7章ー52:不思議の国の龍皇子・伍
その日の約束から、朕は日本の歴史を熱心に学んだ。
この国では過ぎ去った過去だが、サンブロドにおいては、これから先に迎えるかもしれない未来の話だと思ったからだ。
学べば学ぶほど、希未が申し、朕が抱いた退屈こそ平和という理想が、どんなに尊ぶべき物かを知った。
朕が最も関心を持ったのが、第二次世界大戦・・・太平洋戦争だ。
百年も経っていないのに、この国が海の向こうの大国を相手に戦を仕掛け、戦禍の只中にあったということが、にわかにも信じられなかった。
街が燃え、民は飢え、兵が散る・・・。
太平の世は宝だ。
だがその宝は、少し踏むだけで割れて沈んでしまう薄氷の上に存在していた。
一度は荒廃したこの国が、今のような平穏を取り戻せたのは、災禍に立たされた名も無き民の、たゆまぬ努力のおかげなのだと、異なる世界の出身の身でありながら、痛感した。
その次に学んだのが、日本の政を取り仕切っていた先人達の手腕だ。
希未は犬養毅なる男を特に尊敬していたので、朕も彼について探った。
・・・・・・命尽きようとしているその瞬間まで、力ではなく、言葉で狂気に駆られた兵士を収めようとしたその覚悟、言葉では表せぬ敬意の念を持ったな。
考え、話し、理解する。
それは天から理性を授けられた者の特権にして、神器。
これらを上手く使えば、無益で血生臭い争いを回避させ、世に安寧をもたらすことができる。
見習わなければならない、信念である。
歴史を学び、政の動かし方を学び、月日が流れ、朕が日本にやってきてから、三年の月日が流れた。
『ただいま~・・・。って、誰もいない?』
『おかえり希未。奇遇だな』
『クロバ。またいつもの山籠もり?』
『ああ。闇属性の鍛練にな。戻る途中に熊がいた故、追い払っておいた。三年前は相手するのに一苦労だったが、今では一瞥するだけで逃げてくれて助かる』
『あのね、5mほどの翼が生えたヤツを前にしたら、どんな猛獣だって逃げ出すに決まってんじゃん。まだ8つなのによくそんなデカくなったね』
『そうか?これでもまだまだ幼子の内だぞ?』
『まだ大きくなんのかよ・・・。まぁいいや。今日は水炊きにしよ?スーパーで牛肉特売だったからさ』
『では縁側に回って支度を手伝おう。大きくなって家には入れなくしまったが、庭からなら食器を並べられるだろう』
『ありがと!じゃあ私は材料用意するね』
『任せる!』
◇◇◇
『・・・・・・はぁ』
コトコトと揺れる土鍋を前に、希未は暗いため息を吐いた。
『どうした?何か嫌なことでもあったか?』
『別に。ただちょっと・・・窮屈になっちゃってさ』
『私を手狭に思うなら山で過ごそうか?ここには飯の時だけ来ることにして・・・』
『違う違う!クロバのことじゃないよ。今の社会・・・がね』
『社会?いつものように平穏そのものではないか』
『でもね~・・・。見えないトコで暮らしてる人の不満は溜まってんのよ』
『なぬ?詳しく聞かせてくれぬか?』
希未はひどく鬱屈した顔をしながら朕に愚痴をこぼし始めた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『行き過ぎた保守思想?』
『そう。10年くらい前からかな?ネットで排外主義的な考えが爆増してさ。やれ『外国人に日本が乗っ取られる』とか、やれ『革新派は国賊だ』って意見が乱立して。これくらいなら良かったんだよ。だけど最近、デジタルの世界だけじゃ抑えが利かなくなっちゃって、日本人と外国人の集団的な暴力沙汰や、テレビや新聞社の襲撃騒動とかが相次いで・・・。私の通ってる大学でも、学生運動と称して物価高や移民へのシュプレヒコールが起きる始末でさ。もう疲れちゃって・・・』
『国を想うことは良い事ではないのか?』
『あのね~クロバ、自分達の国を大切にするのはいいことだと私だって思う。だけど愛国心が強すぎると人間は理性的な行動ってのができなくなってしまうんだよ。今や行政、メディア、司法への信頼性はゼロに近いほど落ち込んじゃってる。私・・・怖いんだよ・・・』
『怖い?』
『この国が・・・狂気に呑まれてしまいそうで・・・』
そうこぼす希未の顔は、今までないほどに暗く沈んでいた。
『案ずるな』
『え?』
『この国の人間達は、希未が思っているほど良識がある。戦禍の只中にある世界から来た私が言うのだから間違いはない。今は苦しい時だが、狂気に駆られ、平和を自ら手放すことはしないだろう。不安を感じるのであれば、私を頼れ。私は源龍族だ。日本の太平の世を守ることは、出来ぬが・・・それでも!お前が老い、天寿を全うその日まで、傍にいることはできる。何せ源龍族には、時間は腐るほど、あるからな』
『クロバ・・・』
朕の励ましを受け、先程まで落ち込んでいた希未の表情が、いつもの快活さを取り戻した。
『ありがと!!おかげで勇気出た!!』
『そうか。なら良かった』
『そこでなんだけど、早速ちょっとお願いがあるんだ』
『いいぞ。何でも申せ!』
『私を東京まで送ってってくれないかな?』
『とっ、東京に?』
『うん。実は来週の火曜日が大学休みでさ、国会の見学をしたいんだよね。今の時代だからこそ、実際の政治っていうのを、見ておかなくちゃいけないと思って・・・。その日の参議院に、坂本沙織さんが証人喚問されるんだよね』
『坂本沙織?首相の奥方か?』
『そう!“声優界が産んだ総理夫人”!!元アニメーターだった夫が総理大臣になって、一気に首相の奥様にまで上り詰めた伝説の女性声優!!今は文科省主導で行なってるアニメ事業の激励とか、声優だった経歴を活かして厚労省が進めてる二次元文化の働き方改革の重要サポーターとかやってる。今度の国会はそれらの現在までの結果について話し合うから、坂本さんが呼ばれるってワケ』
『ただ彼女を見たいだけ・・・じゃないだろうな?』
『そそそ・・・そんなことないよっ!!!日本が誇るアニメやゲームのサブカルが、どんな利益をもたらしてるのか気になるだけ!もしかしたら、この混迷の時代を抜け出せるヒントがあるかもだしっ!!お願いクロバ!!この通り!!!』
『・・・・・・着いた時に見つかったら帰りは自分の足で帰ってこいよ?』
『ありがとう~!!!』
必死に頼み込む希未を前に、どうしても断れなかった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
この時に断っていたら、彼女は死ぬことはなかったかもしれない・・・。
『さ~って!テレビでも見よ~っと!』
食卓を少しでも賑やかしたくて、希未はテレビを付けた。
ハフハフと美味そうに鍋をつつく希未は、直後に流れたニュースに気付かなかった。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『ここで速報です。今日18時過ぎ、大阪拘置所が数十名の武装した集団に襲撃、放火されたとのことです。救助された刑務官によりますと、彼らは施設内に火を放った後、昨年の大阪府知事選での現職当選後、SNS上での誹謗中傷によって自殺した木村元知事に対する名誉棄損、選挙期間中の逮捕・監禁罪、演説を聞きにきた一般人への暴行の容疑で勾留されていた、政治団体『太平日本党』党首・天立 光被疑者(28)の収監されている部屋を奪い、脱獄させたとの証言があり、犯人グループは当該団体のメンバー及び支持者であり、今回の襲撃事件は奪還が目的だったと警察は捜査を進めています』




