第104話「北への旅」
黒い森を抜けてから、数時間。
レオたちは北へ向かって歩いていた。
先頭を歩くレオの手には、昨日の地下遺跡で見つけた石板と、黒い扉の男が残した地図がある。
カイが後ろから覗き込んだ。
「なあ、その地図。本当に北で合ってるのか?」
「何度見ても同じだ」
「でも、目印らしい目印がないぞ」
ミナも地図を覗く。
「川を越えて、その先の山道……かな」
ガイアが口を挟む。
『この辺りは昔から人の往来が少ない』
「詳しいな」
『昔の記憶だ』
「ガイアにも昔があるんだな」
『俺を何だと思ってる』
カイが笑う。
「謎のしゃべる存在」
『……否定できないな』
ミナが小さく笑った。
その時。
守護者が突然立ち止まった。
「……どうした?」
レオも足を止める。
守護者は北の山を見つめていた。
白い光が、ほんのわずかに身体から漏れている。
ガイアの表情が変わった。
『境界の気配だ』
「この先に?」
『ああ』
レオは地図を見る。
地図に描かれた目的地と、守護者が見ている方向は一致していた。
「やっぱりここだ」
カイが剣を肩に担ぐ。
「じゃあ、行こうぜ」
一行は再び歩き始めた。
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。
右は山道。
左は森へ続いている。
地図には分岐の記載がない。
「どっちだ?」
カイがレオを見る。
レオが守護者を見る。
守護者は左の森を指差した。
「左だな」
五人は森へ入った。
木々の間を進んでいく。
やがて、道が途切れた。
そこには古びた石柱が一本だけ立っていた。
石柱には、三つの円と一本の線。
「境界監視者の紋章……」
ミナが呟く。
レオが石柱に触れようとした。
しかし――
守護者が腕を掴んだ。
「触るな?」
守護者が頷く。
その直後。
石柱の足元から黒い煙が噴き出した。
「下がれ!」
レオが叫ぶ。
カイとミナが後退する。
黒い煙が地面を這い、巨大な円を描いていく。
ガイアが低く呟いた。
『これは……』
「何だ?」
『封印だ』
黒い煙の中心から、古い文字が浮かび上がった。
『境界を越える者へ』
さらに文字が続く。
『白き守護者を伴う者は進め』
レオが目を見開く。
「守護者を知ってる……?」
『魂を導く者は進め』
レオの胸の紋章が反応する。
最後の一文が浮かび上がった。
『ただし、黒き紋章を持つ者には門を開くな』
カイが眉をひそめた。
「黒き紋章……」
ミナが周囲を見る。
「今までの敵と関係があるのかな」
レオは石柱を見つめる。
「分からない」
ガイアが続けた。
『だが、ここにいる以上……昔の境界監視者が何かを残していたのは間違いない』
突然。
森の奥から枝を踏む音がした。
パキッ。
全員が振り向く。
「誰だ!」
カイが剣を抜く。
返事はない。
もう一度。
パキッ。
今度は反対側。
ミナが杖を構える。
「囲まれてる?」
レオは鎖を出した。
「気をつけろ」
木々の間から、黒い影が一つ現れた。
人間だった。
黒い外套。
顔は布で隠されている。
手には――
黒く染まった境界監視者の紋章。
カイが前へ出る。
「お前、さっきの男か?」
男は答えない。
ただレオを見つめている。
そして――
「……やはり、お前だったか」
低い声。
レオの目が細くなる。
「俺を知ってるのか?」
「三百年前から記録されていた」
「俺が生まれる前から?」
「お前そのものではない」
男は黒い紋章を握る。
「だが、いつか現れると記されていた」
レオが一歩前へ出る。
「何が?」
男は答えた。
「死者を導く者」
レオの表情が変わる。
「……俺のことか」
「そうだ」
「だったら教えろ」
レオは鎖を構えた。
「黒い扉の向こうにいる奴は何者だ」
男はしばらく沈黙した。
やがて――
「それを知りたければ、北の廃村へ行け」
「廃村?」
「そこに最後の記録が残っている」
カイが口を挟む。
「また記録かよ」
男はカイを一瞥する。
「記録を残した者は、すでに死んでいる」
「だったら――」
レオが続ける。
「その死者から聞けばいい」
男の目が僅かに見開かれた。
「……なるほど」
「何だ?」
「三百年前とは違う」
男は黒い霧をまとい始めた。
「お前は、死者を恐れていない」
レオが鎖を構える。
「逃げるのか?」
「今は戦う時ではない」
黒い霧が濃くなる。
「北へ行け」
「待て!」
レオが手を伸ばす。
しかし男は霧の中へ消えた。
残ったのは、一枚の古い紙だけ。
レオが拾い上げる。
そこには短い言葉が書かれていた。
『北の廃村』
『死者に問え』
『黒い扉が何を待っているのかを』
レオは紙を握り締める。
カイが剣をしまった。
「行くんだろ?」
「ああ」
ミナも頷く。
「ここまで来たなら、調べよう」
ガイアが北を見る。
『急いだ方がいい』
「何か感じるのか?」
『ああ』
ガイアの声が低くなる。
『北から……大量の死者の気配がする』
レオは北へ視線を向けた。
「……行こう」
守護者が静かに歩き出す。
冥夜の旅団は、北へ進んだ。
その先にあるのは――
三百年前の記録を残した、誰もいない廃村。
そして、その村で眠り続ける大量の死者だった。
――第104話・完――




