7章ー53:不思議の国の龍皇子・陸
2036年 2月 26日 火曜日。
あの日のことは、今でも忘れていない。
いや。
忘れられないと言った方が良いか。
朕は希未を東村山の家から国会議事堂がある霞ヶ関まで、彼女を背に乗せ送った。
初めて目にする日本の都は、人が多すぎて忙しなかったが、活気づいていたことが印象に残っている。
朝8時頃、朕は希未を、皇居の近くにある『北の丸公園』の、人気がないところで降ろした。
『ふぃ~!!いや~やっぱクロバのフライトは迫力満点だね!!』
『私を馬代わりに使って・・・。見つからず、其方が酸欠にならない高度を飛ぶには結構な技量がいるんだぞ?』
『ごめんごめん。で?どうよ?日本の首都は?クロバの住んでた龍京ってトコと比べて』
『そうだな・・・。人と車が多くて騒々しい。だが、市井は平和そのものだ。龍京も、いつかはこうなるのかな・・・』
『クロバがしていけばいいよ。ねぇ。もし時間あったらさ、次は京都行こ?場所が全く同じだと、もっといいアイデア思いつくかも!』
『観光地だと聞いたぞ?空から見下ろすだけに留まると思うが・・・』
『任せてよっ!!私が背中に乗って、色々教えてあげるからさ!!』
『・・・・・・すまないな』
『いいってことよ!なんせ私ら、もう三年の仲なんだよ?』
『ふっ・・・。そうだな』
それから希未は朕にスマホを渡してきた。
画面には、【2月26日国会中継】の文字が。
『これは?』
『時間たっぷりあるんだしさ、クロバも今日の国会見てみなよ。日本の政治をちょっとでも知れるいい機会だと思うし』
『別に構わないが、私はどこで身を潜めたらいい?ずっと上空で待機は流石にできないぞ?』
『皇居の中で待ってたら?人もほとんどいないし、身を隠せるところもいっぱいあるし』
『え、ええ?この国の象徴たる人間の住まいに忍び込むのか?気が引けるな・・・』
『迷惑さえかけなきゃ大丈夫だって!おおっと!そろそろ受付の時間だ。じゃあまた夕方に!スマホ、壊さないでよ~?』
足早に去っていく希未。
・・・・・・これが今生の別れになると分かっていれば、朕は必死に引き留めたのだろうな。
◇◇◇
『であるからにして、アニメ制作に携わる会社の利益は前年比のおよそ3倍に。これは業界全体の新規人材の確保や、賃金の大幅改善に貢献できる見込みが・・・』
議事堂を見通せる林の中で、私は希未から預かっているスマホで国会中継を見ていた。
アニメ文化に関する造詣を、当時の私はまだ持ち合わせていなかった。
しかし、あの格式深い建物で、貴族でも武士でもない平民出の人間達が、議論によって国の政を左右する光景には、何とも感慨深いものがあった。
中継映像には時折、希未の姿が映った。
観覧席から、熱心に筆を走らせている。
「いつも通り勉強熱心な奴だな」
・・・・・・そう思っていた時だった。
コンテナを引っ張っている大型トラックが数台、列を成して議事堂の方へと走っていくのが見えた。
この時の朕は、「珍しいこともあるものだ」と呑気にその光景を眺めていた。
「ん?なんだ?」
トラック達は国会議事堂の正面通りへと出ると、どんどん速さを増していった。
道を歩いていた群衆らは、その勢いに圧倒され、大通りから次々と逃げていく。
『おっ、おいちょっ・・・』
言葉が出かかっていたその瞬間、トラック達は議事堂の門を破り、真正面から激突した。
何が起こったか分からないでいると、コンテナから大勢の、鉄ではなくプラスチック・・・希未が教えてくれた『3Dプリンター』なる物で作ったと思しき拳銃や散弾銃を持った者達がぞろぞろ出てきて、議事堂内に押し入った。
『っ!!!希未っ!!!』
希未の身を案じた私は、中継が繋がっているスマホの画面に目をやった。
しかし、そこに映っていたのは、議会の様子ではなかった。
警備の者達を次々に撃ち殺しながら議事堂内を進み、議会が行われている部屋に押し入る、武器を持った者達。
個人が撮影している映像であり、明らかに先程まで見ていた中継の物ではなかった。
『そろそろこっち映してくれへん?』
映像が声の主の方へ向いた。
若くて、綺麗に下ろした短めの髪、眼鏡をかけた若い男だった。
着こなしたスーツの襟に付いたバッジがキラリと光る。
飛び立つ三羽の鳩の下に交差した日本の刀と、それらの背後に日本の旗に描かれた、所謂『日の丸』と呼ばれる赤い丸が、立派に刻まれたバッジだった。
「なっ、何なのだ・・・?コイツ等は・・・」
『はいど~も~!!太平日本党党首・天立 光で~す!!今この映像は、ダークウェブを介して日本中のテレビとスマホに映してま~す!!おほん!!今日ボク達は、日本を乗っ取ろうとしてるクソ売国リベラルと、愛国ビジネスを繰り返すなんちゃって保守に天誅を下すべく、一斉蜂起することを決意しましたっ!!』
「なっ、なん、だと・・・!?」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『クソみてぇな社会を、ぶっこわ~す!!日本革命の始まりや~!!!』
狂気の沙汰を犯しているにも関わらず、その男・・・“天立 光”は、明朗快活な笑みを浮かべ、宣言した。




