7章ー50:不思議の国の龍皇子・参
それから朕は、希未の生家に身を寄せ、彼女から日本の言語と習慣を学んだ。
彼女はたくましかった。
学業と日銭を稼ぐことに身を置きながら、朕に丁寧に日本語を教えてくれた。
遅い時で、日が昇るまで。
『ワ、ワタシ、ノ、ナマエ、ハ、クルルルルル・・・クロバ・・・』
『やったじゃん!!自分の名前、言えたね!改めまして、よろしくね♪クロバ!』
『ハッ、ハイ・・・』
名前が言えたこと、お礼が言えたこと、挨拶ができたこと・・・。
日々の生活の上でよく使う、障りない言葉の一つ一つを言えたことに、希未は自分事のように喜んでくれた。
母のように、友のように・・・。
朕は彼女のことをいじらしく感じ、期待に応えるべく、負担を少しでも減らすべく、独学で日本語の勉強をし始めた。
大変だったが、不思議と苦には感じなかった。
『あら?クロバ』
『畳むの、手伝う』
『本当?ありがとうね』
希未が家を留守にしている間、家のことも手伝った。
洗濯物を畳んだり、食器を運んだり。
出自はおろか、別の生物である朕を置いてくれた彼女の父母にも報いたかったからだ。
見る物、聞く物、触れる物、学ぶ物・・・どれもが新鮮で、希未が一人で暮らすまでの一月など、あっという間に過ぎた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『引っ越し完了!』
夏を迎え、希未と朕は東村山の別宅へとやってきた。
生家と比べると建てられて年月は過ぎていたが、庭付きで、麓の街が見渡せる、のどかな古民家だった。
『いや~疲れたぁ~!!当分はやりたくないな・・・』
『まさか私まで手伝わされるとは思ってなかったぞ。業者に見つかるのではないかとヒヤヒヤした』
『だって力持ちじゃん?クロバって。おかげでほら、おっきな家具も二人で運べたし』
『背中に衣装ダンスを乗せられた時は肝を冷やしたぞ!次やる時は同意を得てだな・・・』
『はいはい分かりましたよ!!それよりさ、私達の共同生活スタートを記念して、家をバックに庭で写真撮ろうよ?パパとママにも、『引っ越し終わったよ~』ってLINEしたいし』
『しゃ、写真?わっ、私はどうにもあれが好かん。魂を抜き取られそうで・・・』
『何昔の人みたいな心配してんの~!実は私、寝てるクロバの変顔、結構パシャパシャ撮ったりしてwww』
『そっ、そうなのか!?』
『だけどほら、生きてんじゃん?変なこと心配してないで、こっちこっち!』
『おっ、おい・・・!!』
『いくよ~?はい!チーズ!!』
・・・・・・その時に撮ったのが、このスマホの写真というわけだ。
◇◇◇
「・・・・・・平和だ」
夕方を迎え、朕は縁側から庭を眺めながら、まどろんでいた。
蝉の声、飛び交う蜻蛉、反射する夕陽・・・。
欠伸が出る程に退屈だったが、源龍族と亜竜族の戦禍によって、荒廃したサンブロドとは、天地ほどの差があった。
『なに庭見ながら黄昏てるの?』
後ろから買い出しから帰ってきた希未が話しかけてきた。
『希未』
『な~にクロバ?』
『まだ互いの身の上について話していなかったな』
『そういえば。クロバが来たこの一ヵ月は色々ドタバタしてたからね。君もかなり日本語上手になったし、いい加減話さなくちゃね。一月も一緒にいるのに同居人の素性について知らないってのも、どうかと思うし・・・』
『そうだな』
『じゃあ私から。もう知っての通り、私は平家の一人娘。年は18の大学一年生。政治経済学部に入ってて、通学路の電車の途中駅近くの本屋でバイトしてる』
『政治経済・・・政について学んでいるのか!?』
『まぁそんなトコ。次はクロバ。君はどこで、何してる子なのかな?』
『・・・・・・私の真の名は、ファブ・クロバ。竜の国サンブロドの龍皇の息子だ』
『竜の国サンブロド・・・』
それから朕は希未に、サンブロドが今置かれている現状を話した。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『なるほどね。サンブロドを長年支配していた源龍族率いる龍廷と、彼らに支配されていた亜竜族、武竜が戦っている・・・と』
しばらく考え込んだ後、希未は朕にこう言った。
『もしかしてさ・・・。クロバが向こうの世界に帰るのって、意外と難しくはないかもしれない』
『なに!?』
希未はスマホを取り出し、画面に映ったある物を見せてきた。
『ほら』
『っ!!これは・・・!!!』
そこに映っていたのは・・・サンブロドの地図だった。
『なぜ・・・!?なぜサンブロドの地図が・・・!!』
『これ・・・日本の地図なんだよ』
『なっ、なん、だと・・・!?』
驚く朕に、希未はある仮説を取り出した。
『クロバ。多分だけど君・・・平行世界から来たのかも』




