第百五十話 『急所』
打ち出し機の力で垂直に離陸したワイバーンたちは空中で隊列を組む。大将軍レサーレの駆るドラゴンを先頭とした魚鱗陣を組み、羽ばたきながらイルグナッシュの城壁上空へと近づいていく。
『イルグナッシュの結界は半球状だ。過剰に接近しなければ大丈夫だ』
レサーレの脳内にフォラントゥーリの声が響く。彼女は声に従ってドラゴンを操り、城壁の直上を超えた。もし対侵入結界が垂直に伸びるものだったら、結界に引っかかり、愛竜とともに地面に叩き付けられることになるのだが、彼女はフォラントゥーリの言葉を微塵も疑う素振りを見せなかった。
(やれ)
『操魔の額冠』に思念を送り合図をする。
付き従うワイバーンが、鉤爪に引っ掛けた袋を裂く。破れた袋の中から黒ずんだ固体がばら撒かれた。袋の中身は、ドラゴンとワイバーンの糞である。
レサーレの駆るドラゴンは糞を撒く作業に参加していない。
(エムロットが嫌がるもので)
『ドラゴンは気位が高いから、致し方ない』
(それで、糞がなにかの役に立つのでしょうか?)
『ただの糞ではだめだ。魔物の糞だから意味がある。見ていろ』
散布された糞が落下していく。半球状なら、じきに対侵入結界の高度だ。
次の瞬間、なにもないはずの空中で爆発が起きた。色とりどりの爆発は美しくもあるが、その正体は複数の精霊による攻撃だ。魔物特有の精霊力を感知して攻撃を行う仕組みになっている。物理的な衝撃を発する光の精霊、精神を破壊する闇の精霊、高熱で焼き尽くす火の精霊、その他にもあらゆる属性の攻撃が加えられているのだ。糞も魔物から出たものであれば例外ではない。魔物が触れればほぼ命を落とす。ドラゴンのような高位の魔物でも、重傷は免れられない。そして知性ある高位の魔物ほど、そのような場所に近づかない。痛いからだ。
(!)
レサーレは見た。色鮮やかな爆発の中に、無反応な場所があることを。
『対侵入結界の綻びが見えたな。そこから侵入しろ。脱出はエムロットが綻びの場所を記憶しているから大丈夫だ』
(はい)
レサーレは再び思念で、侵入開始の合図を出す。
手綱を操り、落下するような速度で結界の綻びをすり抜ける。七体のワイバーンもそれに続き、降下した。縦隊に並び直した魔獣軍は結界の内側を飛ぶ。一直線に目指すのは、イルグナッシュ城だ。
(あそこがウインガルド王国の急所だ)
レサーレは極め事務的な判断を下す。
城塔の見張りがこちらを指さし、慌てた様子で塔内へと駆け込む。喇叭の音が鳴り始めた。
(主塔と城塔の制圧にふたりずつ、あとは私に続け)
主塔と城塔から弩砲の先端が顔を出す。数は少ない。サンバース公爵がイルグナッシュを放棄するときに、防衛のための武器を破壊したためだ。
四体のワイバーンが編隊から離れ、弩砲と弓箭兵の射撃を避けて真上から塔へと近づいていく。
中庭に、兵が集結しつつあった。ウインガルド兵たちは、ワイバーンを従えたドラゴンの姿に腰が引けているが、それでも隊列を組み、こちらに弓やクロスボウを向けている。
(王女を守らんとするその意気やよし)
レサーレは微笑むと、ドラゴンを降下させた。
「エムロット、先頭集団に雷の息を喰らわせてやれ」
ドラゴンは、狙いを定めようとする弓箭兵の集団に襲いかかった。
城塔の見張りをしていた兵士は、北西の上空に奇妙なものを見た。相方を呼び、指さす。
「あれはなんだ?」
「鳥か? 渡り鳥にしては数が少ないし、大きい。魔物の可能性も……」
それらは城壁の上空で旋回しながら、なにかを撒き始めた。
直後、それらは空中で七色の爆発を起こす。二瞬の後、鼓膜を揺るがす破裂音。
「空が……燃えている……」
「いや、見ろ!」
相方が指さした先には、爆発を起こしていない亀裂状の空間があった。
「あ……穴……?」
その空間を正確にくぐり抜け、それらはイルグナッシュ上空に侵入した。見張りのふたりも、それがなんなのか目視で確認できた。
「ワイバーンと、ド……ド……」
相方が一瞬早く我に返り、城塔の中に飛び込んだ。彼は喇叭を引っ掴むと、力一杯に吹き鳴らした。
即座に、他の城塔、主塔、城門棟など、あらゆる場所から喇叭の音が鳴り始める。
安全性が最も高い筈の指令の中枢が、戦場になろうとしていた。
「敵襲!」
「なぜだ? 市門はひとつも抜かれていないぞ!」
主塔では、義勇軍出身の旅団長たちが右往左往していた。
「秘密の抜け道でもあったのか?」
「イルグネには作られていたそうだからな……」
はっとして立ち上がるセラーナ。戦時のためドレスなどは纏っておらず、旅のときと同じ、赤い短衣姿だ。彼女は歩廊へと駆け出すと、空を見回す。
(あった……)
対侵入結界による爆発。そして爆発の起こっていない亀裂のような空間。それを背に八体の魔物がこちらを目指して飛行していた。
(レイスリッドが言っていたのは、あれ?)
知らされていた。しかし、それをなんとかできる技術、そして技術者がいなかった。
城塔に取り付けられた弩砲が打ち出される。ワイバーンはそれを難なく回避すると、城塔の屋根に飛びついた。尻尾がしなり、瞬く間に二名の兵士を城塔から叩き落とした。
「レイスリッドと近しい実力の魔導師……ジオにはいるのね」
知らされていた――そのおかげでセラーナの狼狽は一瞬で消え失せた。彼女は即座に室内に駆け込む。旅団長と文官たちの目がセラーナをに集まる。
セラーナは努めて威厳を含ませた声色で宣言した。
「敵が対侵入結界の綻びを突き、空中より街に侵入しました。陣容はドラゴン一、ワイバーン七。我々はこれより迎撃にあたります。いまここにいる二旅(約千人)の兵力を全て中庭に布陣し、迎撃します」
「お待ちください。それでは殿下の護衛ができません。中庭に布陣できるのは一旅です。残り半数は殿下の護衛として……」
「兵力分散は愚策です。わたくしの身などに、それほどの兵を割く余裕はありません」
「ですが!」
「……わかりました。では、わたくしの護衛として一大隊(約百人)を残してください。他は全て魔獣の迎撃に」
「……承知しました」
唸りを交えて受け入れる旅団長。
義勇軍出身の隊長が指揮する大隊が残り、他はすべて駆け足で領主の間を下りていった。




