7章ー44:霧の中でも真っ直ぐに
レムアから、「私を斬れ」と言われ、リオルは百竜丸の刃を彼女の首に当てる。
もしここで首を刎ねたら、レムアの胴体は百竜丸に込められた闇属性に耐えられず、斬首の直後に爆散する。
リオルは自分に楯突く者を一人、永遠に黙らせることができるのだ。
しかし・・・。
「ふぅ~・・・!!ふぅ~・・・!!」
リオルの呼吸は荒く、レムアの首に微かに食い込む百竜丸はカタカタ震え、首を斬るための力を出すことはできない。
レムアが自分から寄ってできた刀傷からは、血が流れ、刀身を伝って地面に落ちる。
「なぜあなた様が私を斬れないかお解かりですか?」
「なっ・・・!?」
「それはあなたの心の眼が、私という、一度失えばもう二度と戻ってこない物を見ているからですっ!!!」
・・・・・・リオルは最初から分かっていた。
どれだけ疑心暗鬼に取り憑かれようと。
どれだけ暴言を吐こうとも。
自分の妻をこの手で殺すことなど・・・できないことを。
「あなた様の前の生での苦悩、恐怖、怒り、孤独が、まるで霧のようにあなた様の眼を曇らせ、大切な物を見せないようにしている。ですが、どれだけ深い霧の中にいようとも、己を支え、導いてくれる手くらいは見ることができましょう。あなたはそれを今、その曇った眼で見ている。だから私が斬れないのでしょう!!!」
「うっ、うるさいっ!!!お前なんかに、僕の気持ちが分かるかっ!!親にすら爪弾きにされた、僕のこの気持ちが・・・」
「本当は気付いているのでしょう!!!あなた様の前の生の父母も、あなた様を愛してくれたことを・・・!」
リオルはハッとした。
愛してくれていなければ、二十年以上も自分を育ててくれたりなんかしない。
愛してくれていなければ、息子を自殺するまで追い込んだ相手に義憤なんかしない。
自分の心が弱っていたから。
心が弱っていたから、親すらも自分をうつにさせた者達と同列に扱ってしまった。
この世に息子を愛さない親などいない。
リオルはそれを、心の奥で分かり切っていた。
愛してくれたからこそ、塞ぎ込んでいる息子に、生きるために前に進んで欲しかった。
だからリオルは、うつを治療しながら、生まれ故郷の大阪から遠く離れた埼玉で再就職をした。
息子が立ち直る兆しを見せた時、両親はすごく喜び、寂しい思いをしながらも応援してくれていた。
「だが、親孝行する前に、僕は親より先に死んでしまった・・・。今更どうしろと・・・」
「目をお覚ましになって下さいっ!!どうして二度目の生があることをお忘れになったのですか!?」
「っ・・・!!」
「今のあなた様には、私が、ティアス様が、スラギア様が、オリワ領のお身内や家臣、ミーノ・カワミを始めとした東国の方々がいるではありませんか。あなた様は彼らに、私達に・・・前の世のような、戦のない平和の世を本気で作ろうとなさっておられるではありませんか。だからあなた様は、どれだけ傷つこうと、どれだけ血を流そうと、奮い立ち、戦ってくれたではありませぬか。あなたは怒りと力で支配しようとする、暗君などではございません。臆病で、臣民想いで、平和で退屈な日を全力で勝ち取ろうとする、ただの、少し子どもっぽい、優しい主君です」
首に当たる百竜丸から離れ、レムアはリオルの手をギュッと握る。
「どれだけ深い霧の中で迷おうとも、この手の温もりだけは忘れないで下さい。それが妻として・・・天下竜リオルを、この世で最も愛している、女の務めなのですから」
優しい笑顔でリオルを鼓舞するレムア。
大きく見開かれたリオルの眼からは涙が流れ、身体から溢れ出る闇属性エネルギーは弱まり、『真・超帯闇形態』が解除された。
「レムア・・・僕・・・ごめん・・・」
俯きながら謝るリオルの鼻面に、レムアはピトっとくっつく。
「霧は、晴れましたか?」
「・・・・・ううん。だけどすごく薄まった。目指してる物が、はっきり見えるくらいに・・・」
自信無さげに言うリオルを、レムアは慈母のようにそっと抱擁する。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「お前達が勝ったか・・・」
遠目で見ていたティラエがあまり驚かない声で呟いた。




