黒い鎖が胸元へ集まる。
そして、レオの中にある力を探るように動いた。
「……魂を導く者」
「……境界を守る者」
「……二つの力」
監視者がゆっくりと近づいてくる。
「……門へ進む資格を問う」
レオは歯を食いしばる。
「俺たちは門を開けに来たんじゃない」
「……ならば示せ」
「何を?」
「……死者を捨てないこと」
レオの目が見開かれた。
監視者の身体から、無数の声が響き始める。
『苦しい』
『助けて』
『ここから出して』
『忘れないで』
村に残された死者たちの声だった。
ミナが震える。
「この声……」
老人が俯く。
「三百年前……この村で死んだ者たちだ」
カイが拳を握る。
「ずっと閉じ込められてたのかよ……」
「違う」
レオが答えた。
「閉じ込められているんじゃない」
黒い鎖の先を見つめる。
「この監視者が……守ってる」
監視者は動かない。
レオは鎖を握った。
「お前は、こいつらを閉じ込めたいわけじゃない」
「……」
「死者が外へ出れば、境界が壊れる」
「……」
「だから……ここに留めてるんだな」
巨大な監視者の胸の亀裂が揺れた。
初めて、その動きが止まった。
「……正解」
ガイアが驚く。
「レオ……」
「こいつは敵じゃない」
レオは静かに言った。
「三百年間、ずっとここを守ってたんだ」
しかし――。
黒い亀裂から、別の声が響いた。
『……違う』
レオの顔が強張る。
『……守っているのではない』
黒い霧が広がる。
監視者の身体が大きく揺れた。
『……縛っている』
老人が叫ぶ。
「その声は……!」
レオが振り返る。
黒い亀裂の奥に、一瞬だけ巨大な黒い目が浮かんだ。
「……また……お前か」
目がレオを見つめる。
『……鍵』
『……まだ……こちらへ来ないのか』
守護者が前へ出る。
白い光が爆発した。
黒い目が消える。
巨大な監視者も膝をついた。
「……境界……異常」
レオは鎖を握り直す。
「やっぱり……こいつ自身じゃない」
ガイアが頷く。
「黒い亀裂に、何かが入り込んでいる」
老人が震える声で呟いた。
「三百年前も……同じだった」
「何?」
「最後の監視者は……あの声に触れられてから、変わった」
レオの視線が黒い亀裂へ向く。
「なら、やることは決まった」
カイが剣を構える。
「壊すのか?」
「違う」
レオは首を振った。
「監視者を助ける」
ミナも杖を構える。
「じゃあ、あの黒い亀裂を取り除く?」
「ああ」
守護者がレオの隣に立つ。
ガイアが笑う。
「相変わらず無茶を言うな」
レオも僅かに笑った。
「いつものことだろ」
巨大な監視者が立ち上がる。
黒い亀裂から、再び黒い霧が噴き出した。
そして――。
その奥から、あの声が響いた。
『……ならば……試してみろ』
黒い亀裂が大きく開く。
「来るぞ!」
カイが叫ぶ。
レオは死者の鎖を構えた。
「今度は……俺たちが、お前を助ける!」
黒い霧と白い光が、再び激突した。
三百年間続いた監視者の苦しみ。
その正体が、ついに明らかになろうとしていた。
――第107話・完――




