7章ー49:不思議の国の龍皇子・弐
『ほらここ。ここがウチ』
希未に連れられてやって来たのは参階建ての灰色の家だった。
漆喰のようで、それでいて燕の巣のような外壁・・・。
あのような建築技術、朕の世界の人族は未だに成し得てはいないだろう。
『ちょっとここで待ってて!!そのままだと、ビックリしちゃうから!!』
両手を前に突き出し、言葉こそ通じなかったが、希未は朕に待つように言った。
それから彼女は、扉の横に付いている、ピンポーンと鳴る黒い箱のような物を押した。
『はい、どちら様?』
『あっ、ママ?私!』
『希未?どうしたの?カギ忘れちゃった?』
『いやっ!そうじゃないんだけどぉ~・・・』
『じゃあどうしたの?』
『・・・・・・ちょっと下に降りてくんない?会わせたい人がいるんだけどぉ~・・・?』
『えっ?誰なの?』
『誰っていうかぁ~・・・。とりあえず降りてきて!』
『うっ、うん。ちょっと待ってて』
箱から聞こえる声は小さくなったが、微かにこちらに聞こえてきた。
『希未がどうかしたって?』
『会わせたい人がいるから下に降りてこいって・・・』
『えっ・・・?ウソでしょ・・・?彼氏!?』
『あっ、あなたそんな・・・!!滅多にないこと言わないでよ!!』
『いやだって・・・。年頃の娘が会わせたい人っていったら、そう相場が決まってるだろ?オレ今パジャマだよ!?この格好で『娘はやらんっ!!』っていうのか!?』
『とっ、とにかく行ってくるからっ!』
漏れる男女の声を聞き、希未は気まずそうに朕を見た。
『彼氏・・・じゃないんだよなぁ~・・・』
扉の奥からドタドタと階段を降りてくる音がし、戸が開いて希未と顔立ちが似ている、初老の女が出てきた。
『あれ?一人だけ?会わせたい人ってどこ?』
『そのことなんだけどね?・・・・・・絶対にビックリしないって約束できる?』
『なっ、何よ~怖いカオして~!どんな人でも、ママはビックリしないわよ!!』
『そっ、そっか!なら~・・・』
希未はゆっくりとずれ、朕に出てくるように合図を送った。
『・・・・・・え?何、コレ?ワンちゃん?』
『いやいや違う違う!!えっ~と~・・・ん!んんっ!!』
口の前に持ってきた手を開け閉じし、希未は朕に話すように示した。
「あっ、あの・・・。夜分遅く申し訳ない。右も左も分からぬ身なのだが・・・」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!ガルガルなんか喋ったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
絶叫し腰を抜かした母親を、希未はなだめ始めた。
『ビックリしないつったじゃん!!』
『ここここれはむむむむ無理無理無理無理無理無理無理無理!!!』
『どうした母さん!?まさかかなりのDQNを連れて・・・!!なぁ!?』
二階から降りてきた男・・・希未の父は、朕を見るなり階段で固まった。
『たっ、ただいまパパ・・・』
『のっ、希未・・・。それ・・・子ドラゴン?』
「おっ、驚くな人族よ!私はお前達に危害を与えるつもりは・・・」
『何語か分かんないけど喋ったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
希未の両親が平静を取り戻すのに、恐らく一刻は有しただろう・・・。
◇◇◇
『なるほど・・・。そこの公園のドームの中で泣いているのを見つけて、連れて帰ってきたと』
『うん・・・』
濡れた身体を拭かれ、二階に上がらされた朕は、卓のある隣の部屋で、正座させられている希未の横に座った。
希未の父母は部屋の真ん中に置かれた、横長で柔らかそうな椅子に座っていた。
『・・・・・・斬新だな』
『はい?』
『いやパパもね!?行き倒れの人を見たら放っておけないよ!?自分の娘がそれをしたらまぁ~喜ぶよ!?子ドラゴン助けてくるなんて斬新だなっ!!』
『えっ、えへへ・・・///』
『照れてるんじゃないよっ!!』
何を言ってるか分からなかったが、えらくご立腹の様子だった。
『ママ、そういう分野には詳しくないんだけど、その子・・・この世界の生き物じゃないでしょ?』
『そうだよママ絶対異世界から来た生物だよ!俺最近リゼロ見始めたから分かんもん!!』
『パパかなりヤバイ物から入ったね・・・』
『一言多いわっ!!』
父に一喝された希未は『はぅぅ・・・!!』と言いながら萎縮した。
『それで希未、この子どうするつもりなの?』
『そのことで!!二人にお願いがっ!!』
床に手を付き、希未は父母に深く頭を下げた。
『この子が帰れるまで!!私に面倒・・・見させて下さいっ!!!』
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『マジで言ってんのか?』
『はいっ!!!』
頭を下げる娘を前に、父と母は二人して難しそうな顔を合わせた。
『お前が、困ってる誰かを見過ごせない姿勢は認めるけど、ウチじゃとても飼えないぞ』
『飼うんじゃなくて泊めるのっ!!』
『ああ、ごめんごめん!とっ、とにかく!こんな多摩の住宅街でドラゴンの子どもの面倒なんか見れないぞ!!』
『そっ、そうね。誰かに見つかったら、すごい騒ぎになるだろうし・・・』
難色を示す父母に、希未は何やら秘策がありそうな笑みを浮かべた。
『それなら・・・ご安心を』
『ええっ?』
『パパ言ったよね?東村山のパパの実家が持ってた古民家、来月から始まる私の一人暮らしに使ってもいいって』
『うっ・・・!!』
『あそこは周りが山で人も少ないから、この子・・・目立たないんじゃないの?』
希未の笑みに父親はたじろいだ。
『たっ、確かに・・・。あの家なら、誰かに見つかる心配はないし、庭付きでこのくらいのサイズのドラゴンなら十分に住める。だが・・・』
『なに?何が心配なの?』
首を傾げる父の気持ちを、母が代弁した。
『どこの誰かも・・・しかも人間でもないその子と、一緒に住めるの?』
『“困ってる人がいたら迷わず助けろ”!!それが平家のモットーじゃなかった?』
『っ!!』
『っ!!』
『確かにこの子はこの世界の存在じゃないし、何を話してるかも分からない。だけどまだ子どもで、帰る場所すら分からなくて泣いてる。それに言葉は通じなくても、こっちが伝えようとしてることを、ちょっとは理解してくれてる。これで助けない理由なんかないでしょ!?私には分かる!この子は・・・絶対悪い奴じゃないっ!!』
何やら啖呵を切った上で、希未は改めて父母に頭を下げた。
『お願いします。どうかこの子が、元の世界に帰れるまで、私に任せて下さいっ!!』
・・・・・・つい先刻会ったばかりの、得体の知れぬ者のために頭を下げている。
あの時の希未の豪胆さ、慈悲深さ・・・。
今でも鮮明に思い出せる・・・。
『えっ・・・?』
希未の隣で、朕も頭を下げた。
『ドラゴン君・・・』
見ず知らずの者の源龍族のために、人族が頭を下げているのだ。
皇族である前に、男として、義を示さねばならぬ。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
『トイレと食事の仕方、教えておけな』
父はそう言って立ち上がった。
『いいのあなた!?』
『引っ越しが始まる大学の夏季休暇までなら置いてやる。絶対ご近所に見つからないよう気を付けろよ~?』
『あっ・・・ありがとうパパ!!』
感謝する希未の隣で、朕も頭を下げた。
『全く・・・。あなたってばいつも希未に甘いんだから・・・』
ということで、希未との共同生活が始まるまでの一月の間、朕は希未の生家に身を置くこととなったのだ。
『そうだ!そういえば、まだ名前言ってなかったね。私は平 希未。の・ぞ・み!!』
『ガッ・・・キュルル・・・ノ・・・ゾ・・・ミ』
『あっ!名前呼んでくれたぁ~!!!』
拙い日本語で名を呼ばれ、希未は嬉しそうに朕を抱きしめ、その後握手した。
『私が日本の言葉教えるからさ。後で君の名前も教えてね!ドラゴン君!』




