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7章ー39:過去に溺れる・後編

 結局僕は、自殺することができなかった。


 ネクタイにかけた首が圧迫され、頬に血が上って息ができなくなった時、死への恐怖が一気に押し寄せてきて、首を吊るのをやめた。


 数回試したものの変わらず。


 自分で死ぬことが、こんなにも怖いことなんて思わなかった。


 息苦しい中で自分という存在が、どんどん霞んでいくあの感触・・・。


 忘れることなんかできない。


 だけど僕は、会社に行くことが怖くて、仕事から帰った親に自殺未遂をしたことを打ち明けた。


 親は怒り狂ってパワハラしてきた西野さんに電話しようとしたけど、これ以上のもめ事はイヤだった僕は必死に止めた。


 連絡を受けた遠方に住んでる双子の兄は次の日の朝に実家に飛んで帰ってきて、彼の付き添いで心療内科を受診した。


 一人で行けると言ったがダメだと言われた。


 早まって電車のホームに飛び込まれるのが心配で心配で仕方なかったからだそうだ。


「折田さん。やはりあなたは、典型的なうつ病に罹ってますね」


 医者からの一言を聞いて、「やっぱりな・・・」と驚かなかった。


 診察前の心理テストで、どうやら僕はADHDとASD・・・いわゆる発達障害の気もあるとの結果も出た。


 どん臭くて、人の気持ちが分かりずらかったのは小さい頃からのコンプレックスで、「もしかしたら・・・」と思ってたけど・・・。


 医者はそれが土台となってうつになったんじゃないかと診断された。


 すぐに診断書が発行されて、僕は会社を休むことになった。


 それからの僕は、傷病手当で日々の生活を食いつないだ。


 といっても払うのは昼食代くらいで、朝夕は実家の手料理を食べた。


 大学を卒業して二年以来の、実家で過ごす平穏な日々・・・。


 僕はこんな日が、ずっと続けばいいと思ってたっけ・・・。


「なぁ。そろそろ復職したら?」


 とある晩ごはんの席で、父親からこんなことを言われた。


 あんな職場に戻ることなんて、僕は絶対イヤだった。


「それはちょっとできないかな?」


「でもさ、ずっと家にいるのって退屈やろ?西野ってヤツも、流一(るいち)がうつになったのを聞いてんねんやろ?やったら絶対優しくしてくれるって。流一も言ってやったらいいねん。「お前のせいでうつになったんじゃ!!」って!」


 実は父親も、僕が小学生の頃にうつでずっと家にいた。


 2008年に起こったリーマンショックで、11年務めていた会社の経営が傾き、人員削減のために自主退社を勧められ、それっきり・・・。


 毎日家でパジャマを着て、無気力に朝から録画したドラマを見る父の姿を、ぼんやりとだけど覚えてる。


 それでも彼は、社会復帰を果たした。


 責任感が勝ったんだ。


 双子の男児を食わしていかないという、父としての責務が、彼を再び立たせた。


 だけど僕には、そんな気迫なんてなかった。


「うっ、うん・・・。その内ね・・・」


 会社にいた頃と同じで、僕は適当にはぐらかした。


 戻る気なんてサラサラなかったのに・・・。


「復職するなら早い方がいいよ」


「俺だって戻れたんやから流一にもできるって」


「治療しながら会社務めしたらええやん」


 そっから親からの「社会復帰しろ」アピールは日に日に強くなった。


 初めの内は優しくしてくれたのに、晩ごはんの度に言ってきて、語気も強めになってくる。


 僕はうんざりして、次第に親と口を利かなくなった。


「もうどうしたらいいか分かんないだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 場面が切り替わって映ったのは、リビングでのたうち回って泣き叫ぶ僕と、般若みたいな顔で仁王立ちになってる父親。


「それはこっちのセリフや!!毎日毎日家でゴロゴロしやがって!!お前完全にニートになってるやん!!こっちはなぁ~・・・もう頭おかしくなりそうやねん・・・。家帰ってきたらベットで寝てるお前がおんねんもん。こっちは働いてんねん!!」


 休職して半年、そのまま会社を辞めてから、僕と両親の間で喧嘩が絶えなかった。


 今までの優しさなんてなかったみたいに、二人して僕を責め立てた。


 僕だって、好きでこうなったワケじゃないのに・・・。


「るいくん・・・。あんたが辛い思いをしてんのはママらだって分かるよ。でもこっちも、いい加減にしてほしいねん・・・。家でゴロゴロして、出かけたと思ったら喫茶店で小説書くだけ・・・。多分近所にもるいくんが働いてへんのバレてる・・・。せやから顔見られへんもん・・・」


 テーブルに着いて泣きながら母親は言った。


 ・・・・・・なんやねんそれ?


 息子のことなんかより、世間体が大事なん?


 こっちは自殺するまで追い詰められてんのに・・・。


 なんでそんなことが言えんねん!!!


 もう両親と顔を合わせたくなかった僕は、自室に引きこもるようになった。


 そんなある日、父親から一通のラインが・・・。


『流一のこと、法テラスでニート問題を扱ってる弁護士に相談しました。こっちに親身にしてくれて力になってくれそうです。二ヶ月以内に再就職先を決めなかったら法的手段に訴えて、不法侵入者と同じ枠に入れて合法的に家から追い出します。あなたは社会人です。いつまでもダラダラしてないで、早く仕事をしなさい』


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・・。


 結局、みんな自分のことが大事なんだ。


 親も、会社の上司も。


 世間体や自分の家族を養うために、寄ってたかって僕をいじめたり、利用したりするんだ。


 この世に優しさなんてない。


 全て損得勘定。


 誰も僕を愛してはくれない。


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・・。


 レムアも、ティアスも、スラギア君も・・・。


 僕の優しさに付け込んで、自分が美味しい思いをしようっていう魂胆なんだ。


 アイツ等も、前世で僕を追い込んだ連中と変わらない。


 使いモンにならないと分かった途端にポイするに決まってる。


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・・。


 だったら、どっちが上か、分からせてやる。


 徹底的にブチのめして、簡単に利用できないことを思い知らせてやる。


 何も感じなくなって、空っぽになった僕の心の中に、ドス黒い闇が広がっていくのを感じる。


 そこには恐怖も怒りもない。


 完全な、無感情。


 ・・・・・・・。


 ・・・・・・・。


「わしは・・・天下竜リオルなり」

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