第105話「北の廃村」
北へ向かって歩き続けたレオたちは、日が傾き始めた頃、一つの村へ辿り着いた。
「……ここか」
レオが立ち止まる。
目の前に広がっていたのは、静まり返った村だった。
家々は残っている。
道もある。
井戸もある。
だが、人の姿は一人もない。
カイが周囲を見回す。
「本当に誰もいないな」
ミナが古びた家を見る。
「ずっと使われてないみたい」
ガイアが低い声を出した。
『……違う』
「何が?」
『ここは、ただ捨てられた村じゃない』
守護者が村の中央を見つめる。
「……」
レオも同じ方向を見る。
「守護者も何か感じてる」
一行は村へ入った。
足元には枯れた草。
窓は割れている。
扉が開いたままの家もある。
だが、不思議なことに――
家具や食器は、そのまま残されていた。
カイが一軒の家を覗く。
「逃げたにしては、何も持っていってないな」
「そうだね」
ミナが食卓を見る。
「食器まで置いてある」
レオは黙って周囲を見渡した。
「……何かがおかしい」
その瞬間。
カラン。
奥の家から、小さな音がした。
カイが剣に手を掛ける。
「誰かいるのか?」
返事はない。
「俺が見てくる」
カイが家の中へ入る。
レオたちも後を追った。
室内は埃だらけだった。
床には古い椅子。
壁には家族らしき肖像画。
その下に――
黒い線が刻まれている。
レオが近づく。
「……これ」
三つの円。
一本の線。
境界監視者の紋章だった。
ミナが息を呑む。
「ここにもある……」
ガイアが周囲を見渡す。
『村全体に、この紋章が残されている可能性がある』
「村そのものが境界監視者と関係していた?」
レオが呟く。
その時。
背後から声がした。
『……帰ってきた……』
全員が振り返る。
誰もいない。
カイが剣を抜いた。
「今、聞こえたぞ」
「うん」
レオにも聞こえた。
『……帰ってきた……』
声は家の外から。
レオたちは外へ出る。
村の中央。
そこに、一人の老人が立っていた。
半透明の身体。
足は地面についていない。
「……死者」
レオが呟く。
老人はレオを見る。
『……お前は……』
「俺はレオ」
『……ネクロマンサーか』
「そうだ」
老人は少しだけ笑った。
『なら……聞いてくれ』
「何を?」
『この村で……何が起きたのかを』
レオは一歩近づいた。
「教えてくれ」
老人は村の奥を見る。
『三百年前……この村には、境界を監視する者たちがいた』
「境界監視者……」
『そうだ』
カイとミナも黙って聞いている。
『この村は……門を監視するための場所だった』
レオの表情が変わる。
「死界への門が、ここにあったのか?」
『……門そのものではない』
老人は首を横に振る。
『裂け目だ』
ガイアが反応する。
『やはりな』
レオが尋ねる。
「その裂け目は、どうなった?」
老人の表情が曇る。
『閉じた……はずだった』
「はずだった?」
『三百年前……黒い力が現れた』
レオは黙って聞く。
『死者の魂を吸い……生者の力まで奪う黒い力だ』
ミナが小さく呟く。
「今の黒い森と同じ……」
老人が頷く。
『あれは森だけではなかった』
「……どういうことだ?」
『各地に小さな裂け目が生まれた』
レオの目が険しくなる。
「じゃあ、黒い扉も……」
『裂け目の一つだ』
静寂。
カイが剣を握る。
「ってことは、あの扉だけ閉じても……」
『意味がない』
老人の言葉が重く響いた。
「……」
レオは拳を握った。
ガイアが低く呟く。
『だから、石板には「門は一つではない」と書かれていたのか』
老人はレオを見る。
『だが……一つだけ違う場所がある』
「どこだ?」
老人が村の中央を指差す。
「……ここ?」
『この村の地下だ』
レオは村の中央を見る。
そこには古い井戸があった。
『地下には……最後の記録が残されている』
レオが井戸へ近づく。
「そこに、黒い扉を閉じる方法が?」
老人は答えなかった。
代わりに――
『……記録を残した者に聞け』
「残した者?」
『私ではない』
老人がゆっくりと後ろを向く。
『この村には……まだ一人いる』
レオたちの表情が変わった。
「生きている人間が?」
老人は首を横に振る。
『死者だ』
その瞬間。
村の奥から――
ズズズ……。
地面が揺れた。
古い家の壁が崩れる。
「何だ!」
カイが剣を抜く。
地面に亀裂が走った。
その亀裂から黒い霧が噴き出す。
守護者が前へ出た。
白い光が広がる。
ガイアが叫ぶ。
『レオ! 地下から来るぞ!』
レオは鎖を構えた。
「みんな、構えて!」
黒い霧の中から――
一体。
二体。
三体。
次々と死者が姿を現す。
しかし、これまでの死者とは違った。
全員の胸に――
黒い紋章が刻まれている。
カイが息を呑む。
「……こいつら」
ミナが杖を構える。
「普通の死者じゃない」
レオは死者たちを見つめる。
その中の一人が、ゆっくりと顔を上げた。
『……鍵……』
「!」
『……鍵を……連れてきた……』
レオの胸の紋章が光る。
守護者の白い光も強くなる。
そして地下から――
さらに巨大な気配が響いた。
『……三百年……待った……』
レオは鎖を握り締める。
「お前は……誰だ」
地下から返事が返ってくる。
『……最後の……監視者だ』
井戸の底で、何かがゆっくりと目を開いた。
――第105話・完――




