2章ー33:バケットガップ海峡の戦い(捌)
ルータスに背後を取られたバナデウスは、そのおよそ50mにも及ぶ巨体を動かしながら振り返る。
あまりにも大きいので振り返るだけで地響きが発生し、砂地と干し上がった岩礁を抉り、その場の地形が変わった。
「口伝には聞いてたが、まるで山だなこりゃ」
自分より五倍の巨躯を誇る水竜を、ルータスはまじまじと見上げた。
「オリワの領主・ルータス・・・。よくも我が国とカワミの因縁に首を突っ込んでくれたのぅ」
地鳴りの如き低い声で唸りながら、バナデウスはルータスを牽制する。
「俺のこと言えた義理か?あんな口だけ達者なシノナのズル鳥に泣きつきやがって」
「っ・・・!」
ルータスに指摘され、バナデウスは苦々しい鳴き声を発した。
「地を這うばかりしか取り柄のない地竜・・・。それも吹けば飛ぶような小国の主の出る幕ではないが、カワミの小僧領主より貴様の方が手強そうじゃ。じゃから貴様から・・・先に潰す」
バナデウスは上体を大きく浮かし、ルータスを文字通り《《潰そう》》とした。
「うっ!?冗談だろ!!?」
ルータスは急いで横に回避したが、巨体が巨体なだけ叩きつけの際に起きた振動と砂埃で吹き飛ばされてしまった。
『ズドーン!!!』と凄まじい衝撃がバケットガップ海峡一帯に響き渡り、周りで戦っていたカワミ、トーウミト両軍。そして対峙し合うリオルとゲレドも思わず目を向けた。
「くっ・・・!!このぉ・・・!!」
ルータスは両の手首に装着していた刀の内、右手の方でバナデウスの腹に切りかかった。
ところがその一太刀は、バナデウスの胴体に切りこみを入れるに留まり、全く効かなかった。
「戯けめが」
バナデウスが尻尾をゆっくり、大きく薙ぐと、ルータスはそれに轢き殺されそうになる。
「ちぃ!!」
ルータスは地竜持ち前のフットワークの軽さを活かしてジャンプ回避し、バナデウスの尻尾に乗ると頭まで駆け上がった。
「まずはその自慢の角の一本を頂き・・・がっ!!?」
バナデウスの雄牛のように湾曲した角を刀で切ろうとしたルータスだったが、あまりの硬度に逆に刀が折れてしまった。
だがルータスは、ダメ押しとばかりにバナデウスの脳天に爪を突き立てようとする。
しかしバナデウスの頭殻も角と同じなほどに頑強であり、ルータスの爪を弾いた。
「甘いわっ!!!」
バナデウスが頭を大きく振るうと、ルータスは吹き飛ばされ、交戦中のオリワ軍に直撃した。
「父上っ!!!」
手も足も出せず地に伏したルータスの名をリオルが叫び、オリワ軍の兵士がルータスの下へと駆け寄る。
「お館様っ!!」
「悪いなお前ら。情けない姿見せちまった・・・。だがやっと分かったぜ。奴の厄介さが。あの野郎・・・動きが鈍すぎだが、その分一撃一撃が当たればお陀仏間違いなしの重さだ。それにあの銀色の皮膚。ブヨブヨして柔らかいが、脂がのって刃が内臓まで届かない・・・。おまけに頭蓋と角は鉄より硬いときたもんだ。こりゃ~・・・倒すのに相当手間かかるぞ」
海を長時間遊泳するためにエネルギーとなる脂肪が蓄えられやすい体質、深海の岩盤を抉って化学エネルギーを豊富に持った微生物を岩ごと食べるために発達した角と、その衝撃に耐えられるよう硬化した頭部。
水竜・バナデウスの身体は、鎧や兜を身に付けずとも刀傷をまともに受ける心配のない構造に進化していた。
「さて、オリワの大将は蚊帳の外にやったぞ。あとは・・・」
バナデウスの殺気を感じ、スラギアはドキっした。
バナデウスは振り向きながら、口に熱気を帯びる。
熱化学エネルギーを豊富に持つ微生物を捕食するバナデウスは、その蓄えたエネルギーを口から一気に放出することができる。
温度は海底火山の噴煙と同じほど。
一般的な生物なら融解は免れないだろう・・・。
「さらばじゃ。幼き領主よ」
スラギアの方へ顔を向けたバナデウスが、彼に引導を渡そうとする。
しかしどういうことか、スラギアの顔には恐れ一つない。
そればかりか・・・笑っていた。
「・・・・・・下に注意した方が良いぞ?」
次の瞬間、地面から大きな何かが飛び出してきて、バナデウスの下顎を殴った。
「ふむぅん・・・!!?」
アッパーカットを食らったバナデウスは、『ズゥン!!!』と巨大な音を上げながら地面に伏した。
「本当に子どもだったとは驚きじゃ」
スラギアを助けて向かい合うは、立派な兜を被った双角の飛竜。
「かような場ではござりまするが、会えて光栄にて存じます。ミーノ領領主・ディブロ殿」
バケットガップ海峡の北から、多数の飛竜の兵が空と陸から迫りくる。
作戦開始からおよそ一時間後、ミーノ軍・・・参戦!!




