第百五十七話 『討つ』
ウインガルド軍が街道の入り口に布陣したジオ軍を撃破するのに、一刻(約二時間)を要した。決してウインガルド軍の練度が低かったわけでも、メタレス聖騎士団との連携が弱かったからでも、ロベルクが環境の壊滅を嫌って魔法の威力を絞ったからでもない。ジオ軍の決死の抵抗に阻まれたとしか言いようがなかった。
熾烈な抵抗に、ウインガルド軍は一連の戦闘で最大である千十八名の死者を出した。敵軍の二倍弱の兵力で攻撃したにも関わらず、だ。全軍が一万に満たないウインガルド軍としては大打撃である。
「逃亡者は捨て置け」
アルフリスの命により、イルグナッシュの開墾範囲から逃亡した敵の追撃は行われなかった。
それより差し迫った課題は、北に逃亡したヴォルワーグ皇子の追討と南から接近との情報があったジオ軍の迎撃という二正面作戦である。
ヴォルワーグ皇子が闇の精霊に侵され人外のものになっていることは、各隊長級には周知されていた。それを前提にリーシが立案した作戦は、
一、南部から侵攻してくるジオ軍に対しては、現有兵力の半数をイルグネに送って
籠城。
二、ヴォルワーグ皇子追討には、少数の精鋭をもってあたる。
というものだった。
少数の精鋭として白羽の矢が立ったのは、ロベルクとフィスィアーダだ。彼らには斥候、伝令兵二名、荷役兵が付けられ、それぞれに馬が与えられた。人員一人ひとりが貴重なウインガルド軍にあって、支援要員が付けられたのは大変手厚いといえる。一騎当千の協力者をふたりも自軍から捻出したということは、ヴォルワーグという人外の存在が生存していることによって、ウインガルドの国土と臣民が受ける危険がどれだけ大きく、また大きかったか、ということを現していた。ヴォルワーグ討伐は、ウインガルドの安全保障上避けては通れない使命だ。
捕虜と死体の検分が行われている中、追撃隊は重責と期待を背負って慌ただしく出発した。
アルフリスは、ロベルクたちの姿が街道から見えなくなるまで見送った。その目には信頼の色が浮かんでいた。彼らが敵味方とも死体を埋葬し、捕虜を連れてイルグナッシュに帰還したのは日が落ちたあとだった。
北門をくぐり、廃墟が立ち並ぶ北街区に入ったウインガルド軍に、南街区から走ってきたとおぼしき伝令兵が転がり込むように駆け寄った。伝令兵は隊長であるアルフリスを前に下馬しようとしたが、焦りで靴が鐙から外れず、そのまま泡を食った様子で口を開いた。
「王女殿下をお見かけしませんでしたか?」
「!? ……やられた……」
その言葉を聞いたアルフリスは、一瞬でなにが起こったのか理解した。
(姫が……こっそりロベルクについていったのだ……)
アルフリスは額に跳ね上げた面頬に籠手の掌を当てると、天を仰いだ。
「うっ……くぅっ!」
駆ける馬上で、フィスィアーダが急に呻き、危うく落馬しそうになった。
初めて聞くフィスィアーダの苦しげな声に、一同はぎょっとして彼女を見た。
「どうした、フィスィアーダ?」
「……来た」
「来た?」
「巨大な混沌が……闇の御使いが、来た」
フィスィアーダの神託めいた言葉に、緊張が走る。
「ど……どこだ?」
「馬で半日くらい先。小さな闇と合流した……精霊の均衡を乱した……」
「それはヴォルワーグだろう……離されてはいないようだな」
強大な敵とぶつかるのはまだ先とわかり、一同は緊張の度合いを一段下げた。
だが、フィスィアーダは言葉を続けた。
「この中に……いる」
不吉な言葉に斥候がびくっと肩を震わす。
「おいおい女神様、『裏切り者が』とか言わねぇでくだせぇよ」
斥候が不安に耐えかねて茶化すが、フィスィアーダはそのまま伝令兵のひとりを指差した。
「汝……セラーナでしょう。顔を隠しても精霊の動きでわかる」
「はあっ!?」
四つの声が見事に重なる。今度こそ馬の歩みが止まった。
目深にフードを被り、襟巻きを立てた伝令兵は、ふうっと溜め息を吐くとフードと襟巻きを外した。
「あーあ。全く、フィスィアーダにはかなわないわ」
「セラーナ!」
ロベルクはこめかみに指を当て、首を振る。
「なんてことをしたんだ。これから対決する相手は混沌に侵された危険な男なんだぞ。君に執着して国中の女性を虐げた狂人だ。それに君はもうウインガルド王国の代表だ。冒険者としての実力とは関係なしに、こんな追跡についてきてはいけない地位と責任があるんだぞ?」
「わかってる」
セラーナは静かに、しかしきっぱりと答えた。
「捕虜と死体の中に姉様はいなかった。まだ生きているなら、ちゃんと話したい。なぜジオに与するのか、なぜあたしたちが生きてると知ってなお敵対するのか」
「でも、彼女は魔獣使いだ。額冠によって操られている。もう話は通じないかもしれないんだ!」
「……もうだめなら……あたしの手で討たなきゃならない」
セラーナの言葉は静かで、それでいて断固とした意志で満たされていた。
「……お願い、ロベルク」
ロベルクにはもはや止める言葉を持ち合わせていなかった。
「……わかった。でも、危なかったら力尽くで下がらせる。リグレフのときとは違うんだ。それもわかるね?」
頷くセラーナ。
一行は再び馬に鞭を与えた。




