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7章ー48:不思議の国の龍皇子・壱

 時はおよそ、千年前・・・。


『源廷亜武戦争』まで遡る。


 サンブロドを支配していた我ら源龍族(ドラゴン)に、その派生種で龍廷の護りを任されていた武竜、亜竜族(サーペント)が、反乱を起こしたのだ。


 彼らの目的は、己が生きる権利を得ることだった。


 亜竜族(サーペント)はな、今でこそサンブロドを牛耳るまでに至ったが、古来は我らの小間使いばかりさせられ、時には餌として小腹を満たすために食われる、奴隷以下の扱いを受けていた。


 護りを任せたのも、源龍族(ドラゴン)が面倒臭がる防人(さきもり)の役目を、押し付けたに過ぎん。


 彼らはただ・・・自由に生きたかっただけなのだ。


 かつては龍廷にも、強大な源龍族(ドラゴン)達がたくさんいた。


 天候をも意のままに操れる貴族たちを前に、武竜をはじめとする亜竜族(サーペント)は、虫けらのように蹂躙されていった・・・。


 だが、彼らの積年の恨みが、不屈の精神へと変わったのだ。


 死闘の末に討ち取られる源龍族(ドラゴン)も現れ、亜竜族(サーペント)は数ではこちらに勝っていたこともあり、戦いは数百年後に泥沼化していった。


 森は燃え、大地は削られ、天は荒れ、サンブロドは戦争が終結する前に、この世から消えそうになっていた・・・。


 幼かった朕は、荒廃してゆく故郷を、見ていられなかった。


「このままでは戦で国が滅びまする!!どうか武竜と、和平の道を探すべきですっ!!」


「ならん」


「どうしてです父上!?彼らとて、争いが好きでやっているのではございませんっ!!ただ我らと同じように、生きる権利を得るために戦っておられるのです!!ならばそれを、与えてやれば・・・!!」


「生きる権利?奴らは生き物ではない。雑草、石・・・。この世にある命を持たぬ物と同じだ」


「なっ・・・!!」


「クロバよ。お前は世の摂理を見逃しているな。『龍に非ずんば生き物で非ず』。それが理というものだ。生きていない物に生きる権利を与えればどうなる?雑草を野放しにすれば、地を埋め尽くさんとする勢いで生えるであろう?それと同じだ。下等な存在が身の程に合わぬ権利を得れば、増長するだけだ」


「そっ、そんなの・・・!!」


「下がれ。朕にはこれより廷議がある。お前には皇子として、この国を継ぐ者としての自覚を持つべきだクロバ。その始まりとして、二度と父の前で呆けた事を申すな」


 朕の父・・・初代龍皇は、朕の言葉に一切耳を傾けなかった。


 故郷が荒れ、源龍族(われら)を祖とする種族が命と尊厳を懸けて戦い命を落とすことには、幼龍である朕には、堪らなく心苦しかった。


 朕は思い詰めるあまり、何が正しく、何が間違っているのか、それすらも見失いかけていた。


 龍廷を、一族を裏切りたくない。


 だが子とも言える無辜の民が血を流すことも、耐えられない。


 あの頃の葛藤は・・・今も骨身に沁みている。


 ある晴れた日の、夕暮れのことだった。


 朕は皇域(おういき)の近くに生えている、背の高い桜の樹に上っていた。


「この戦争・・・どうしたら終わらせられる?どうしたら・・・太平の世を成すことができる!?」


 龍京の外は今も戦禍が渦巻いていることを想像し、朕が幼いながらも己の無力さを呪った。


 その時、樹の根元に、何やら深そうな穴を見つけた。


 それが気になった朕は降り、その中を覗き見ようとした。


「これは一体・・・わっ!?」


 頭を入れようとした時、足を滑らせ穴に落ちてしまった。


 穴の中で朕が見たのは・・・どこまでも広がる、黄昏の世界。


 太陽がなく、ただ地平線が伸びる、桃と青が混じった空を、朕は落ち続けた。


 どこまでも、どこまでも・・・。


 やがて薄っすらと底が見えた時、朕は気を失った。


「・・・・・・ん?」


 頬に水が落ちる感触がして、朕は目を覚ました。


「ここは・・・」


 起きて初めて見たのは・・・眩く光る四角い塔のような建物だった。


 幾千、幾万ものそれが集まるその光景は、まるで光の海のようだった。


 朕は雨降る夜の下、奇怪な地面に立っていた。


「何が、起きた?ここは・・・っ!!!」


 耳をつんざく音が聞こえたと思ったら、四角く、空洞になっている中が光り、四つの歯車のような物が付いている物が迫ってきた。


 命の危機を感じた朕は、慌てて脇の草むらに飛び込んだ。


「あっ、あれは・・・!!何だった・・・」


『なぁ!!あれ見てみ!!』


『どこ?』


『ほらあそこ!!草むらン中!!!』


『なっ、何アレ!?』


 声のした方を見ると、何やら透明な物を差して雨を防いでいる、見たこともない格好をした、若い男の人族の集団がいた。


「人族!?サンブロドに人族はいないはず・・・」


 混乱した朕は、愚かにも彼らの前に出てしまった。


『え!?これ、クマ!?』


『アーバンベアってヤツ?』


『でもなんか馬っぽくね?しかも鱗生えてるし・・・』


『もしかしてドラゴンの子どもとか!?』


『お前異世界モノ見すぎ』


『じゃあ何なのこの未確認生物?』


『写真撮ってX載せようぜ!!めっちゃバズるかも!!』


『生成AIって決めつけられて炎上すんのがオチだって。地区予選近いんだからゴタゴタはイヤだよ』


『捕まえて持てばいいんじゃね?』


『だなっ!!』


「えっ、えっ、えっ・・・」


 意味の分からない言葉で話す彼らに圧され、朕は逃げ出した。


 ここは一体どこなのか?


 どうして先程まで晴れた夕暮れだったのに、夜で雨が降っているのか?


 何故人族がいるのか?


 混乱して、頭がおかしくなりそうになった時、青色の看板が見えた。


 何らかの(しるべ)だと思った朕は、夜目でそれを見た。


 そこには矢印とともに、見たことのない文字が書いてあった。


『東京26km、八王子11km、多摩5km』


 その時になって理解した。


 ここが・・・別の世であることを。


 あの穴を落ちてしまったことで、迷い込んでしまったことを。


 途方に暮れた朕は、雨を凌ぐ場所を探すために彷徨い、広場にある丸くて円形の物体の中に入り込んだ。


「父上・・・母上・・・」


 故郷に戻ることはもうできないと思った朕は、親の顔を思い浮かべながら泣いた。


『誰かそこにいるの?』


 しばらく泣いていたら外から声がして、朕は奥に引っ込み、牙を剥いた。


 足音が近づいてきて、眩しい光が中を照らした。


『え?何コレ?』


 光の奥から、若い人族の女が、心配しつつも驚いた声を上げた。


「くっ、来るなっ!!!」


『え?今、喋った?』


 女は目をパチクリさせると、後ろに下がった。


『ごっ、ごめんね~!!ビックリさせちゃって!なんにも危ない物は持ってないよ!!ただの女子大生だからっ!』


 女は両手をこちらに広げ、荷物の中まで見せてきた。


 害がない存在であることを証明しようとしていると、朕は分かった。


『わっ、分かってくれた・・・かな?遊具の中で泣き声がしたと思ったらなんだと思ったら・・・。もしかして迷子?』


「え?うん?」


『ああそっか!言葉、通じないよね?あなた!迷子!?この公園!近道!私の!』


 身振り手振りでどうにか意思を伝えようとする彼女に、次第に朕の警戒心は薄れていった。


『う~ん。どうしよっか~・・・。そうだ!』


 彼女は荷物から字が書かれていない書物と、墨を全く使わない書くものを出し、すらすらと家の絵を描いた。


『これ!ノート!これ!ボールペン!あなた!家!迷った!?』


 “帰る場所が分からなくなったか?”


 そう聞いてくるように見えて、朕は首を縦に小さく振った。


『やったぁ!!通じた!え~っと・・・あなた!私のウチ!来る?』


 朕を指差し、自分と家の絵を指差し、中指と人差し指を動かしながら絵に持っていく。


 “自分の家に来るか?”


 見ず知らずの、種族が違い、得体の知れない朕を、何の躊躇いもなく匿ってくれるその者の優しさに心打たれ、朕は泣きながら大きく首を縦に振った。


『よし!決まりだね。じゃあおいで!』


 堂々と差し伸べられた手を朕は取った。


 それが、希未(のぞみ)との出会いだった。

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