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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十五章  僕たちの故郷

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第百六十二話 『暗雲消え去り』

 フォラントゥーリは、ロベルクからもヴォルワーグからも離れた場所で、ぽつんと立っていた。先程までの全てを混沌に染めようとする威容は失われ、その姿すら儚く揺らいでいるかのようだ。


「…………」


 ロベルクは霊剣を構え直そうとして、やめた。


「あれ(・・)にはもう、敵意はない」


 フィスィアーダが確認するように呟いた。

 フォラントゥーリが、虚ろなフードの中をロベルクたちの方へ向ける。


「汝らの働きで、『命あるもの』に取り込まれずに済んだ。礼を言う」

「セラーナの姉上はどうした」


 ロベルクの言葉に、胸のあたりへ視線を落とすフォラントゥーリ。


「レサーレ大将軍……いやレサリアは、我(われ)と混じり合っている。あの者の、我を無条件に必要とする感情を受け取り、冥界に送るより我と共にあるのが相応しいと判断した」

「違うよ」


 否定したセラーナの頬には涙が流れ続けていた。


「それが……愛されたってことよ」

「愛……」

「覚えていてほしい」


 セラーナの言葉に、フォラントゥーリは首を傾げる。その身体は徐々に消え始めていた。


「我は力を使い過ぎた。精霊界に戻らねばならぬ」


 フォラントゥーリの身体は輪郭を失い、黒い霧になりつつあった。


「愛……か……」


 呟きとともに、闇の御使いフォラントゥーリは消えた。

 残された、ふたりとひと柱。


「これで、よかったのか?」


 ロベルクがセラーナの様子を窺うと、彼女は涙を流したまま笑みを浮かべた。


「うん。姉様は、後悔してないと思う」


 セラーナには分かった。レサリアがフォラントゥーリと一体化する直前に見せた目――あの目は自分がロベルクを見る目と、きっと同じだ。


 微かな、金属音。


 フォラントゥーリが立っていた辺りだ。彼が存在した形跡は、黒い塵のひとかけらすらもない。

 それでもセラーナは、音がした場所を探る。暫くしてなにかを拾い上げ、大切そうに両手で包むように胸に当てた。


「セラー……」


 ロベルクが歩み寄る。

 セラーナは泣いていた。ロベルクが側に来たことに気付くと、胸に当てていた物を見せた。


「指輪……?」

「姉様のよ。小さい頃、姉様が駄々をこねて母様から貰った。母様の指輪なの……」


 セラーナはロベルクの胸に顔をうずめると、静かに嗚咽した。

 ロベルクは「うん」と答えると、彼女の頭を優しく撫でる。


「……有り得ない」


 ふたりの様子を眺めていたフィスィアーダが呟く。


「……有り得ない、通常なら。混沌に溶けることを受け入れていた『命ある者』の精神の片隅に、強烈な保存の意思があって、それがまるで結晶化したかのように指輪を形作ったのか」

「なんでもいいわ」


 顔を上げ、涙を拭うセラーナ。


「きっと姉様は旅立つ前に、母様との思い出をあたしに譲ってくれたの」

 セラーナが指輪を嵌める。ただの貴金属製の指輪――しかし彼女にとっては、無限の価値を持つ指輪だ。


「帰ろう」


 ロベルクが短く宣言する。

 闇の精霊に冒された者たちの肉体は既に霧散し、湖畔は混沌を拒むかのように、連綿と続いてきた輝く景色を取り戻していた。

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