7章ー16:空蓮の庭
翌朝、僕たちはティラエの案内で次の試練の場へと向かっていた。
空は噴煙のせいで、曇天のまま。
だけど地面の方は移ろいを見せていた。
「これって・・・苔?」
さっきまでぺんぺん草も生えていなかった荒地に植物が現れたのだ。
「なんだか涼しゅうなってきおったな。それに、蒸し蒸しく感じる・・・」
ティアスも環境の変化に気付いたようだ。
「これよりは水の龍廷貴族の領域。瑞々しゅう思うのも当然じゃ」
ああ、そっか。
火の次は水の試練だったっけ・・・。
どうりで梅雨みたいな湿り気を感じるわけだ。
「ところで・・・」
ティラエは後ろを歩くスラギア君ら水竜を見る。
「水竜には好みの環境であろう?あまり嬉しそうには見えんが?」
訝しむティラエを前にしても、スラギア君は不機嫌な顔を崩さず、ウナトゥとミツタネさんも空気を読んでか一言も発しない。
彼の怒りの視線は・・・当然僕に向けられていた。
「うぬら、何ぞあったか?」
スラギア君が僕に見せる露骨な態度に、「こりゃ何かあったな」と察したティラエが僕に聞いてきた。
「いいえ。なぁ~んにもございませんよ」
いつまでムスッとしてんだよアイツ。
僕の案に「巻き込まない」って決めたんやから、そろそろ機嫌直せや。
って、ヤベッ!
つい貴族様に不貞腐れた態度を取っちまった・・・。
「そうか?ならよいが」
僕はドキっとしたが、ティラエは特に気にしてなさそうに前を向いた。
ホッ・・・あっぶね~・・・。
「わだかまりは早うに解け?内輪揉めをしたままで突破できるほど、“五龍門の試練”は甘くないぞよ」
うっさいわ。
アイツがいつまでも根に持っとんのがアカンねん。
その内スラギア君も分かるわ。
僕の案でしか全ての試練を突破できないって。
「考えごとかえ?」
「いっ、いえ・・・!!大丈夫ですっ!」
「着いたぞ」
前を向くと、僕たちは曇り空の荒野の境目にいた。
目の前の空は淡いピンク色に染まっていて、草木のないゴツゴツした岩地は、水草によく似た植物が生い茂る台地に様変わりしている。
それに何より目を引くのが・・・蓮だ。
何千、何万もの蓮の葉が、束になった根を垂らして空に浮かんでいる。
「ここが次なる試練の場・・・“空蓮の庭”だ」
中に入って見ると、改めて環境の変わり具合に戸惑う。
さっきまで灼熱の火山地帯にいたのに、苔と草が生えてる場所に一歩足を踏み入れただけで、涼しくてしっとりした空気の中にいた。
周りには赤や青をベースに、花を付けた水草っぽい植物がそこかしこに生えていて、まるで水が張ってないアクアリウムの中に入ったような気分になる・・・。
源龍族の環境作用能力が、ここまでのものとは・・・。
「この地は五つの試練の場で一番快適に過ごせる。ここを拠点とするのが得策だろう」
確かにここは暑くもなければ寒くもない。
強いて言うなら湿気が強めなだけだから、ツバメバチで冷やしたり暖めたりする必要はないな。
「もっとも、ここの主は口下手で、話し相手にはならんがな」
え?ここに住んでるドラゴンって、コミュ障?
だとしたらそれはそれでウマが合うかもしれない。
僕も元来コミュ障な性格だからっ!
「おや?」
ティラエが歩みを止め、後に続く僕たちも止まった。
(リオル様・・・)
レムアが読心術で話しかける。
(うん、来たね・・・)
蓮の根をかき分けて、何かが・・・誰かがこっちに近づいてくる。
「わ!?」
「リオル様どうなさい・・・はっ!これは・・・」
足音が聞こえてくる方から、澄み切った水が流れてくる。
「久しいのぅ、ダイン。百十年前の歌会以来か?」
蓮の根から姿を見せたのは、魚鱗のような滑らかでテカテカした鱗に光るナマズのようなヒゲ、シュモクザメの頭にトゲが生えたような角を持った源龍族だった。
「火の奥方、久しいな」
透き通った少し高めのイケボが、魚みたいな瞼のないギョロ目のアンバランスさを際立たせる。
「相変わらず素気ない態度じゃ。息災のようで何よりじゃがな」
「源龍族は病にならない。お前も変わりないようだ」
どうやらこのダインという奴は、ティルオとは真逆の性格みたいだ。
なんつ~か・・・一匹狼タイプ?
真顔で「元気そうだね?」って意味のセリフ言うんだから、コミュ障って評価も無理ないわ。
「お気遣いどうも。それでの、此度は世間話をしに来たのではない。火の試練が破られた」
「っ?」
ダインのヒゲがピクっと動いた。
かなり細かいけど、彼なりにビックリしてるんだろう。
「差し当って、この者らに水の試練を与えたい。よろしく頼む」
全ての試練の監督役のティラエの頼みとあらば、断るわけにはいかない。
ダインティラエとの会話を終え、僕たちの前に出た。
「これからお前達には、この先にある花を付けた空蓮を目指してもら・・・うっ!?」
ティラエに頭を叩かれ、ダインはビックリした。
「いきなり始めるな。まずは名乗るのが筋であろう?」
「必要か?別に俺のことは知ってほしくはない」
「はぁ~・・・!!疎いのぅ~そういうところが。陛下にも苦言を呈されたのを忘れたのかっ」
ダインは真顔のまま“スッ・・・”と目逸らしし、改まって僕たちの方を向いた。
「水龍公リンド・ダイン。水の試練の官司だ。俺を下せば、貴様らは先に行ける」
緩急のない淡々すぎる自己紹介に、ティラエはまたため息を吐いた。




