3章ー14:若君のご帰還
夜になり、辺りはすっかり暗闇に包まれた。
街灯なんかもちろんないこの世界で、唯一の光源と言えば、濃い金色に輝く三日月だけ。
だけど夜目と鼻が利く地竜にとっては、闇夜なんかちっとも怖くない。
四年前、人質としてミーノ領に行った際に通った道の記憶と、南の風に乗ってくる地竜の匂いを頼りに、僕たちはオリワ領を目指していた。
「リオル様、道はこっちで合ってまして?」
「うん。確かにここを通ったことをぼんやりと覚えてる。それに南に進むに連れて地竜の匂いが濃くなってきた。ミーノ領を出てもうすぐ半日経つし、オリワ領は近いよ?」
「そうですか」
安心するレムアに、僕は「ホントにこっちでいいの?」って逆に不安になる。
Yahooの地図アプリを使っても、たまに右も左も分かんなくなる時があるような、方向音痴の気がある僕にとって、女の子・・・それも好きな子を案内する役回りは結構なプレッシャーだ。
これ間違って西とかに行ってたりしないよね・・・?
そんな心配をする僕であったが、それはただの杞憂だったと気付かされる。
向こうの方に、大きな谷が見えたからだ。
「あっ、懐かしい~」
よ~く目を凝らした僕は、それが何なのか気付いて、つい声に出てしまった。
「どうかしましたか?」
「あっ、いやね?あそこに大きな谷が見えるでしょ?あそこウチのご先祖様が使ってたお城なんだよ。『古巣谷』っていうんだ」
「へぇ~そうなんですね」
「人質に出される前にあそこで同い年の侍女の娘と遊んでさぁ~・・・あ!」
なんか分かんないけど、レムアに他の女の子の話をしたらいけない気がする。
なんか、分かんないけど・・・。
恐る恐るレムアの方を見ると、キョトンとした顔で僕を見ている。
「どうかなさいまして?」
「べっ、別に!とっ、とにかく!!あそこが見えたってことは、オリワ領に入ったってことだから!すぐに町が見えてくるよっ!」
「そうですか~。もうすぐリオル様の故郷に着くのですね!」
「うっ、うん・・・!」
期待に胸を膨らませるレムアに、僕はひとまずホッとした。
でもなんでルビィの話をした瞬間ドキっとしたんだろ?
『彼女の前で他の女の話はするな』
そんな男の勘が働いたっていうんか?
レムアと付き合ってないのに?
「リオル様、あれ」
レムアの指差す方を見ると、なんだか賑やかに灯りが灯ってる町が見えてきた。
あれってもしかして・・・。
そわそわした僕が急いで灯りのある方へ走り、レムアもそれを追いかける。
「んなぁ!!?」
町はやっぱり、僕の生まれた城巣の城下町だった。
その前に、地竜の兵士たちがずらりと並んでいた。
「これは一体・・・?」
驚いてると、頭と膝に茶色の固い毛が生えて、イノシシみたいな形をした団子鼻がある地竜の武将が近づいてきた。
「おかえりなさいませ!若様!!」
この人、どっかで見たことあるような・・・。
え~っと・・・。
「あっ~!!思い出したっ!!ブルゴさんっ!!」
僕が送り出される時にミーノの兵士に抗議してたあの人だ!
「覚えてて下さり光栄にござりまするっ!!我ら一同、お帰りを待ちわびておりましたぞ!お聞き下され~!!!」
ブルゴが一吠えすると、それを合図に兵たちから「リオル様~!!リオル様~!!」と声援が送られた。
参ったな~・・・。
こんなに派手にお出迎えされるの恥ずいんだよな~・・・。
でも、ちょっと嬉しかったりする・・・。
「父君と母君が城巣にてお待ちでござりまする!ささっ、こちらへ・・・む!?」
案内されようとした瞬間、兵たちをかき分け、黄緑色の甲殻の地竜が走ってきた。
「貴様何奴じゃ!?今は重大な祝いの場!町民が勝手に入ってはいけないのだぞ・・・」
「いや!いいんです。その娘は」
「若様?」
ブルゴさんを制止して、僕はその、黄緑色の地竜の女の子に近づいた。
「よっ、四年振り・・・だね?ルビィ」
三年半前にカワミ領とトーウミト領との戦で、ルータスに援軍を求めるために一回帰ってきてから会ったルビケットことルビィは、やんちゃそうな一歳だった頃よりすっかり大人びていた。
だけど、ちょっとだけあの頃の面影も残ってる・・・。
「若様・・・!!」
感情を抑えきれなくなったルビィは、目に涙を浮かべて僕の顔に自分の顔を擦り付ける。
「長いこと待たせちゃって、ごめんね。これからは、ずっと一緒だからさ」
「はい。誠心誠意、お世話を務めさせて頂きます」
微笑みながら答えるルビィ。
いやぁ・・・月日が経つのは早いね。
だって古巣谷で鬼ごっこしたあの子が、こんなに立派になるなんてさ。
「して~若様?そちらの女子は?」
ブルゴさんが聞くとともに、全員の視線がレムアに集まった。
「えっと、その~・・・。ミーノ領で僕の世話役だった侍女で、名前はレムア。レムア、ほら挨拶」
「レムアでございます。この度は、リオル様お誘いの下、オリワ領の民に選ばれたこと、とても光栄に思います」
右足をそっと引き、お辞儀をして挨拶するレムアから、武家の家族らしき奥ゆかしさが感じられた。
「若様が、お誘いに~?」
「うっ・・・」
笑ってるけど目は笑ってないルビィのところへ、レムアは『たっ、たっ、たっ・・・』と駆け寄る。
「こっ、この子が、さっき古巣谷で遊んだって言ってた・・・」
「ルビケットです。奥方様付きの侍女をやってます」
「まぁ!ということは、わたくしの“姉様”に当たるお方ですね。オリワの作法はまだ分かりませぬが、ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします」
微笑みながら先程と同じ仕草で挨拶するレムアに、ルビィは『ウンウン・・・』頷いて、「こちらこそ~」と妙に爽やかな笑みを浮かべながら言った。
ルビィさん、なんか怖いよ・・・?
「ふぅ~ん・・・。可愛い子ですねぃ」
気まずっ。
通り過ぎざまに嫌味な笑顔で耳打ちしてきやがった・・・。
「どうかなさいました?顔色が優れないようですが」
「いや別に。ただ・・・」
「ただ?」
“女って怖いなぁ~って”
僕はそれをレムアに言うことはなかった。




