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死界のネクロマンサー  作者: のんびり小僧
第5章「冥夜の旅団」
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第106話「最後の監視者」

井戸の底から、低い音が響いていた。


ゴゴゴゴゴ……。


レオたちは足を止め、井戸を見つめる。


「……何かいる」


カイが剣に手を添えた。


ミナも杖を構える。


「さっきまで、こんな音しなかったよね……」


「この村そのものが、目を覚まそうとしているみたいだな」


ガイアの声が響く。


その横で、守護者がゆっくりと井戸へ近づいた。


白い光が、その身体から僅かに漏れる。


「守護者?」


レオが呼びかける。


守護者は答えない。


ただ、井戸の底を見つめていた。


すると――。


「……来たか」


井戸の奥から声がした。


老人のようにも聞こえる。


だが、妙に重い。


まるで何百年もの時間を一つの声に押し込めたような響きだった。


レオは井戸を覗き込む。


暗闇の中に、二つの白い光が浮かんだ。


「誰だ?」


「私は……最後の監視者」


その瞬間、井戸の底から風が吹き上がった。


黒い霧が地面まで溢れ出す。


カイが一歩前へ出る。


「敵か?」


「まだ分からない」


レオは手を上げて制した。


黒い霧の中から、一人の老人が姿を現した。


白い髪。


古びた外套。


胸には、あの三つの円と縦線を組み合わせた紋章。


ただし、その紋章の一部は黒く染まっていた。


老人はレオを見る。


そして守護者を見る。


「……白き守護者」


守護者が僅かに反応した。


「三百年……いや、それ以上か」


老人はゆっくりと息を吐く。


「まだ、お前はそこにいるのか」


レオが尋ねる。


「守護者を知っているのか?」


「知っているとも」


老人はレオへ視線を戻した。


「三百年前、この村には二十人以上の監視者がいた」


「二十人……?」


ミナが驚く。


「我々は門を守っていたわけではない」


老人は首を横に振った。


「門が生まれないように、境界を監視していた」


「じゃあ、この村は……」


「そうだ」


老人は廃村を見回す。


「この場所には、かつて小さな裂け目があった」


レオの表情が変わる。


「……黒い扉と同じものか?」


「似ている。だが、完全に同じではない」


老人は続けた。


「裂け目は、死者の声を漏らした」


「死者の声?」


「最初は小さかった」


「だが、誰かがそれを利用しようとした」


ガイアの声が低くなる。


「黒き紋章……か」


老人は答えなかった。


その代わり、地面に手を触れる。


すると、周囲の土が淡く光った。


村全体に、古い紋章が浮かび上がる。


「この村では、死者の声を記録していた」


「記録?」


「誰が死んだのか」


「どのような声が聞こえたのか」


「裂け目が、いつ動いたのか」


老人の顔が険しくなる。


「そして……何がこちら側を覗いていたのか」


レオは息を呑んだ。


「何が……覗いていた?」


「そうだ」


老人はレオを見つめる。


「三百年前、我々は門の向こうを完全には見ることができなかった」


「だが、一つだけ分かった」


「何?」


老人の口から、静かに言葉が落ちる。


「向こうにも、こちらを見ている存在がいた」


沈黙。


ミナが小さく息を呑む。


「それって……今まで私たちが聞いてきた声と……」


「断定はできん」


老人は遮った。


「声が同じとは限らない」


レオも頷く。


今まで何度も聞いた。


『鍵』


『こちらへ来い』


『門を開ける』


そして――。


『また会おう』


それが何者なのか。


まだ分からない。


老人は井戸を振り返った。


「だが、この村にも一度だけ、その声を聞いた者がいる」


「誰だ?」


「私だ」


レオの目が細くなる。


「……何て言われた?」


老人はしばらく黙った。


そして、ゆっくりと答える。


「こう言われた」


『境界を守る者よ』


『お前たちは、いずれ選ぶことになる』


「選ぶ……?」


「生者を守るか」


「死者を守るか」


レオの表情が険しくなる。


老人は続けた。


「そして最後に、こう言った」


『どちらかを選べば、もう一方は失われる』


カイが眉をひそめた。


「そんなの……」


「三百年前、我々はそれを信じた」


老人の声が震える。


「だからこそ、多くの監視者が死んだ」


「……」


「だが」


老人はレオを見る。


「お前は違う」


「俺が?」


「お前は、死者の声を聞いている」


「死者を操るだけではない」


「死者自身に力を貸してほしいと頼んでいる」


レオは黙った。


「そして、お前の隣には白き守護者がいる」


老人の視線が守護者へ移る。


「三百年前には存在しなかった組み合わせだ」


ガイアが呟く。


「つまり……」


「生者か死者か、そのどちらかを選ぶ必要がない可能性がある」


老人の言葉に、レオは顔を上げた。


「じゃあ……方法があるのか?」


「分からん」


即答だった。


「だが、最後の記録には何かが残されている」


老人は井戸を指差した。


「この地下に」


ゴゴゴゴゴ……。


再び地面が揺れる。


井戸の底から、黒い霧が噴き上がった。


老人の表情が変わる。


「……まずい」


「何が起きる?」


「記録を守るために残していたものが、目を覚ました」


カイが剣を抜く。


「敵ってことか?」


「敵とは限らん」


老人は首を振る。


「だが……侵入者を排除するよう作られた存在だ」


ミナが構える。


「それって、私たちも攻撃されるんじゃ……」


老人は答えなかった。


代わりに守護者を見る。


守護者は井戸の前へ進み出る。


白い光が強くなる。


そして――。


井戸の底から、巨大な腕が伸びてきた。


ズズズズズッ!


地面が大きく割れる。


カイが叫ぶ。


「来るぞ!」


レオは死者の鎖を構える。


「全員、下がるな!」


黒い霧の中から、巨大な影が姿を現した。


人間のような形。


しかし、その身体は無数の鎖と石で覆われている。


胸には――。


三つの円と縦線。


そして、その中央に黒い亀裂。


ガイアが低く呟いた。


「……あれは、ただの番人じゃない」


レオが目を細める。


「何だ?」


「あれ自身が……この村の境界そのものになっている」


巨大な影が顔を上げる。


そして、初めて声を発した。


「……侵入者を確認」


「……境界を守る」


「……すべてを、眠らせる」


次の瞬間。


巨大な腕が振り下ろされた。


ドゴォォォン!


レオたちは左右へ散った。


地面が大きく砕ける。


「始まったな!」


カイが剣を構える。


ミナも杖を握り直した。


守護者は無言のまま前へ出る。


レオは死者の鎖を伸ばす。


「なら……眠らせる前に、話を聞かせてもらう!」


黒い巨体が咆哮する。


村全体が震えた。


三百年前から残された最後の監視者。


そして、その地下に眠る最後の記録。


冥夜の旅団は、ついに過去そのものと向き合うことになる。


――第106話・完――

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