第103話「閉じられなかった扉」
静寂が戻った黒い森。
先ほどまで暴れていた木々も、根も、黒い霧も止まっている。
だが――
レオたちは、誰一人として気を抜いていなかった。
目の前には、閉じた黒い扉。
その中央に一本の亀裂が残っている。
カイが剣先で扉を指した。
「……あれ、本当に閉じたのか?」
「分からない」
ミナが扉へ近づく。
「でも、さっきより黒い力は弱くなってる」
ガイアが答える。
『弱くなっただけだ』
「やっぱり?」
『完全には消えてない』
レオは扉を見つめる。
「……向こう側に何かがいる」
守護者も扉から目を離さない。
『……』
レオが振り返る。
「守護者も、そう思うのか?」
守護者は静かに頷いた。
カイがため息をつく。
「じゃあ、またあれと戦うことになるのか」
「たぶん」
「たぶんって……」
ミナが苦笑する。
「でも、私たちが見つけた情報を考えると、この扉を放置するわけにはいかないよ」
レオも頷いた。
「そうだな」
レオは扉に刻まれた紋章を見る。
三つの円。
一本の線。
その中央だけが黒く染まっている。
「この紋章……地下遺跡にもあった」
ガイアが続ける。
『境界監視者の紋章だ』
「でも、何で黒くなってるんだ?」
カイが尋ねる。
レオは答えられなかった。
その時。
守護者が突然、扉から離れた。
『……』
「どうした?」
守護者は森の奥を指差す。
「何かあるのか?」
頷く。
四人と一体は、守護者の示した方向へ進んだ。
しばらく歩くと――
地面に、小さな石板が落ちていた。
ミナが拾い上げる。
「これ……文字がある」
レオが覗き込む。
そこには古い文字が刻まれていた。
『門は一つではない』
「……門は一つじゃない?」
カイが眉をひそめる。
さらに下へ視線を移す。
『境界に生じた裂け目は、門となる』
レオの表情が変わる。
「つまり……」
ガイアが低く答えた。
『あの黒い扉だけが、境界を越える場所じゃない』
「森の中にも、別の裂け目があるってこと?」
ミナの問いに、レオは頷く。
「可能性が高い」
石板の裏側には、さらに文字があった。
『裂け目を閉じるには、境界を守る者だけでは足りない』
レオが息を止める。
その下には――
『魂を導く者の力を必要とする』
カイがレオを見る。
「それ、お前のことじゃないか?」
「たぶんな」
さらに続きがある。
『二つの力が重なった時、門は眠る』
守護者が石板へ手を伸ばした。
白い光が触れる。
すると、石板の表面に新たな文字が浮かび上がった。
『ただし――』
レオが読む。
『門を閉じるには、門の場所へ赴かなければならない』
「……どういうことだ?」
ミナが首を傾げる。
ガイアが答える。
『遠くから封印することはできないってことだ』
「つまり、あの扉の向こうへ行く必要がある?」
「違う」
レオが首を横に振った。
「門の場所へ行く必要はある。でも、門の向こうへ行くとは書いてない」
カイが頷く。
「なるほど」
その時だった。
森の奥から――
ドン。
小さな地響き。
全員が振り向く。
ドン。
今度は明らかに近い。
ミナが杖を構える。
「何かいる」
レオも鎖を展開する。
「気をつけろ」
木々の間から、黒い霧が流れてくる。
その奥に――
一人の人影。
黒い外套。
顔は見えない。
カイが剣を向ける。
「お前……」
人影は立ち止まった。
「その扉を閉じたか」
低い男の声。
レオが答える。
「お前は何者だ」
「答える必要はない」
「なら、そっちから来た理由を聞く」
男はしばらく黙っていた。
そして――
「閉じてはいけなかった」
レオの目が細くなる。
「何?」
「その扉は、境界の裂け目ではない」
「じゃあ何だ?」
男が顔を上げる。
「向こう側から来るものを、一時的に止めていただけだ」
空気が凍る。
カイが剣を握り直した。
「じゃあ、あの扉を閉めても意味がないってことか?」
男は答えない。
代わりにレオを見る。
「お前が鍵なら、いずれ向こう側へ呼ばれる」
「断る」
「そう簡単にはいかない」
男が黒い石を取り出した。
レオの胸の紋章が反応する。
「……!」
守護者が前へ出る。
男は石を握り潰した。
パキィン!
黒い霧が一気に広がる。
「待て!」
レオが鎖を放つ。
しかし――
男の姿は霧の中へ消えていた。
残された地面には、一枚の紙。
レオが拾う。
そこには――
『門を閉じるなら、北へ行け』
その下に場所を示す簡単な地図が描かれていた。
カイが覗き込む。
「北……?」
ミナが地図を見る。
「この先に、何かあるみたい」
ガイアが低く呟く。
『罠かもしれない』
レオは紙を握る。
「それでも行く」
「決めるの早いな」
カイが笑う。
「だって、あの扉を放っておけないだろ」
ミナも頷く。
「私も行く」
カイが剣を肩に担ぐ。
「俺もだ」
ガイアが笑う。
『当然だろ』
守護者もレオの隣へ立つ。
レオは三人と一体を見た。
「行こう」
北へ。
黒い扉の謎を解くために。
そして――
境界の裂け目を完全に閉じるために。
だが誰も気づいていなかった。
先ほど黒い霧の中へ消えた男が、森のさらに奥から彼らを見ていることに。
男の手には――
黒く染まった境界監視者の紋章。
そして、その中央には小さな亀裂が入っていた。
――第103話・完――




