第百六十三話 『帰還』
ロベルクたちがイルグナッシュに戻ったのは、暦も四番目の風月に改まった頃だった。
そこでロベルクは、思いもかけない人物たちと再会した。
「待っていたよセラーナ嬢……いや王女! ついでにロベルク!」
カンムーで別れたはずのシャンリンが、小柄な女剣士と側近のイーザン、クイントを連れて出迎えた。
「ジェンタイ……いや、今日はシャンリンとして来たのか?」
ロベルクはシャンリンが公人として来ていることを察知して跪礼しようとする。当然セラーナは立礼だ。
「おいおい、やめてくれよロベルク。戦友じゃないか。あと『殿下』もやめろよな」
「?」
「ありがと、シャンリン」
セラーナが、代わって返答する。
ロベルクもセラーナの手本を頼りに、立ち上がり、立礼に変えた。
「シャンリン、どうしてここに?」
「実はな……ふた月ほど前に、ウインガルド王国の使者を名乗る『魔導師のノル』『司祭のスリカ』というふたり組が現れて、王国の復活と、ジオ帝国の侵攻に晒されているという情報を齎していったのさ……」
シャンリンは皇太子の威厳をどこかに打ち捨てた調子で語り始めた。
「……手紙の封蝋が雑な作りだったから偽物かと思ったけど、紙からセラーナ嬢の香りがした。それでノル殿に、『王女とは華奢な美少女で、黒髪を後ろでひとつ結びにしているか』と聞いたら、そのとおりだと来たもんだ。これはカンムーの恩が返せると、船団を率いてウインガルド領までやってきた、というわけさ。途中の海岸線にウインガルド領へ向かうジオ軍の一団がいたから、片付けておいたぞ」
「それって……」
セラーナが横に控えていたリーシに視線を送ると、彼女は大きく頷いた。
「シャンリン殿下が率いられた船団が、我が国に向かっていたジオ独立遊撃軍第二軍を攻撃、殲滅してくださったのです」
セラーナは目を見張った。小さな町で救った親子の恩が、国家の危機を救うとは。
セラーナはシャンリンに向き直り、深々と頭を下げた。
「ウインガルドが挟撃される危機から救っていただき、王国を代表して御礼申し上げます」
「よせよせ。師を救ってくれた礼だ。それに、俺にも嘉事があったんだ」
「え、なになに?」
セラーナは早速公人の固さを打ち捨てた。
「実はな……リンノを正室に迎えようと思っている」
「ええええっ!」
ロベルクとセラーナの声が重なった。
「おいジェンタイ……じゃなかった、シャンリン、どういうことだ!?」
「いくらリンノがあなたのことを好いてるからって、早すぎじゃ……?」
「いやあ……」
シャンリンは一瞬、遊び人の表情を浮かべかけたが、すぐにいつになく真面目な顔になつた。
「俺の地位、財産、ついでに閨の技、そんなのは関係なしに俺自身を好いてくれる……そこがたまらなく愛おしくなってしまってな。トーゾーが貴族に復帰してくれたから、障害も殆どない」
「それはもう、おめでとうとしか言いようがないな」
ロベルクは心の底からシャンリンの婚約を祝福した。
シャンリンはひとしきり祝賀を受け取ると、再び軽薄な顔を作った。
「そういうロベルクも、少し見ない間に『男』の顔になったじゃないか?」
「? 僕は元から男だが?」
「ロベルク、そういうことじゃないわよ」
横にいたセラーナが、ロベルクの肘に腕を絡めた。心なしか頬が紅潮している。
「いいね。君たちも、お幸せに」
「もう十分幸せよ」
「?」
腑に落ちないロベルク。
そこに、砂漠の民の正装をした男が近づいてきた。
「いえいえ、ロベルクさん、シャンリン殿下がお仰るように、随分凛々しくなられましたぞ!」
「キアラシュさん!」
キアラシュは上機嫌に笑いながら話の輪に入った。
「キアラシュさんまで来てくれるとは!」
「キアラシュ殿は、わざわざ兵を率いて、イルグネ周辺をジオ残党から守ってくださったのだ」
リーシの横にいたアルフリスが改めてキアラシュに礼をする。キアラシュは手を振って謙遜した。
「ロベルクさんへの礼もありますが、東西エトラルカを繋ぐ地峡がウインガルド領に戻ると、交易が再開され、我がフルシャマルも潤うという下心もありますので、どうかお気にさいませぬよう」
ロベルクは相好顔を綻ばせた。
「下心も口に出すと信頼になる」
「ロベルクさんには敵いませんな」
キアラシュが笑った。
ロベルクも笑った。
一同、皆笑っている。
ヴォルワーグは討たれ、ジオ軍は去った。
ウインガルドの精神的支柱であるセラーナ王女が戻り、ウインガルドは再びウインガルド人の手に戻ってきた。
この日、ウインガルド人達は久しぶりに心から笑った。
城では、終戦直後とあって何の技巧もないが、量だけたくさんの食事を用意し、激戦をくぐり抜けたウインガルド軍と、多大な助力を提供したシージィ、フルシャマル軍の将兵とで、盛大な晩餐が催された。
市井では食糧庫が開かれ、倹約と無償支援を続けてきた領民に振る舞われた。
晩餐もたけなわとなったとき、セラーナは壇上に上がり、一同に向けて挨拶を始めた。
「お集まりいただいた皆様のおかげで、わたくしたちはウインガルド王国を奪還することができました。臣民の忠勤、そして友好国のご助力のたまものです。心から感謝申し上げます。これから王国は、復興へ向けて進んでいきます。わたくしも君主としての政務は日が浅いですが、精一杯取り組んでいきます……ロベルクと一緒に」
一同の視線がロベルクに突き刺さる。
「え……ええ……ああ……」
ロベルクは一瞬疑問符を浮かべかけたが、直後に腑に落ちた。この約束はリグレフ王国にいたときから交わされていたものだ。
「おじょ……」
「素晴らしい!」
アルフリスが口を開きかけたのをシャンリンが遮った。
「ロベルクは、ウインガルドに向かう途中、急ぎの旅であるにもかかわらず我が家臣の危機を救ってくれた。そして、聞けば独立戦争においても、国土の隅から隅まで駆け回り、雌伏する領主領民に決起を促したり、援軍の要請をしたり、三面六臂の活躍だったと聞いている。さらにはリアノイ・エセナに単身乗り込み、拉致されたセラーナ王女の救出まで行ったそうではないか。これほどウインガルドを、そしてセラーナ王女を愛する御仁は他にいないであろう!」
広間を賛意の歓声が満たす。
アルフリスは黙らざるを得なかった。
表情筋が複雑に動いているアフフリスの元に、キアラシュがそっと寄ってきた。
「アルフリス殿も分かっているのでしょう? 功績以前に、あのふたりの絆はもはや切れがたいということを」
「…………」
「彼女は大人になられたのです。送り出しましょう、あなたの『お嬢』を」
「……立派な……うぐぅ……ご挨拶でございました……」
アルフリスは壁際に引き、人知れず涙を拭った。




