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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十四章  帰還戦争

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第百五十一話 『主塔の攻防』

 セラーナは敵の視線を避けつつ、中庭の戦況を見守った。

 敵の内、四体が離脱する。二体が城塔へと飛んだ。残り二体は、方向転換の角度から考えるに、ここ――主塔を狙っているだろう。


 ウインガルド軍はここまでの訓練で、正規軍といって差し支えない速さで隊列を組むことができている。遠隔攻撃兵が既に杖や弓弩を構え、近接戦を担当する兵は盾を構えて待ち構える。

 弩砲は出していない。発射準備をする余裕がなかったので、適切な判断だったと言えるだろう。


「引きつけて……引きつけて……」


 旅団長のうわずった声が微かに聞こえてくる。相手はドラゴンとワイバーンだ。その命令を下すことができただけでも十分冷静さを残しているといえた。


「放て!」


 鋭い命令と共に、魔法と矢と太矢がドラゴンに向けて飛ぶ。鉄の皮膚を持つような身の守りに特化した魔物でなければ、幾ばくかの苦痛を与えることができる距離まで引きつけた。

 しかし、先頭を飛ぶドラゴンは、柔らかい羽を畳み、落下する様な速度で突っ込んできた。魔法はドラゴン自身の魔法防御で、矢や太矢は空力で受け流し、瞬きする間もなく襲いかかってきた。

 口を開き、雷の息を放つ。

 空を割くような轟音が響き、隊列が手前から奥に向けて直線上に薙ぎ倒される。


「な……」


 誰かが言葉を紡ぐより速くドラゴンは旅団の上空を通り過ぎ、遙か後方で羽ばたきの音を立ててた。

 先頭から数名は、クロスボウを放った直後の姿勢で炭化した。その後ろは見た目には傷こそ殆どないものの、体のあちこちから煙を上げ、仰け反った格好で事切れていた。さらに後方では、多くの者が感電によって得物を取り落として尻餅をつき、不幸な者は心臓の動きを止めていた。

 隊列のほぼひとつが、ドラゴンの一吹きによって丸ごと倒された。ウインガルド軍はこの一瞬で百人以上の戦闘不能者を出していた。

 恐慌を来したウインガルド軍の上空を、さらに三体のワイバーンが通り過ぎる。爪と毒針と、乗り手の槍によってさらに八人が倒れ伏す。


「盾持ちを切らすな! 幾らかは命中したぞ……祖国を守るのだ!」


 旅団長の枯れた叫びが聞こえてきた。


「……まずいわね。ドラゴンとは……」


 独りごちるセラーナ。

 領主の間と繋がった主塔の屋上テラスに、重い音が響いた。


「来た」


 セラーナの言葉に、兵たちが緊張を高める。

 領主の間に繋がる分厚い木製扉に、なにかがぶつかる。ワイバーンが蹴っているのか――


「扉が開くと共に突撃……」


 大隊長の言葉を身振りで遮るセラーナ。静まった室内に、扉を打つ音。そして遠くからは鬨の声や金属の打ち合わされる音が届く。


「半数は引いた状態のクロスボウを持って密かに上の戦闘台へ。ワイバーンの姿が見えたら各中隊長の合図で一射した後、退避。残り半数は扉が破られた瞬間に室内から槍で攻撃します。始めてください」


 兵たちが半数ずつに分かれ、クロスボウに太矢を装填し始め、また自身の武器の他に長槍を用意する。弓を持った兵は静かに上階へと上がり、槍を持った兵は扉を半包囲した。

 扉の補強板から金属鋲が抜ける。頑丈な筈の蝶番が飴のようにねじ曲がる。分厚い木の板材が大型動物の呻きの様な軋み音を立てる。


 さらに打ち付けられること数度――

 扉は砕け、室内に木片と鉄片を撒き散らした。


「よし、行……」


 大隊長が号令を掛けようとした瞬間、扉から現れたのは頭ではなく、尾であった。尾は電光の突きを直線的に放ち、扉の正面に立っていた兵二名を小剣のような毒針で貫いた。

 扉から距離を取らされていたセラーナが真っ先に反応する。


「離れて!」


 兵たちは一斉に距離を取り、扉を中心とした半円は半径を大きくする。

 続いて扉をくぐったのは、ワイバーンの首だ。占いの水晶玉が濁ったような目で素早く周囲を見回すと、最も近そうな兵士に口を開けて噛み付こうとする。兵士は間一髪で倒れ込むように仰け反る。ワイバーンは半瞬前まで兵士の肉体があった場所に噛み付くと、ごりっ、と上下の牙を打ち鳴らす不快な音を立てた。

 首が引っ込む。

 次いで、女が侵入してきた。年の頃は十七、八。セラーナより少々年上に見える。長い赤毛の直毛を振り乱している。魔獣軍の黒い肩当てを付け、右手に小剣、左手にマン・ゴーシュという手甲付きの防御用小剣を握っている。その姿の可憐さと妖艶さに、兵たちは一瞬言葉を失った。


「突けっ!」


 見た目に惑わされなかった大隊長が号令を叫ぶ。

 兵たちはほぼ反射的に、槍を繰り出した。


「あはっ」


 赤毛の魔獣使いは飛び上がり、半包囲から繰り出されて花びらのように並んだ槍の柄の上に飛び乗ると、反動で扉の方へ跳び退る。


 乱戦になった。

 兵は即座に武器を短い物に持ち替え、斬りかかる。


「あははっ! どれから斬ってやろうかなぁ……お前だ!」


 魔獣使いは巧みに位置を変え、背後を取られないように立ち回り、次々と深手を追わせていく。兵はひとり、またひとりと自身の血だまりの中に倒れ伏した。


「五十人いて押さえ込めないのかっ!」


 大隊長が叱咤する。

 そのとき、階上から大勢の兵が下りてきた。


「ワイバーンが一体、倒れたぞ!」


 その言葉を聞いた魔獣使いの全身が僅かに硬直する。口元から笑みが消えた。

 その隙を半包囲の死角で見守っていたセラーナは見逃さなかった。懐から投擲用短剣を抜き、小剣を閃かせると、兵たちの足下を縫って飛び出し、閃光の如く魔獣使いに飛び掛かる。

 魔獣使いの繰り出す小剣を短剣で受け流し、構えが開いたところに必殺の突きを繰り出した。


「セラーナ……王……じょ⁉」


 その言葉を紡ぎ終わった直後、短剣の切っ先が赤毛の魔獣使いの額から額冠を弾き飛ばした。


「あれ? わた……」


 それが魔獣使いの最期の言葉になった。急に動きを止めた魔獣使いの全身に、兵たちの剣先が突き刺さる。

 セラーナには止める間もなかったが、多数の同胞を殺した魔獣使いを助命するのもおかしなことだと割り切った。


「もうひとり、魔獣使いがいるはず。テラスから敵を一掃するわ。動ける人は準備して!」


 口調が崩れていることも気にせず指示を出すセラーナ。

 兵たちは疲れを押して領主の間に集合し直し、準備をする。魔獣使いの死体を脇にどかして布を被せる。刃から血を拭い、クロスボウを装填し直す。傷が浅い者は布を巻いて止血をする。


 セラーナは懐に短剣をしまい、一息つく。

 直後、採光窓と階段上から羽ばたきの音が聞こえてきた。重い。ワイバーンの羽ばたきとは比較にならない。


 いる。直上だ。


「階段を下りて! みんな伏せて!」


 セラーナは叫びながら、ソファの陰に転がり込む。

 直後、空気を割るような音が室内を満たした。青いドラゴンが階上から雷の息を吹き込んだのだ。


「ぐっ、うぅぅぅ!」


 セラーナは全身の筋肉が硬直するのを感じた。視界に入る黒髪が帯電し、針葉樹のように散る。握った小剣を取り落とさないように耐えるのがやっとだった。

 耳から残響が完全に抜けるのにも暫くの時間を要した。


「みんな、無事……」


 言いながら立ち上がったセラーナは言葉を失った。

階段にいた兵士は皆焼け焦げて炭化していた。階段近くの兵は動かない者が多い。その他は全身を仰け反らせたり倒れ伏したりしているが、どうにか生きている。戦闘を継続できるのは二十人程度か。羊皮紙や木製の家具が焼け焦げている。


 セラーナは意を決した。


「テラスを出入りして、撹乱しながら戦いましょう。このままでは主塔の中で焼き殺される」


 即座に立ち上がることができたのは十九人。セラーナはうち二人を手当のために残し、テラスへと飛び出した。十七人の兵も後に続く。盾持ちがセラーナの前にしゃがみ、弓箭兵はいつでも発射できるよう構える。


 セラーナは素早く周囲を確認する。

 正面にワイバーンに乗った魔獣使いがいた。先程射落としたワイバーンは、倒した魔獣使いのものであったらしい。

 青いドラゴンは戦闘台を飛び立ち、羽ばたきながらセラーナの前に着地する。


「奴は死ぬ直前に情報を送って寄越した。素晴らしい働きだった。やはり獲物は燻り出すに限る」

「えっ……」


 その声を聞いたセラーナは、青いドラゴンの乗り手を熟視した。

 肩までの長さで切られた亜麻色の髪。

 (はしばみ)色の瞳。

 白い肌。

 セラーナの体は小さく震えた。


「レサリア……姉様……」


 見間違うはずがなかった。

 聞き間違うはずがなかった。

 リアノイ・エセナ脱出後、その消息が知れなかった姉、レサリア・シルフィーネの姿が、そこにあった。

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