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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十四章  帰還戦争

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第百四十九話 『怒濤』

 ヴォルワーグが反射的に投げた銀杯は、斥候からの情報を取りまとめて報告に来た近衛騎士を掠めて地面を跳ねた。左右に侍らせていた多くの女達が短い悲鳴を上げる。


 ロベルク隊の落伍者回収から少々時を遡る。

 攻城投石機の破壊に苛立っていたヴォルワーグは、再び火に油を注ぐような報告を聞かざるを得ない状況に陥っていた。


「ロブスリッカー……いや、ゼンデル伯爵の兵団が壊滅した? 二旅(約千人)もいて? 一体、どんな大軍とぶつかったのか」

「ウインガルド騎兵、千人の隊です」

「!」


 かっとして立ち上がりかけるヴォルワーグ。今度は手に投げる物がなかったせいか、数度呼吸して、肘掛けの付いた豪華な床机にゆっくりと腰掛け直した。

 膝をついて恐縮し続けている近衛騎士は、その呼吸音にますます縮み上がった。


「まあまあ殿下」


 床机の横に侍っていた女の中でただひとり悲鳴を上げなかった、金髪を肩に届かぬほど短く切った美女が、ヴォルワーグを慰める。


「……戦場の風の精霊が不自然に緩慢だったとの報告も上がっています。また、ゼンデル伯爵は自信をもって出陣しましたが、戦の経験はありませんでした。騎士千人の相手は荷が勝ちすぎましたわね」

「辛辣だな、メアリ」


 ヴォルワーグがその姿を見て怒りを収める。

 この美女はメアリ・ツァイトロエーノといい、ジオ五王家のひとつであるツァイトロエーノ公爵家の娘である。ヴォルワーグがウインガルドの王女に執心であることを理解した上で、彼の妾として帝室に入った。北方の人間であるメアリは、輝くような金髪と森妖精もかくやという透けるような白い肌をもつ美女であったが、ヴォルワーグの寵愛を受けるでもなく、また本人も閨での睦みごとに関心をもつ様子もない。メアリは自身の知性と集団を束ねる力をもって、愛情ではなく実力の見返りとしてヴォルワーグの側に侍ることを許された、珍しい妾であった。ヴォルワーグとしても、彼女が後嗣を生むために遣わされたことを理解していたが、寝台の上よりも政治や軍事の場でこそ輝く彼女を、珍しく情欲抜きで重用していた。この戦においても、父より与えられた私兵三千を率いている。


「ついでになにか良い知らせでも出してくれれば最高なんだが」

「ございますよ、殿下」


 ヴォルワーグは「ほう?」と興味を示す。

 メアリが話を続けた。


「本国より進軍中の帝国独立遊撃軍第二軍、五千人がまもなく国境を越えます。あと十五日ほどでこちらに」

「十五日か……兵糧は十分もつな」


 ヴォルワーグは吉報に機嫌をよくした。これで南門側も監視で終わらせるだけでなく、南北挟撃が可能になる。


「風は……」

「精霊使いからの報告では、未だ機敏さを取り戻していない模様ですわ」


 即答するメアリに、ヴォルワーグは満足げに口角を吊り上げた。この先見性と思考の機敏さこそ、メアリの能力である。ヴォルワーグの中で、メアリだけでなく、ツァイトロエーノ家の評価が上がる。彼は目の前に広げられたイルグナッシュの略地図を見遣ると、立ち上がった。近衛騎士に命令を伝える。


「明日より総攻撃を行う。馬の伝令を使おう。精霊が使えないなら、そのほうが確実だ」

「東門を攻略中のペウゲ侯爵と、南門を攻略中のヨッセ将軍への連絡は、いかがされますか」

「奴らの現在の使命は脱走者を漏らさないこと。その二つへの連絡は明朝に間に合わなくてもよい」

「はっ」


 近衛騎士は一礼すると豪奢な本陣の天幕を後にした。

 後にはヴォルワーグと女達が残った。


「メアリは本陣横に隊を下げろ。聖騎士達と共に本陣を守れ」

「承知いたしました」


 メアリが踵を返す。

 その姿が見えなくなると、ヴォルワーグは新たな銀杯に酒を注がせた。


「……がつがつと子種を欲しがらないところが、いい女だ」


 彼は酒をあおると、女達を引き連れて寝所へと消えた。

 そしてほぼ同時に、早馬が夜闇を裂いて各隊へと散った。





 深夜。

 魔獣軍大将軍レサーレは、就寝中に早馬到着の報を受け取った。恐縮する部将を笑顔で下がらせると、明日の作戦行動について考えを巡らせ始めた。


「『明朝、総攻撃』か。では我々は、ドラゴンとワイバーンで城壁の結界に沿って弓箭兵を片付けつつ、運搬用シデロケラス五体を城門の破壊に……」


 言いかけたレサーレが急に口を閉じる。思考への干渉を感じると共に、額冠の宝石が輝き始めた。


『話は聞かせてもらった。城門はグロッド将軍に任せ、汝はドラゴンとワイバーンを率い、空中から壁内を攻撃しろ。第二から第四軍の将軍たちが駆るワイバーンも含め、空中戦力は全て投入しろ』


 脳内にフォラントゥーリ府主教の声が響く。


(しかしイルグナッシュは城壁に結界を備えています。魔獣たちは無事に通り抜けることはできないでしょう)

『イルグナッシュの結界には目に見えぬ綻びがある。(われ)が策を授けよう……』


 同時にレサーレの脳内に、フォラントゥーリからの作戦とそれを説明する声が流れ込んできた。


(……承知しました)


 レサーレの返答を聞くと、額冠の宝石は満足そうに光を消した。





 水月(みずつき)六日。

 早朝より太鼓の音が戦場に木霊した。

 至る所に大小の窪みが空いた城壁の上から眺めるロベルクたちの前で、ジオ軍が波濤のように寄せ始めた。南門と東門を押さえる部隊を引いてもなお三万五千を下らないジオ軍は、地を帯の様に覆い、イルグナッシュを絞め殺そうとしているかのようだ。

 集団戦の経験がない小隊長や斥候が胃を掴んで吐き気に耐えている。いま目の前に、自分を飲み込もうとする巨大なモノが迫ってきているのだから無理もない。

 リーシが小隊長と斥候を呼ぶ。


「本日、我々は城壁の上下に布陣し、防衛する。アルフリス隊から半分、援軍を借りてきてくれ。仕事は北門封鎖及び門前広場の防御柵補強と、防衛だ」


 小隊長と斥候は即座に駆け出した。


「……領民にこの光景を見せずに済んでよかったな」


 ロベルクが誰にともなく呟く。集団戦闘の経験者であるロベルクでさえ、この景色は神経をひりつかされた。


「リーシが領民を避難させていたおかげだ」

「万一を考えての避難だったんだけどね。本当は住処や家財だって傷つけたくないけど……そんな手ぬるい戦術では勝たせてもらえなさそうだよ」

「セラーナは嫌がるかも知れないけど……あらゆる手を使わないといけないと思っている」

「ロベルク……」


 リーシは敵から視線をロベルクに移した。我が事の様に心を痛めている顔だ。


「ロベルク……この戦い、本気……いや、領地が使い物になる程度に暴れてほしい。『ウインガルド人の手で』などと、生易しいことは言ってられなさそうだ」

「任せてくれ。旅に出てこっち、規模を絞る局面ばかりだったからな」


 リーシ隊とロベルク隊が城壁に集結し始めた。昨夜回収された兵たちは半数が命を取り留め、なおかつメイハースレアルの力によって欠損も含めて肉体を完全回復された。しかし、その中の幾名かは、戦闘と重傷と人知を超えた回復によって心に傷を負ってしまい、戦線を離脱することとなった。被害を低く抑えたとはいえ、じりじりと兵力が減っていくのは明らかである。





 オーク兵の軍勢が突出し始めた。獣皮の簡易的な屋根を備えた破城鎚と、多数の長い(はしご)を運搬している。梯はこちらの城壁の上に届く長さで作られていた。旗が掲げられている。その紋章を肉眼で目視し、リーシは冷や汗を滲ませたのはどうやら自分だけだということに逆に安堵した。


(ジオ妖魔軍。やはりオーク王グロッド率いる第四軍だ! 城門を突破されたら、男は皆殺し、女は老若問わず犯される……)


 リーシは生唾を飲み込んだ。撃ち下ろす立場のウインガルド軍は、先に敵を魔法の射程圏に捉える立場にある。努めて大きく息を吸い、声を張り上げた。


「リーシ隊、ロベルク隊、城門の左右に散れ。精霊使いと魔法使いと弓箭兵を前面に。近接組は梯の位置を見極めて迎撃。敵を城壁に入れるな!」


 兵士はできうる限りの速さで持ち場に向かった。





「僕らも城門の左右に分かれよう。僕が左に行く……地形や気候を変えてはだめだよ」

「わかってる」


 ロベルクはフィスィアーダを残して城門の東側の歩廊へと向かった。

 東側の歩廊も、既に布陣が完了していた。

 精霊使いは既に召喚を終え、魔導師は詠唱を始めている。弓箭兵もまた、準備を終えている。


 じわり、じわりと敵が迫る。

 三万五千の行進が、不気味な音を響かせる。

 武器を構える兵士たちの、張り詰めた息づかい。

 緩慢とした風が揺らめく。


 突如、太鼓が激しく打ち鳴らされた。

 オーク軍が咆吼を撒き散らしながら、北門へと駆け出す。

 思い出したかの様に、自軍の喇叭も吹き鳴らされた。


「前の方を狙え! 少しでも移動の足を乱れさせるんだ! 各自の判断で撃て!」


 ロベルクの指示で、矢と魔法が放たれた。密集して突撃してきたオーク兵は、よける素振りも見せず、疾走しながら攻撃を受けて地に伏す。それを気にとめる様子もなく踏み越えて駆けるオーク兵。


「シャルレグ、薙ぎ払え!」


 虚空に浮かぶ透明なドラゴンから、超低温の息が放たれる。息は、いままさに梯を立てようとしていたオークの群れに直撃し、無様な氷像に変えていく。

 城門の向こうでもフィスィアーダが放った魔法によって無数の氷槍が打ち込まれ、オーク兵を生きながら地に縫い付けていた。

 それでもオーク兵の進軍は止まらない。味方の屍を踏み越えて駆け通しに駆け、城壁と城門に取り付いた。

 地響きと共に、破城鎚が城門に打ち付けられる。

 梯が立てられ、胸壁の上に先端を見せる。一度に十以上も立てかけられた。立つと同時に敵兵が上り始めているので重量があり、押し返してもうまく倒せない。竿状武器を装備した兵のいる場所はうまく外すことができたようだが、そうでない場所は苦戦を強いられていた。

 視界の端で、梯を上り詰めたオーク兵がウインガルド兵に斬られて落ちていくのが見えた。次の瞬間、その兵は胸壁の向こうから伸びてきた腕に鎧を掴まれて城壁の外へと引きずり落とされる。


「梯を上る敵兵に近づきすぎるな!」


 ロベルクは叫びながら、胸壁から見えている数本の梯に向かって氷の槍を撃ち出す。槍の推進力によって、梯が胸壁から離れていく。しかし、そのうちの一本が釣り合いと反動で戻ってきた。


「氷鎚!」


 ロベルクの命令により虚空に現れた氷塊が、空中で体勢を立て直して再び城壁にしなだれかかろうとした梯を押し潰す。


(なんとか、歩廊内への侵入は防げているが……)


 何本押し返し、破壊し続けても、梯は繰り返し立てかけられ、オーク兵が蟻の行列のように上ってくる。自分の命を省みず梯を登ってくるオーク兵に、ウインガルド兵たちは恐怖感を募らせつつあった。


 気付けば、時折曇り空より落ちる陽光は目の前に影をつくっては消えていった。昼を過ぎたのだ。

 気になるのは城門だ。破城鎚の音が継続的に響き続けている。


(城門は大丈夫なのか……)

「ロベルク隊長!」


 思考は兵士の声掛けによって中断された。兵士は北東の森を指さす。

 青い生き物だ。馬車ほどもある巨体。四つ足と長い尾を持ち、背には蝙蝠を思わせる大きな翼が生えている。


「ド……ド……ドラゴンです……」


 最強の幻獣。大空の暴君。出会ったが最後、生きて帰ることはできない――兵士はその姿を目の当たりにして、戦意を喪失しつつあった。

 ロベルクはその視力によってさらに多くの情報を得ていた。


(人が乗っている……つまり、魔獣軍か。落伍者を狩るだけでは済まないということか)


 青いドラゴンは羽ばたきながらゆっくりと高度を上げ、旋回を始める。


(なんだ……?)


 ロベルクが目を細めた次の瞬間、森林を突き破って七体のワイバーンが矢のように空へ飛び出してきた。

 青いドラゴンを含めた八体は空中を旋回しながら隊列を整えると、高度を上げながらイルグナッシュの城壁へと接近を開始した。

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