7章ー40:心の試練・審判ノ刻
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漆黒の霧が漂う竹林、魂が抜けたようにうな垂れるリオルに、そろりそろりと近づく一頭の源龍族。
瞼がなく、瞳孔が閉じた大きなギョロ目、イカのように青白い色の身体はサメのようにザラついており、ヨツヅノカメレオンに似た、四本の柔らかい角を持っている。
その名は霧龍公タンテ・ネブラ。
心の試練の試験官を任されている、六体現存する龍公貴族の一角だ。
「あ~・・・ん~・・・」
死人の如きその体色に似合う無気力な声を漏らして、ネブラは呆けた表情で動かないリオルの顔を覗き込む。
「なんだ。失敗してるじゃないか」
抑揚のない声でネブラは、目の前で呆然としているリオルを見て呟く。
「みんなを切り抜けて俺のところまで来たんだから上手くいくと思ってたのに・・・。霧の見せる過去に負けてしまったかぁ」
竹林に立ち込める黒い霧は、ネブラが吐いた・・・毒。
この毒は生物の記憶を司る脳の器官、『海馬』に大きく作用する。
吸ってしまうと霧の中に含まれる闇属性が、試練の挑戦者が一番思い出したくない記憶を呼び覚まし、現実と寸分違わない幻覚として見せる。
身内の死、家臣からの謀反、同盟者の裏切り・・・。
群雄割拠の戦国に生きる亜竜族にとって、筆舌し難い過去の一つや二つは必ずある。
それと向き合い、乗り越えてから、ようやく龍京に至る資格を得ることができる。
さもなくば、待っているのは・・・心の死
思い出したくない過去、それも現実と全く区別がつかない幻覚としてそれを再現されてしまうと、並大抵の者なら廃人と化してしまうだろう。
リオルは心の試練に失敗した。
試験官のネブラはそう結論づけた。
「まぁいいや。俺の仕事は終わったし、ティラエ様にこいつを迎えに来させ・・・っ!?」
リオルから尋常ならざる殺意を感じ、ネブラは翼を広げ距離を取った。
「なんだっただろ?さっきの・・・あ?」
ネブラの四つある角の内、三本が切り落とされている。
前を見ると、うな垂れたリオルが右手だけを挙げている。
リオルが切り落としたのだ。
ネブラが殺意を感じた、あの一瞬の間に・・・。
「“真ヒノモト流竜術・起ノ域【平闇】”」
リオルから膨大な闇属性エネルギーが溢れ出したと思ったら、ネブラの心を侵す毒の霧を塗りつぶす。
「俺の霧が・・・。どうなって・・・」
「わしにつまらぬ過去を見せたのは貴様か?」
「っ!!!」
戦慄したネブラは、顔のおよそ半分を占める目玉の瞳孔を開いた。
先程まで魂が抜けていたリオルが、『真・超帯闇形態』になり、純粋な闇属性の黒いエネルギーを放ちながら、こっちに近づいてくるではないか。
その立像・・・まさしく修羅。
「お前・・・なんで?さっきまで抜け殻だったのに・・・」
ネブラがそう言いかけた時、リオルが右手の爪を振り、闇属性の斬撃が、かの源龍族の左翼を切り裂く。
「頭が高いぞ。龍廷貴族。わしを誰だと思うておる?」
怒りに満ちながらも、荘厳な声音でリオルはネブラを威圧した。
自らが仕える龍皇を彷彿とさせるその佇まいに、ネブラは金縛りにかかったかのように、身一つ動かせなかった。
「わしはオリワ領領主・リオル。このサンブロドを統一し、支配する天下竜になる男だぞ。這いつくばり、その首を差し出せ。下賤」
廃人と化したリオルが再び立ち上がった。
彼は試練に成功したのか?
否。
彼は心の試練の突破できていない。
では失敗したのか?
それも違う。
失敗どころではない。
それよりも危機的な事態に陥っていた。
試練の破綻である。
ネブラはリオルの前世・・・日本人『折田 流一』としての記憶を呼び覚ましてしまった。
本来であればこの試練は、武竜が想起させたくない過去を見せ、克服するか心が折れるかを前提としていた。
異世界出身の折田 流一は、完全なるイレギュラー。
海馬が記憶を保存するためのハード、もしくはソフトとしたなら、記憶そのものはデータ。
亜竜族の身体に、人間の記憶が入っているとは思うまい。
“誰も優しくしてくれない”
他人に追い詰められ、自殺することもできず、安全地帯であった親元でも居場所を作ることができなかった前世のリオルは、極度の人間不信に陥っていた。
十年に及ぶ異世界生活で心の内に封じていたその不信が、ネブラの心の試練によって掘り起こされ、それが武竜本来の闘争心、野心と混ざってしまったのだ。
今のリオルは、闇属性使用による代償を全く厭わず、他者を力で支配し、従わぬ者を容赦なく殺す暗君と化した。
そこに、一切の例外はない。
「この竹林の外にも、立場を今一度分からせる下衆が大勢いる。選べ。わしに従うか?従わぬのか?」
「・・・・・・誰が地竜なんかに頭を下げるか」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「くっくっくっ・・・そうか。では死ね!!」
悦に浸った笑みを浮かべ、リオルは百竜丸でネブラに斬りかかった。




