7章ー43:妻の覚悟
腰から下を失い、ティラエに追い詰められているリオル。
そんな彼に、妻のレムアは、悲痛で、憐憫な声を捧げる。
「レムアぁ・・・!!!」
儚げで悲しい表情で胸を押さえるレムアを、リオルは疑心と憎悪の眼差しを向ける。
「リオル様・・・!」
「来るなっ!!」
歩み寄ろうとしてきたレムアをリオルは拒絶した。
「憐れむ顔をしておいて、貴様もどうせ自分のことしか頭にないのだろう!?わしが死ねば、貴様は『オリワ領領主の妻』ではなくなる!!主君の妻が、主君たる夫に先立たれたら、ただの女に成り下がる!貴様が泣いておるのはわしを案じてのことではない!!わしが死んだ後の自分の立場を心配しているだけだ!!!」
「リオル様・・・」
「リオル!!レムアに・・・妻に対し何という口を・・・!!」
「貴様もそうだぞティアス!!」
「なっ、なに・・・!?」
「わしは東国の主!父であるディブロと示し合わせ、わしの名を利用しミーノ領を大国にのし上がらせる気だろう!?元よりわしは、人質としてミーノ領に送られた身!!逆らえぬとタカをくくっておるのだろうが、そうはいかんぞ!!」
「リオル・・・!!貴様いい加減に!!」
「スラギア!!わしに闇属性の使わせなかったのは、わしの力が増すことを危惧しておったからであろう!?口達者で、悪知恵が利く貴様じゃ!!わしとの友情を利用し、わしは天下を獲った暁には傀儡として操る魂胆であろうっ!!見え透いておるのだ!!貴様の腹の内は!!!」
前世のトラウマを掘り起こされたリオルは、完全に疑心暗鬼に陥っていた。
「所詮この世は損得勘定・・・。皆、自分のことが一番なんだ!!!わしは誰からも利用されたりせんぞ!!どちらが上か、分からせてくれる!!!貴様らを屈服させてなぁ!!!がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
あらぬ義憤に駆られたリオルは、胴と足を歯を食いしばって生やそうとする。
「これ以上は不毛だ。試練により、奴の心は死ななかったが、別の何かへと変わり果ててしまった。放逐すれば、龍廷を滅ぼすことも、あり得る。不安の種は、ここで摘むのが、裁定者たる、まろの務め」
ティラエは右手を振り上げ、リオルの頭蓋を叩き潰そうとした。
「・・・・・・待って下さいっ!!!」
リオルに引導を渡そうとするティラエを、レムアは声を絞り出して制止した。
「はぁ・・・!!はぁ・・・!!わっ、私に・・・!!心の試練を受けさせて下さい!!」
「なに?」
「私が、リオル様を、正気に戻せば、ここで起こったことを不問にし、龍京に入ることを・・・お許し下さいませっ!!」
ティラエは熟考する。
レムアはリオルの妻。
上洛の代表の配偶者が、代わりに試練を受けることは、一応筋が通らなくもない。
しかし、いささか趣旨が違う要求を、五龍門の試練の裁定者として許すのも、憚られる。
「もし私が、失敗すれば、その時は・・・リオル様と私の命を、捧げます」
ティラエの目の色が変わった。
夫だけでなく、自分の命すらも差し出すということは、その分レムアの覚悟が、強いという証拠。
「・・・・・・辞世の句くらいは詠む暇を与えてやろう」
譲ってくれたティラエに、レムアは深々と頭を下げ、苦しそうに胸を押さえながらリオルの傍まで歩く。
「リオル様・・・」
「疾く失せろっ!!!貴様と話すことなんぞ、何もないっ!!!」
「・・・・・・あなたの怒り、悲しみ、孤独。私には分かります。さぞ、お辛かったことでしょう」
「貴様に分かるものかっ!!わしのこの気持ち・・・」
「俗世で虐げられ、生家でも居場所がなく、さぞ寂しかったことでしょう」
「っ!?きっ、貴様・・・!!!」
「頭の中に浮かんできた光景・・・最初は混乱してしまいましたが、あなた様の近くに来て、はっきりと分かりました。リオル様。あなたは・・・別の世界から、生まれ変わって来られたのですね?」
リオルの怒り、孤独、疑心とともにレムアの心には、リオルの前世の光景が流れ込んできていた。
「自分に罵詈雑言を吐いた男が、仕事仲間に子どものことを楽しそうに話していたこと。心をお病みになったあなたに寄り添ってくれた父母が、手の平を返して家から出そうとしたこと。あなたは人の二面性に失望し、怒りが湧いた。そして、憧れた。“自分にも守るものがあれば、もっと頑張れたのかな?”と・・・」
顔を背けるリオルに、レムアは懇々と語りかける。
「今の私には、あなた様が生きた世を、全て理解することはできません。ですが、これだけは言えます。あなたは・・・父母に愛されていたのだと」
「なっ、なんだと・・・!?」
「家でくすぶっておられるあなた様を見るあの眼・・・。あれは、家族を想う者の眼です。腹を痛めて産み、手塩に掛けて育てた息子が、生家で死人のような生活を送り、それに溺れる様を見ているのは、お辛かったことでしょう」
「黙れ・・・」
「本当はあなた様も、それに気付いていた。だからあなたは、父母に一番の憧れを・・・」
「黙れっ!!!」
激昂したリオルは、百竜丸をレムアの首にかけた。
「お前にわしの・・・・僕の何が分かる!?社会で居場所がなく、家に逃げ場がなかった僕の何が!!!結局みんな、自分のことが大事・・・!!僕の気持ちなんか・・・誰も分かってくれな・・・」
「分かりますっ!!!」
声を荒げるレムアにリオルはビクッとなった。
「だって私とあなた様は、魂と魂で繋がっているじゃ、ありませんか。あなたが感じた怒り、恐怖、孤独、自責、憧憬・・・。泥のように混じったこの感情・・・私が飲み込むには、重すぎまする。重すぎるからこそ・・・私はあなた様を放っては、おけない。お手を取って、立ち上がらせたい」
心情を吐き出すレムアだったが、リオルの疑心は払拭されず、息を荒げ、首に刃を向ける。
「信じられませんか・・・」
落胆する表情を見せた後、レムアはリオルに厳しい眼差しを見せた。
「ならばお斬りなさい」
「なっ・・・!!」
「今のあなた様にとって、私は下らぬ妄言を吐き続けるだけの目障りな存在。私を殺せば、あなた様の気が晴れるのなら、それで良しとしましょう。さぁ。さぁ!!」
レムアが近づいた途端、百竜丸の切っ先が彼女の首筋に当たり、タラリと血が滴り落ちる。
「いっ、いいだろう・・・!!殺して・・・!!」
リオルは右腕に力を入れ、レムアの首に百竜丸を食いこませようとした。
しかし淡い黄金に光るその刃は、カタカタと激しく揺れていた。




