3章ー12:君に僕の
「あっ!おかえりなさいませっ」
戸を開けると、レムアは満面の笑みで僕を出迎えた。
ちょっと恥ずかしそうにしながらも、とっても嬉しそうな笑顔だ。
そのギャップに、僕の胸はまた『トクン・・・』と床で弾く小さなスーパーボールみたいに軽快な鼓動を打つ。
「今日もお風呂から先になさいますか?それともお夕食に?」
『ぐいっ!』と顔を近づけてきくレムアに、僕は真剣な顔で答える。
「大事な話があるんだ。とりあえず、居間行こ?」
「はぁ・・・」
キョトンとするレムアとは正反対に、僕の中ではとある決心が着いていた。
これが最善かどうかは分からない。
だけど、僕は決めたんだ。
日和るのなんて・・・イヤだね。
◇◇◇
「それで、お話というのは?」
テーブルを片付けて、僕とレムアは香箱座りで向かい合う。
人間でいう所の正座と同じだ。
僕が改まった態度を見せると、レムアはとっても緊張しているように感じた。
「実は・・・オリワ領に帰ることになった」
「・・・・・・え?」
思い切って打ち明けると、レムアは愕然とした態度をした。
「どうして・・・?」
「人質としての役目が解かれたんだ。多分もう、オリワはミーノを裏切らないとお墨付きをもらったんだと思う、そりゃこんだけバリバリ働いてたら・・・ね。帰ったら父の下で、跡取りとしての修行を積む段取りになってる」
全てを話すと、レムアはとても残念そうな笑顔を浮かべた。
「いつかはこの日が来ることはご承知の上でした・・・。リオル様はオリワ領を継いで豊かにし、サンブロド一の国にして天下太平を志す御方・・・。いつまでもミーノ領でくすぶってなんかいられませんよねっ!」
強がってる笑顔・・・。
目に薄っすら浮かぶ涙・・・。
見ていて胸が締め付けられそうになる。
でも心の片隅で、これから言うことを受け入れてくれるかもという安心感も芽生えた。
女の子の辛そうな顔で余裕が生まれるなんて、ホンマ最低やと思う・・・。
「そっ、それでさぁ・・・!!」
うわずった僕の声に、レムアはドキっとした。
「おっ、お願いが・・・あるんだけど・・・!!」
「なっ、何でしょう・・・?」
怖い・・・。
今になって返事を聞くのがめちゃくちゃ怖くなってきた・・・。
だけどここで言わないと、もうチャンスは来ない気がする・・・。
ならいっそのこと・・・当たって砕けちまえっ!!!
「・・・・・・いっ、一緒に・・・来て、くれない?」
・・・・・・言った。
言っちゃった・・・。
「どっ、どちらへ・・・?」
「おっ、オリワに・・・」
目をパチパチしながら聞くレムアに、僕は恥ずかしながら答えた。
「どうして、私なんか・・・」
「だっ、だってレムア・・・!!料理すっごく上手だし!お風呂だって、湯加減ちょうど良くしてくれるし!毎日送り迎えしてくれるし!優しいし!笑うととっても・・・可愛いし!!ずっと一緒にいたいから・・・!!だからお願いっ!!」
僕は床に頭を擦り付ける勢いで、レムアに向かって頭を下げた。
「僕と一緒にオリワに来てくださいっ!!君に僕の夢を・・・となりで見させて下さいっ!!!」
・・・・・・これでレムアに、言いたいことは全部言った。
少なくとも、好き以外の言葉は・・・。
今の僕には、そんなストレートなこと口走れる度胸はない。
これが僕の・・・精一杯。
レムアにとってこのお願いは、命を救ってくれたミーノ領での生活を捨てさせることを意味する。
ミーノに恩義を感じてるレムアに、そんなのとても強要なんかできない。
だからこれは・・・飽くまでお願い。
これで返事が「ノー」だったら、僕はこの恋を、キッパリ諦める。
それくらいの覚悟を持って臨んだことだったのに、僕は顔を上げて、レムアがどんな表情をしてるか直視することができない。
「・・・・・・リオル様、お顔を上げずに聞いて下さい」
「え・・・?」
なになに?
どゆこと?
戸惑っていると、レムアが僕の方へ顔を近づけてくるのを感じた。
「・・・・・・となり、空けないで下さいね?」
「・・・・・・え?」
恥ずかしそうにそう言われると、僕はレムアに「顔を上げてもいい」と言われ、ゆっくりと上げた。
目の前には、いつもと同じようにおっとりとした笑顔をしたレムアが・・・。
「ご出立はいつなのですか?」
「あっ、明後日・・・」
「なら荷造りはそんなに急がなくて大丈夫ですね?」
「まっ、まぁ・・・」
「さて。食材が痛んでしまいますから、先にお夕食にいたしましょうか」
「うっ、うん・・・」
レムアはそう言うと、頬を赤らめながら竈に向かっていった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
なになになに!!?
なんか「イエス」って言ってくれたみたいだけど、どゆこと!!?
「となり空けないで下さいね?」ってなんなん!!?
やっべえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!
全っ然わかんねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!
喜びと困惑が入り混じって、感情グッチャグチャになった僕は、自分の尻尾を延々追っかけ回した。
◇◇◇
・・・・・・・。
・・・・・・・。
“僕と一緒にオリワに来てくださいっ!!君に僕の夢を・・・となりで見させて下さいっ!!!”
「オリワ様の夢を、となりで・・・。むぅ・・・///」
リオルの言葉を反芻しながら、レムアは顔を赤らめて竈に向かう。
ほわほわした彼女は、その日珍しく調味料の分量を間違えて、料理の味を濃くしてしまった。




